【201】 天竺鼠とモルモット
(写真は齧歯目テンジクネズミ科テンジクネズミ属モルモット)
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工場地帯をすっかり出離れて了った郊外まで行って、彼がやっと一摘みの青草をむしって帰ると、妻はもう仕事に出て行っていなかった。
そうして破られた紙袋の中から五合あまりの潰し麦が小砂をばら撒いた如く六畳の部屋じゅうに散乱している、二ひきの小さな動物は、愛くるしいおちょま口を動かして低い声でグルグル、グルグルッと喉を鳴らし乍らその潰し麦を拾って食べて居った。
しかし彼の姿を発見すると脅えたように早速食い止めて了って部屋の隅っこで小さくなった。
――またヒステリーが爆発したな、ひょっとしたら俺の帰りが遅いのでこんな小さなものにあたったのかも知れない――
彼はこんなに思い乍ら、麦を拾って動物を呼んだ。
「モルや、モルや来い来い来い来い来い来い…。」
けれどもモルモットは人を恐れるものの如く、伽藍洞の部屋の隅に二つ体をくッつけて顫えていた。散らばった麦を拾い終ると、彼は箒をとって一ぺん其処を掃いた。
そして紙屑籠に草を敷いてモルモットを入れ、これを枕許に置いてやすんだ。
翌日、彼が階下の裏でモルモットの箱を作っていると妻が戻って来た。そして彼女はいきなり不機嫌に良人を呶鳴った。
「あなたは、のんきそうに一体なにをしているの!」
「モルモットの箱だ。」
彼はおとなしく答えた。
「あんな鼠なんかに、そんな凝った小舎を拵えてやることないわよ。昨夜なんかわたしが何時まで待っていても、何処へ行って了ったのかちょっとも帰って来ないんだもの。そのうえ昨夜と来たら、悪い客に許り当って一厘にもならないので癪にさわって癪にさわって仕様が無い。」
彼女はブリブリし乍ら二階へあがって行った。
「モルをいじめるなよ。」
彼はあとから声をかけて彼女をたしなめた。
暫くすると動物の小舎が出来あがった。一尺立方くらいな箱に抽斗をつけて網を張り、その網の間からおしっこや糞が抽斗の中へ洩れて何時も清潔な処に動物がいるように考案した鳥籠風な小舎。
彼がそれを持って二階へあがると、彼女はまたヒステリーを爆発させた。
「こんなに貧乏な目しているのに、あなたは何と思ってそんな世話のやける動物なんか買って来たのよ? わたしがいやな思いして月末の間代に階下へ恥かかんようにと気をもんで稼ぎためた大事のお金を、こんな鼠小舎なんか作るための材料代に遣われてはたまらないわ、ほんとうに。」
「たったお前、三十五銭の板一枚かって来た丈けじゃないか…。」
「それだって、もう五六銭だせばお米が一升かえるじゃないの。」
「やかましく言ってくれるな、今に俺だって適当な仕事さえ見つかれば働くよ。」
「わたし、癪にさわるからこんな鼠なんか殺して了ってやろう…。」
『モルモット』(細井和喜蔵)
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モルモットはマーモットが語源だが、両者はまったく別の生物である。次章で説明しよう。
