【218】 稲荷の神
(写真は稲穂)
そろそろキツネを総括して行こうと思う。
狐は狸や狢、鼬、獺とは異なり、人に化ける魔物でありながら、神の遣い(眷属)であり、信仰の対象でもある。そして稲荷神社の狐の絵や置物は、耳の内側が紅い白狐だ。どうしてこうなった?
文字による記録のない時代の文化、習俗の考察は、すべて妄想である。ここで私の妄想も語ろう。
まず、西洋における三大悪い哺乳類は、以下である。
オオカミ:ヒツジやヤギ、ブタを襲う。
キツネ:家禽を襲う。
イタチ:家禽の卵を盗む。
このイメージが根底にあり、民話で悪者として描かれるのはだいたいこの三つだ。西洋、ひいてはユーラシアの多くの地域では、人間の生活には家畜、家禽が不可欠な存在であり、外敵から家畜、家禽を守るためにイヌを飼う。この原則が日本にはなかった。なかでも北半球全域に生息するアカギツネ(Red fox)が悪の代表。ホンドギツネ、キタキツネはアカギツネの亜種である。
日本で最も多い神社は稲荷とされている。どこまで小規模の、祠や社を含むかによって変わるため、八幡神社が最多とする説もあるが、私の印象では、為政者が大規模に造営したタイプでは八幡が多く、村人が作ったような小規模なものは稲荷が最多だと思う。八幡とは、ざっくり言うと鉄の神。それが転じて武器、武運の神となり、武士の登場以降、人気となった。
稲作が始まったころの日本人は、田んぼを荒らすネズミを駆逐するキツネを神の遣いと考えた。稲刈りが終わるとキツネは山に帰る。山の神、田の神がキツネであった。キツネの尻尾を黄金色に実る稲穂に準えた。稲荷狐が咥えているのは穀倉の鍵。備蓄米の守り神なのだ。

現代では、稲荷神は穀物の神である『古事記』の宇迦之御魂神、『日本書紀』の倉稲魂命と設定され、その眷属がキツネとなっているが、これは後付けで、元々はキツネそのものを信仰していたのだと私は考えている。
日本人が食用の家禽を飼い出したのは江戸時代以降、食用の家畜は明治時代以降である。だからキツネが襲う対象がおらず、キツネに悪いイメージはなかったはずだ。
675年(天武四年)、天武天皇は「肉食禁止令の詔」にて、仏教の五畜(牛・馬・犬・猿・鶏)を食べることを禁止した。日本人が鶏やその卵を食べるために飼うようになったのは、朝廷が弱体化し、仏教信仰が薄れ、水戸光圀が養鶏を奨励した頃からであろう。
では、このキツネが白くなり、人に化け、油揚げを好むという設定はどこから来たのだろうか? 次章以降で検証しよう。
