【147】 山陰土産と白兎
(*写真は出雲大社のウサギの石像)
*
鳥取の停車場を離れてから、また私は鷄二と二人ぎりの汽車の旅となつた。私達は今、山陰道の海岸に沿うて、傳説の多い地を旅しつゝある。その考へはひとりでに私の胸に浮んで來た。湖山の池も近いと聞くと、私は鳥取の方で聞いて來た湖山の長者の傳説を自分の胸にくり返して見て、おとぎ話の世界にでも心を誘はれるやうな思ひをした。
その傳説によると、長者は廣い土地を所有し、多くの人を使つて、一日のうちに自分の所有する田地の植付を濟まさうとしたほどの人である。長者は又、手に持つ扇をひろげ、西の空に沈みかけた太陽をさし招いて、その日のうちにすつかり苗を植付けてしまつたといふほどの人である。
しかしこの自然を無視したやうな行ひは、それ相應なむくいを受けない譯にいかなかつた。長者の田は一夜のうちに青々とした湖水に變つてゐたといふのである。この傳説の世界が、眼に見る湖山の池であるのだから面白い。島二つほどある靜かな湖水だ。私達がそれを望んで通り過ぎようとしたころは、にはかな夕立が湖水の上へも來、汽車の窓の外へもきた。
もつと古い傳説を、傳説といふよりも古い神話の殘つた地方を、松林と砂山の多い因幡の海岸に見つけることも出來た。旅の心は白兎の停車場に至つて驚く。私達は出雲地方までゆかないうちに、ずつと大昔からの言傳へが、こんなところにも殘つてゐるのかと、先づそのことに驚かさる。
大國主の神が多勢の兄弟と共に旅して來た稻羽の海岸とはこゝだといふことに氣がつく。智惠のある白い兎が淤岐の島から鰐の背を渡つて來たのもこゝだといふことに氣がつく。
あれは古い神話のうちでももつとも樂しいものの一つだ。私達の側には鳥取から一緒に乘つて來た鳥取新報の記者もゐて、鰐とは青い鮫のことであり、それが古代の海賊のことであり、白兎とは善良な民族のことであるといふ一説なぞを話し聞かせてくれた。
『山陰土産』(島崎藤村)
*鶏二は藤村の次男であり秘書であり洋画家。
*
私は、「因幡の白兎」が、白く描かれることに納得がいかない者である。日本初の人語を話す動物は、「稻羽之素菟」であって、白兎ではない。
「素」とは、素肌、素足、素手、素顔、素っ裸であり、何も纏っていない状態。技術のない素人の「しろ」、酒を飲んでいない素面の「しら」だ。「稻羽之素菟」は、和邇に毛皮を剥がされた全身血の滲むウサギである。色で表すなら赤紫かピンクであろう。
次章以降で検証していく。
