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【200】 ラッコ狩り奇談

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(*写真は食肉目イタチ科ラッコ属ラッコ)

ウラシベツ村の酋長のひとり息子として私は育った。ある日老父が私に言うには、

「これ、せがれや、聴いてくれ、サルフト村の酋長に、父祖から代々言い残された談判だんぱんがあって、本当は俺が出向いて行くのだったが、こう年をとると遠出の旅は億劫おっくうになった。お前代りに行ってくれないか」

そこでかけあいについてのこまかい注意を受けて、母の用意してくれた食糧を背負って、はるばるサルフトの村へ出かけて行った。

着いて見れば、サルフトというのは予期にまさる大きな村だった。村の中央の大きな家の軒先に立って、咳ばらいをすると、美しい少女が出て来て中へ案内した。

入って見ると、右座に品のよい老夫婦が並んで坐っていた。上座に私の席をとってあったので、そこへ坐って、初対面の挨拶をかわし、来意を告げると、老翁は言下に快諾して、二、三日逗留とうりゅうして話して行ってくれるようにと申し出た。

しばらくすると戸外に人々の来る気配がして、東の窓の外に重い荷物をおろす音がどしんと響き、やがて酋長の息子と覚しき若者が二人、続いてその嫁と思われる若い女が二人、家の中へ入って来た。左座へ揃って坐り、主人の紹介につれてていねいに私に挨拶した。

やがて日が暮れると、少女が立って食事ごしらえをし、一同揃ってたのしい夕食をとった。

食事が終ると、主人が私に向って、

「あんたはラッコというものを見たことがおありかね?」

と聞いたので、

「話には聞いているけれども、まだ見たことはありません」

と答えると、

「では明日せがれどもが村の連中といっしょにラッコ狩りに出るから、あんたも行って見なさるがいい。土地が変れば人のてぶりも変るし、狩猟の方法も異る。善いことでも悪いことでも見聞しておいて後学に資する心がけが大切だから…」

そう言って、その夜は寝についた。

翌日は未明に起きて若者たちに連れられて浜へ出た。かなり大勢の人々が沖出のしたくをしていた。私たちは三人で小舟に乗って、沖合はるかに漕ぎ出して行くと、海は一面に美しくいで、餌をあさる海鳥の啼声なきごえ賑々にぎにぎしかった。

やがて若者たちが「そらそらラッコだ」と言うので、その方を見ると、今まで見たこともない奇獣の群が、毛皮から光を放ちながら右往左往していた。

人々はそれを追っかけ追っかけ突き殺した。私も一同にならってたくさんのラッコをとった。

昼近く、家へ引きあげた。家内じゅう大喜びで皮を剥ぎ、肉を刻んで大鍋いっぱいにして火にかけた。やがて鍋が煮立つと、どうしたわけか、酋長夫妻が急に起ち上って、右座の寝床の境に茣蓙ござをおろして、そこへ入ってしまった。すると若者たちも、めいめい妻を促して左座の寝床に引きとってしまった。

ひとり少女だけが後に残って上座に私の寝床をつくり、茣蓙で仕切って、「おやすみなさい」と言った。言われるままに床に就いてはみたものの、まだ日も暮れず、ラッコの肉だっていま煮えるというのに、なんであわてふためいて寝てしまうのか、さっぱりに落ちない。

茣蓙の隙間からそっとのぞいて見ると、少女がただ独り炉端に坐って、今にも泣きたそうな顔をしている。右座の寝床の方を見やると、仕切りに懸けた茣蓙が、風もないのに小刻みに揺れている。左座の若者たちの寝間の仕切りに懸っている茣蓙も、同様に揺れているのだ。

少女はいてもたってもおられぬらしく、ときどき私の寝ている足もとへ来て、そっと夜具の裾を起して見ては、また炉ばたへ戻って行くのだった。のぞいて見ると泣いているらしかった。

やがて、一同ぞろぞろと寝床から出て来て、今起きたばかりの者がするように、顔を洗って、炉を囲んで坐った。私もそれにならって起きて行くと、意外にも家の主人からチャランケ(談判)をつけられた。

「ウラシベツの酋長の小せがれは情知らずだ。俺の娘がようやく年頃になって、男女の道に目覚めたればこそ、二度も三度もお前の所へ忍んで行って、夜着の裾を引いたのに、知らぬふりをして娘に赤恥をかかせた。」

そこで私もむっとして、

「男女の道なんて、私は知らない。所変れば風俗も変ると思えばこそ、あんたがたのすることに黙って従っていただけですよ。そんな大切な道があるなら、なぜ手を取って親切に教えてくれなかったんです? 私をほったらかして、自分たちだけで勝手に寝てしまったくせに、情知らずだもないもんだ。娘さんだって、そうだ。勝手にやって来て、物も言わずに裾を引っぱって、勝手に泣いたんで、この娘ばかじゃなかろうかと思っただけですよ」

とやりかえすと、主人は微笑して、

「いや、わしが悪かった。肉が煮える前に一同あわてて寝たのには、わけがあるのだ。ラッコの神さまはたいそうあれがおすきなので、それを煮ていると、とても我慢ができなくなる。それで、ひとまずあれを堪能たんのうしてから、会食するのがこの村のしきたりになってるのだ。あんたは始めてのことで、さぞびっくりなすったことじゃろう。悪く思わないでくれ」

と詫びたので、私の心も解けて、それから皆で賑やかに会食をすませた。

所変れば風習も変るというが、まったくそうだ。このときの少女と私は夫婦になり、今は孫も大勢出来て、何不自由なく天寿をまっとうして、今は神の国へ行くのだ、――とウラシベツの酋長が物語った。

(ラッコの毛を撫でるとその方へなびいたままになっているので、誰にでもなびく浮気な女を軽蔑の意をこめて「あいつはラッコだ」と言う。詞曲の中にも、ラッコを憑神にもつ女が出て来るが、そういうのはやはり好色のように述べられている。)

『えぞおばけ列伝 ラッコ狩り奇談』
(知里真志保)

日本文学におけるラッコの初出を調べてみたが、どうやら島崎藤村のようだ。ただし生物ではなく毛皮として。大正8年(1919年)が最初だ。

1919年 猟虎らっこの帽子:『新生』(島崎藤村)
1920年 獵虎らっこの襟:『途上』(谷崎潤一郎) 

1924年 ラッコの上着:『銀河鉄道の夜』(宮澤賢治)*出版は1934年

1931年 ラッコの毛皮の帽子:『風琴と魚の町』(林芙美子)
1933年 猟虎らっこの毛皮:『銀座アルプス』(寺田寅彦)

1960年 『えぞおばけ列伝 ラッコ狩り奇談』(知里真志保)

ラッコはアイヌ語で新参者なので、妖怪にならずに済んでよかった。

ちなみに『ラッコ狩り奇談』は、『ゴールデンカムイ』の「ラッコ鍋」の元ネタではなかろうか?

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