旋律が彷徨う 第4話 #創作大賞2026
部屋に戻ると、大きく息を吐いた。明日は、どう振る舞うべきか。何も知らない芝居を続けるしかない。頭の中で反芻するが、胸の鼓動が収まらない。
誰が、この計画の首謀者なのか──。
秀麗との関係は誰にも知られていない。会うのはマンションの中だけだった。秀麗が健二の部屋に来たのは1回だけだった。それ以外は廊下とエレベータでしか会っていない。誰かがいたとしても、単なる近所付き合いにしか見えなかったはずだ。
やはり、家族が怪しい。秀麗が健二との交流を伝えていたのだろうか。売れていないとはいえ、プロのミュージシャンとの交流が嬉しかったに違いない。舞い上がって、家族に健二の存在を伝えていたとしても、不思議ではない。思いを巡らせていると、スマホが震えた。玲子だった。ズームのリンクが貼られている。
──今すぐ話したいの。待っているから、早く入って──
一方的な主張だった。剛腕プロデューサーの片鱗が滲み出ている。ここで不審な動きをする訳には、いかない。健二は即座にスマホをクリックした。画面が立ち上がると、玲子の不満げな顔が映った。
「いきなり、ごめんね。電話じゃなくて、顔を見ながら、話したかったの。何故だか、分かる?」
玲子は冷淡な口調で尋ねた。背景を見ると嫌な気分になった。アリバイ工作に使った音楽スタジオだった。殺人の道具に使った場所など、二度と見たくない。あれ以来、一度も足を踏み入れていなかった。
後ろでスタッフが動く姿が映っている。犯行当日に使った映像の中にいる人物も見える。何気ない日常だが、殺害を思い返させる光景だった。健二は言葉に詰まった。玲子は秀麗が殺された、と思っているのか。健二の犯行を疑っているのか。いや、あり得ない。一切、証拠は残していない。そのために、緻密な準備を重ねて来た。心の中で念じ続ける。
「秀人の冥婚式に僕が消極的だったからですか? 仕方ないですよ。あんな迷信に付き合わされるなんて、何だか気持ち悪くて……」
健二は途切れ途切れに答えた。我ながら、上手く切り返したと思う。玲子が何を言い出そうと、誤魔化さねばならない。心の中で固く誓った。
「そんなことは、どうでもいいのよ。誰だって、嫌よね。でもね、私はファン心理だけを考えている。あらゆる状況を想定すると、あれがベストだと判断したの……。一種の人助けだからね。冷静に考えて、やっぱり賛同する人が多いと思う」
玲子は淡々と持論を展開していた。恐ろしい人物だ。人の生死までもビジネスに変える冷徹さを持ち合わせている。
「僕は玲子さんの考えに従うだけです。気分は悪いけど、正しいと思っています。それで、何を話したいんですか?」
健二は慎重に言葉を選んだ。心の中では安堵と不安が入り混じっていた。先ほどの発言が事実であれば、玲子は健二に疑いの目を向けてはいない。だが、今も微かな懐疑心が垣間見える。
「単刀直入に訊くわ。あなた、薬物に手を出していないでしょうね?」
玲子の語気が強まった。詰め寄る眼差しが画面越しに突き刺さる。
健二は胸を撫で下ろしていた。嬉しい誤算だった。これを利用しない手はない。僅かに狼狽した芝居をしながら否定する。そうすれば、話をすぐに終わらせられる。頭の中で次の策を思い描いていた。
「冗談がきつすぎますよ。僕だって分かってます……。逮捕されれば、再起はできなくなる。消えた大物が山ほどいるんですから……」
精一杯の芝居で訴えた。元々、薬物には手を出していない。だが、多少は引っ張ったほうが現実味を演出できる。
「綺麗事は求めていないわ。私は永年の勘で分かるのよ」
玲子が喰い下がった。心情は容易に想像できる。そもそも、薬物使用者が素直に認める訳はない。じわじわと追い詰めて、真実を見極めようとしているに違いない。
「勘弁して下さい。やってたら、警察に突き出すんですか? それとも、更生施設にでも連れて行くんですか?」
健二は感情を露わにした。当然、演技だ。薬物検査をすれば、潔白は証明できる。むしろ、玲子を誘導するつもりだった。
「バカなこと言わないで。もし、薬物を使っているのなら、私の選択は一つ。全力で揉み消すのよ! だから、正直に言いなさい!」
思わず、目を見開いた。玲子の大声が耳の中で響く。想像もしていない主張だった。だが、現実感はある。かつて、玲子は汚い手も使って、伸し上がった。業界では誰もが知る伝説だ。
「本当にやっていないんですから、大丈夫ですよ。東京に帰ったら、検査してもいいですよ……」
健二は強めの語気で切り返した。東京に戻れば、何とでもなる。検査をすれば、シロだと証明できる。何より、会話を終わらせたかった。
「もちろん、そうさせてもらうわ。今まで、あなたたちには多大な投資している。元を取り返さなきゃならない。今、逮捕されたら、困るのよ!」
玲子の声が部屋の中に響いた。最後通牒を突き付けるように、健二を睨んでいる。
「《センテニアル》の成功は僕たちだけの力じゃない。玲子さんを始めとする多くの人に助けられて来たからです。それを無駄にする訳には行きません」
健二は真剣な面持ちで答えた。いざという時のために、玲子を味方に付けておくべきだ。
「問題があれば、正直に話して頂戴。あらゆる人脈を使って、解決するからね。あなたは心配しなくていいのよ……」
玲子の口調が急に変わった。子供を諭すような優しさを伴っている。
ふと、気になる部分が目に入った。後方に、アリバイ工作用のビデオにも映っている人物が見える。スタッフの谷垣綾子だ。撮影時はロングヘアだったのに、今は極端なショートになっている。時系列を思い返す。ビデオを撮影したのは、犯行の2週間前だった。いったい、いつ切ったのか。最近であれば、問題はないが、犯行前の可能性も拭いきれない。
「安心して下さい。隠し事は何もありませんから。今日は綾子もいるんですね。よろしく言っておいて下さい……」
健二は、さりげなく問い懸けた。危険な賭けかもしれない。それでも確かめたい衝動を抑えきれなかった。
「あなた、随分と来ていないんですってね。綾子ちゃん、ショートヘアになって可愛くなったでしょ。半年くらい前に気分転換のために切ったんだって。彼氏が変わったのかもね」
玲子の回答が胸に突き刺さる。聴くべきではなかった。玲子が気付けば、真実が発覚しかねなない。
冷静に考える。問題はないはずだ。秀麗を殺したのも半年前だが、必ずしも犯行前に切ったとは限らない。そもそも、ズーム画面は録画されていない。常に表示をチェックしていた。どこにも証拠は残っていない。これ以上、掘り下げずに終わらせるべきだ。
「そうだったんですか。日本に帰ったら顔を出しますよ。今日は疲れたんで、これで失礼します」
健二は、ゆっくりと答えた。玲子が小さく頷いて、画面から消えて行く。室内に静寂が訪れた。
第5話につづく
