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【066】 はじかみいを

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(*写真は有尾目オオサンショウウオ科オオサンショウウオ属オオサンショ
ウウオ)

ひとつ変ったたべものの話をしよう。

長い間には、ずいぶんいろいろなものを食ったが、いわゆる悪食の中には、そう美味いものはない。

「変ったたべものの中で美味いものは?」

と問われるなら、さしずめ山椒魚と答えておこう。山椒魚を食うのは、決して悪食ではないが、ご承知のように山椒魚は、保護動物として捕獲を禁止されている上に、どこにもいるというものでないから、滅多に人の口に入らない。その意味から言って、山椒魚は文字通りの珍味であると言えよう。

でも、私が山椒魚を珍味と言うのは、単に珍しいという点ばかりではない。いくら珍しくとも、美味くなければ珍味とは言えない。世の中には珍しがられていても、美味くないしろものがいくらもある。ところが、山椒魚は珍しくて美味い。それゆえにこそ、名実ともに珍味に価すると言えよう。

大分前の話になるが、旧明治座前の八新の主人が、山椒魚料理の体験談を聞かせてくれたことがある。その話の中で、

「山椒魚を殺すには、すりこぎで頭部に一撃を食らわせるんですが、断末魔に、キューと悲鳴をあげる。あの声は、なんとも言えない薄気味悪いもんですな」

と、心から気味悪そうに語った。

(中略)

つい最近の話をつけ加えておくと、昨年松江の知人の家を訪ねた時、山椒魚が偶然にも三匹ばかり手に入り、大いに美味く食べたことがある。その時は、すし屋久兵衛が居合わせた。勉強熱心な彼は、

「是非私に庖丁を持たせてくれ」と懇願するので、「ではお願いしましょう」と料理方を頼んだ。なにしろ奇っ怪な山椒魚なので、豪気の久兵衛も初めのうちは、ガタガタふるえて気味悪がっていたが、意を決して一撃を食らわし、とうとう三匹とも料理してしまった。
 
その時も、山椒の芳香が客間まで届き、ずいぶんと風情ある趣きを添えたことを覚えている。

『魯山人味道 山椒魚』(北大路魯山人)

私の山椒魚の初体験は、井伏鱒二の『山椒魚』。短編小説の傑作だ。ふくやま文学館で、山椒魚の気持ちを疑似体験する「岩屋」にも訪れたことがある。

初めて生で見たのは湯原温泉の「湯の蔵つるや」。玄関脇の池に普通にいて、事前に知らなかったので驚いた。魯山人、井伏鱒二、湯原温泉は、日本固有種であるオオサンショウウオ科オオサンショウウオ(学名 Andrias japonicus / 英名 Japanese giant salamander )である。

尾瀬歩きの帰りに檜枝岐村の宿に泊まった際に、主人自ら捕って来たと聞く山椒魚の天ぷら、干物を食した。こっちは小型のサンショウウオ科ハコネサンショウウオだ。どんな味だったかまったく思い出せないほど、無味無臭でインパクトはなかった。しかし雪国ならでは貴重なタンパク源だったのだろうと思いを馳せた。

平安時代、朝廷の医学者の深根ふかねの輔仁ともすけにより編纂された薬物辞典『本草ほんぞう和名わみょう』には、「波之加美はじかみ以乎いを」の記載があるそうだ。「はじかみ」とは「【064】 驚き 桃の木 山椒の木」で説明したように、山椒の大和言葉である。

魯山人が山椒の匂いがすると言っているのだから、おそらく「波之加美はじかみ以乎いを」もオオサンショウウオなのだろう。

「いを」とは、魚類の大和言葉である。では山椒魚は魚なのか? 次章以降では、この語源を考えてみよう。 

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