⑤【臨床での振る舞い】「とりあえず抑制」問題 —上申とPT評価
【今回のテーマ】 リハビリ場面では動けるのに、病棟では抑制が続いている。そんな「急性期の壁」に対し、個人の交渉や感情論ではなく、組織の「仕組み(専門委員会など)」を活用して解決する戦略を考察します。大腿骨頸部骨折術後の症例を通じ、現場の過酷さと「尊厳と安全」のギャップをどう埋めるかを学びます。
免責事項
本記事は、特定の個人や施設を批判するものではありません。筆者の臨床経験に基づき、医療現場における構造的な課題を抽出し、多職種連携と組織的な解決策を考察することを目的としています。提示する事例は、プライバシー保護のため、複数の状況を組み合わせ一般化したものです。
目次
はじめに:後になって気づいた「上申」という選択肢
現場を覆う「仕方ない」の正体
圧倒的な多忙と人員不足の現実
急性期・術後早期という高リスク環境
「属人的な判断」がもたらす弊害と疲弊
「仕組み」による解決:個人に責任を背負わせないために
専門委員会への上申という「公式ルート」の活用
リハビリ視点を「リスク管理のデータ」へ翻訳する
おわりに:すべてをコントロールしようとしない勇気
1. はじめに:後になって気づいた「上申」という選択肢
先日、院内の身体抑制対策委員会への定例報告コメントを書いていた時のことです。ふと、過去に担当したある大腿骨頸部骨折術後の患者さんのことを思い出しました。
その方は、術後3日目にはせん妄が消失し、リハビリ場面では起居や起立が自立、歩行練習も順調に進んでいました。リハビリ場面では、起き上がり時の重心移動は安定しており、ふらつきや突発的な動作も認めなかったため、「起き上がりそのもの」は転倒リスクには直結しないと判断しました。FBS(Berg Balance Scale)や体感機能評価でもそのことを客観的に評価・記載していたため、理学療法士としては自信をもって抑制解除を推奨していました。
しかし、病棟では身体抑制が継続されていました。看護師さんに相談しても「夜間の起き上がりが頻繁で目が離せない」という理由で解除には至りません。一方で、夜間の見守り体制や人員配置を考えると、「安全に対応できるか」という看護側の不安も痛いほど理解できる状況でした。最終的にセンサーマット等の代替案を提案してようやく外れましたが、看護師さんの表情には強い警戒心が残ったままでした。
その後、患者さんは回復期リハ病棟へ転院。そこでは初日から抑制なしで過ごし、すぐに歩行自立判定となりました。
この一連の経過を振り返り、報告書を書きながら気づいたのです。「あの時、自分一人で抱え込んで部署内で解決しようとせず、この『委員会』に正攻法で上申するという手もあったのだ」と。当時は思いつきもしなかったその選択肢こそが、自分も、そして現場の看護師さんも救う鍵だったのかもしれません。
2. 現場を覆う「仕方ない」の正体
現場で「とりあえず抑制」が選択されてしまう背景には、個人の意識の問題だけでは片付けられない構造的な課題があります。
圧倒的な多忙と人員不足:一分一秒を争う急性期では、一人ひとりの動作を精査する時間的余裕が奪われています。
激しい人員の入れ替え:経験の浅いスタッフが多い環境では、共通の判断基準が「最も安全(=抑制)」に傾かざるを得ない側面があります。
急性期特有のリスク:術後早期はせん妄リスクが高く、もし転倒が起きればその責任を現場スタッフが一身に背負わされるという強いプレッシャーがあります。
こうした過酷な環境下で、看護師さんが「警戒」を解けない理由もまた、冷静に考えれば必然の結果と言えるのです。
3. 「属人的な判断」がもたらす弊害と疲弊
リハビリ中に「なぜまだ縛られているのか」という患者さんの不満を耳にするのは、非常に心苦しいものです。かといって、現場で必死に安全を守っている看護師さんに無理を強いることも、わだかまりを残す結果となり、チーム医療を阻害しかねません。
抑制の有無が「担当者の不安感」や「交渉術」といった属人的な力関係に委ねられることは、スタッフ全員を疲弊させます。
4. 「仕組み」による解決:個人に責任を背負わせないために
個人の感情で解決しようとするのではなく、組織としての「仕組み」を活用することが、自分と仲間を守る道です。
リハビリ視点を「リスク管理のデータ」へ翻訳する: 「動けます」という抽象的な言葉ではなく、専門的なバランス評価に基づき「起立動作そのものが安定しているため、センサーマットの反応から見守りへ移行しても転倒リスクは極めて低い」という評価を提示します。このように専門的な妥当性を明文化しておくことは、万が一の事態が生じた際にも、リハビリ部門の上層部や組織に対して「根拠に基づいた適切な判断であった」という**説明責任(アカウンタビリティ)**を果たすための重要な防衛策となります。看護側の「不安」を、こうした論理的な「環境設定と責任の明確化」で肩代わりする作業が必要です。
専門委員会への上申という「公式ルート」の活用: 病棟内での調整が限界に達している場合、病院内の『抑制対応委員会』等の第三者的な組織に評価を仰ぐべきです。これは責任を分散させ、病院全体として「尊厳と安全」のバランスを担保するための正当な手続きです。
5. おわりに:すべてをコントロールしようとしない勇気
専門職として最善の提案を尽くした後、それでも最終的な判断が自分の理想と異なることもあります。
大切なのは、目の前の状況をすべて自分の思い通りに支配しようとしないことです。「患者のため」という大義名分が、いつの間にか他職種の苦労を軽んじる「正義の暴走」になっていないか、常に自戒する必要があります。
自分にできる最善の選択肢を提示し続け、あとは組織の流れに委ねる。その適切な境界線を引くことが、自分自身の心を守り、結果として長く多くの患者さんに貢献し続けるための、専門職としての「振る舞い」ではないでしょうか。
編集後記:現場で戦う仲間の声を聞かせてください
この記事を書くにあたり、私自身も「リハビリの正論」と「病棟の現実」の間で激しく葛藤しました。人員不足や急性期の重圧の中で、患者さんの安全を死守している看護師の皆さんの存在なくして、私たちのリハビリは成り立ちません。
リハビリ職の視点からは見えにくい「現場のリアルな障壁」や、「こういう情報があれば、もっと安心して抑制解除に踏み切れる」といった看護師さん側からのご意見を、ぜひコメント欄で教えていただければ幸いです。
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