見出し画像

旋律が彷徨う 第6話 #創作大賞2026

 冥婚式の後、健二は秀麗の実家にいた。本当は逃げたかった。だが、母親が夕食に招待したい、と申し出た。輝樹と秀人は二つ返事で了承した。もはや、親戚のような感覚で秀麗の家族と接している。やはり、秀人の隣には秀麗の人形が置かれていた。食卓には沢山の料理が並んでいる。どれも良い匂いを放っていた。

「台湾の家庭料理を用意してくれました。これは、切り干し大根の卵焼き、こっちは、台湾風・豚の角煮です。今、ちまきも蒸しているそうです……」

 丹丹が料理を指差しながら、説明を続けていた。秀人と輝樹は熱心に耳を傾けていた。健二も仕方なく、相槌を打っていた。
 本心では疑念が渦巻いていた。秀麗の音源が耳に残って離れない。完全に偶然の領域を超えている。全ては巧妙に仕掛けられた罠に違いない。頭をフル回転させて、考える。

 一つだけ、思い当たる節があった。家族の誰かが、《愛よ、消えないで》をどこかで耳にした。さらに、秀麗の音源と一致していると気付いて、盗作を疑った。それが、殺人に結び付いて、犯人探しを始めた。
「愛よ、消えないで」は秀麗から盗んで、健二が持って来た曲だ。だが、クレジットは作詞作曲=《センテニアル》になっている。

 ユニットを始めた時の秀人との取り決めだった。曲は2人で一緒に完成させようと約束していた。主に健二が作曲し、秀人は作詞の担当だった。事実上、ほとんどの曲が五分五分だったために、これまで何の問題もなかった。
 一方、秀麗の家族は作曲者が健二と秀人のどちらか特定できなかった。悩んでいる時に台湾公演を知った。結果、犯人特定のために、冥婚による奇策を思い付いた。それ以外の筋書きは考えられない。

 気が付くと、食事は終わりに近付いていた。目の前では、秀人が丹丹の通訳で美明と談笑している。時折、恵文と下手な日本語で会話している。見るからに、打ち解けた雰囲気だった。
 健二も口を挟むが、心の揺らめきは止まらない。恵文は次に何を仕掛けて来るのか。気になって、仕方がなかった。

「実は、お母様から相談があるんです。説明させて頂いて、良いですか?」

 突然、丹丹が真顔になった。言外の意味を含んだ論調だった。

「ここまで来たら、何でも聴きますよ。僕は同情で秀麗さんと冥婚した訳じゃない。これからも、ご家族と交流したいと思っています。だって、《センテニアル》のファンだったんですよね。もう他人の気がしないんですよ……」

 秀人が即答した。輝樹も同意する目で頷いている。

 丹丹は満足した顔つきで通訳を始めた。美明が異常に長い回答をしている。いつの間にか、深い議論になっていた。

「落ち着いて聴いて下さいね。秀麗さんは薬物の過剰摂取で事故死したとされています。でも、ご家族は信じていません。誰かに薬を飲まされたと考えているんです……」

 思わず、呼吸が止まりそうになった。やはり、恵文は気付いている。推察は正しかった。間違いなく、健二を罠に嵌めようとしている。

「事情があるみたいだね。詳しく聴かせて欲しい」

 輝樹が尋ねた。割り込むべきか。一瞬、悩むが口を噤んだ。下手に口を開けば、藪蛇になりかねない。

「秀麗さんは、すごく真面目な人だったんです。だから、市販薬とはいえ、手を出す訳がないって。日本の警察にも説明したんですけど……。証拠がないまま、事故死扱いにされて、悔しい。絶対に誰かが飲ませたはず。だから、その人間を探し出したいそうです」

 丹丹が説明を終えると、美明が大粒の涙を流していた。

「みなさん、おねがいします。このままでは、シュウレイがうかばれません……」

 恵文が覚束ない日本語で割り込んだ。心拍が急激に速度を上げる。表情を悟られたくない。健二はゆっくりと俯いた。
 本当は恵文の口を塞ぎたかった。秀麗と同じく亡き者にして、永遠に葬りたかった。だが、今は息を潜めるしかない。

「分かった。協力しよう。俺たちは捜査機関ではないから、できることは限られている。でも、揺るぎない事実もある。秀麗さんはファンの1人だ。ファンクラブで情報発信すれば、大きな動きにできるかもしれない」

 輝樹が言葉に力を込めていた。全てが悪い方向に進んでいる。いつの間にか、架空の物語が出来上がっている。決して、秀麗はファンではなかった。健二と知り合った時、《センテニアル》を知らなかった。できれば、否定したい。だが、矛先が健二に向かっては元も子もない。

「勝手に進めていいんですか? 流石に玲子さんの許可が必要なんじゃ……」

 秀人が怪訝な面持ちで口を挟んだ。輝樹はどう出るのだろうか。健二は息を潜めて、様子を伺っていた。

「後で話しておくよ。でも、大丈夫だと思う。玲子さんは、ファン第一主義だからね。きっと理解してくれるよ」

 丹丹が即座に説明をしていた。美明が立ち上がり、両手を差し出す。嗚咽の混じる声を発しながら、何度も頭を下げていた。

「アリガト、ございます。これで、シュウレイのムネンもはらせます……」 

 恵文が途切れ途切れの声を発していた。

 思わず息を呑み込んだ。完全に追い詰められている。この期に及んで、手段を選んでいる場合ではない。
 台湾以外の外国に逃亡すべきだろうか。夢は叶わない。それでも、殺人犯として、逮捕されるよりは、よっぽどマシだ。いや、自ら殺人犯であると認めているも同然だ。これから、一生、隠れて暮らして行くなど、考えられない。不意に閃きが浮かんだ。一つだけ、方法がある。玲子に全てを打ち明けて、揉み消してもらえば良い。

「僕も頑張ります。みんなで力を合わせれば、きっと解決できるはずです。大きな声を上げれば、警察が再調査してくれる可能性だってあります」

 健二は心にもない言葉を発した。

第7話につづく

#創作大賞2026 #ホラー小説部門

いいなと思ったら応援しよう!