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旋律が彷徨う 第5話 #創作大賞2026

 翌日、午後5時。健二は冥婚式の会場に来ていた。古い寺院だった。壁には沢山の札が貼られ、線香の煙が漂っている。目の前では秀人が台湾の伝統的衣装に身を包んでいた。隣には秀麗の顔写真付きの人形が置かれていた。秀人の周りを秀麗の家族が囲んで、語り掛けている。丹丹の通訳を聴いていると、何度も礼を述べている気配が伝わって来た。

「きょうはホントに……ありがとございます……。妹も喜んでいる……とおもいます……」

 秀麗の姉、恵文の声が耳に入った。前回同様、稚拙な日本語だった。日本に住んでいたとは信じられないくらいだ。顔も秀麗の面影は感じない。
 疑念が渦巻く。全て恵文が仕組んだ罠なのかもしれない。
 冷静に思案する。台湾でのライブは、2か月前に告知されていた。中国語でも発信されているので、情報は掴めたはずだ。そこから、家族と話し合い、準備を進めたのだとしたら、一応の辻褄は合う。

 だが、郊外でのプロモ撮影を事前に知らなければ、紅い封筒を歩道に置くことなどできなかったはずだ。切っ掛けは何だったのか。 如何にして、健二に辿りついたのか。頭の中で自問を繰り返す。

 秀麗の部屋に何らかの痕跡が残っていたのか。いや、そんなはずはない。計画には僅かな漏れもなかった。日本で情報を得られた人物は恵文以外にはいない。証拠法で考えると、最も怪しい。

 もう一つ、大きな疑問がある──真の目的が読めない。

 健二を精神的に追い詰めるつもりなのだろうか。それとも、オカルトめいた策略で真実を告白させようとしているのか。だとすると、健二にとっては悪くない状況だ。恵文は確固たる証拠を手にしている訳ではない。
 あらゆる可能性を思い描く。事件の1ヶ月後に隣人が引っ越した事実に着目しただけなのかもしれない。であれば、やり過ごせる。台湾にいるのは、あと1日だけだ。家族に問い詰められても、知らぬ存ぜぬで押し通せば良い。もう少しの辛抱だ。日本に帰ってしまえば、いくらでも誤魔化せる。心の中で念じ続けていると、僧侶が声を上げた。

「那児。我們開始婚礼。大家、請座」                (式を始めますので、皆様、ご着席下さい)

 丹丹が通訳をすると、全員が一斉に動き始めた。
 秀人は1番前の席に鎮座し、家族が横に並ぶ。輝樹は予定通り、三脚に載ったカメラを覗き込んでいた。

 気分は最悪だった。薄暗い寺院の中で僧侶がぶつぶつと何かを唱えている。祝福の言葉なのかもしれない。だが、結婚式というよりは、葬儀に近い空気に耐えられなかった。秀麗の家族も静かに僧侶の言葉に耳を傾けるだけで、何もしない。どうやら決まった作法があるようだ。突然、厳かなピアノが流れ始めた。現代的な響きが寺院の雰囲気には合っていない。むしろ恐ろしさを増している。

 途中で曲調が変わった。

 どこかで聴いたことがある気がする──。

 直後に頭の中で警告音が鳴った。イントロが終わると、全身から冷や汗が吹き出していた。恐る恐る横を見ると、輝樹の顔が強張っていた。

「この曲って、《愛よ、消えないで》だよね? どうして……」

 秀人が声を上げた。心臓が止まりそうだった。恵文が仕込んだのだろうか。横目で様子を伺うが、おかしな動きは見当たらない。

「偶然とは思えないな。丹丹さん、事情を聴いてよ……」

 輝樹が声を上げた。丹丹が秀麗の母・美明に説明を始めた。一通り話し終えると、美明は驚いた顔で答え始めた。

「秀麗さんの遺品の中にメモリー・スティックがあったそうです。これは中に残っていた音源データなんです。台湾にいた頃から、好きな曲をピアノで弾いて、録音していたらしくて……。《センテニアル》のファンだったのかもしれませんね」

 健二はゴクリと唾を飲み込んだ。これで、はっきりした。美明は嘘を吐いている。消したはずの音源が残っている訳はない。そもそも、秀麗が生きていた頃に、《愛よ、消えないで》はリリースされていない。

 いや、秀麗が音源を誰かに渡していたらどうか。可能性がない訳ではない。だとすると、恵文が疑わしい。日本に住んでいた以上、自作曲を聴かされていたとしても、何ら不思議ではない。
 一気に不安が湧き上がった。時系列を整理すると、矛盾が浮かび上がる。《愛よ、消えないで》が、ここにあるはずはない。誰かが真実を悟ったら、施した鉄壁の工作は崩壊する。

「そうだったのか……。すごい縁だね。秀麗さんの魂が秀人を引き寄せたとしか、思えないよ……」

 輝樹が呟いた。どうやら気付いていない。であれば、誤魔化せる。とにかく、余計な発言をしなければ良い。健二は不安を押し殺しながら、自らに言い聞かせた。

第6話につづく

#創作大賞2026 #ホラー小説部門

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