[音楽]そもそも
①歴史
・幼年期
子供の頃は歌うのが好きだった気がします。
テレビで流れる流行歌(主に歌謡曲)をよく覚えています。主に「8時だョ!全員集合」などバラエティの歌コーナー、CMソング、アニメやドラマの主題歌など。先日亡くなったいしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」、ちあきなおみの「喝采」、TV版「日本沈没」の主題歌「明日の愛」など、いまだに歌えます。
一方で小学校では当時、"花の中三トリオ(山口百恵、森昌子、桜田淳子)"の誰派か? で盛り上がっていましたが不思議なことに派閥には入っていませんでした。当時から曲が良ければだれでも良かったというスタンスだったのかもしれません。
一方で地元の少年少女合唱団に入っていました。「夏は来ぬ」あたりは有名ですが、題名を忘れてしまった曲でも今でも歌い出しを覚えている曲はいくつかあります。確か「夜汽車はロケットのように」という題名の曲や"霧の中から旅人が春を探しにやってきた…"という歌いだしの曲、「ドナ・ノービス・パーチェム」といったミサ曲を歌ったのもこの時だったかも。
・少年期
中学に入る頃から洋楽にシフトします。この頃は姉の影響を受けていました。当時、"ロック御三家"みたいなくくりがあり、Kiss、Queen、Aerosmithが該当していました。他にミーハー系でBay City RollersやAngelなども当時、ミュージックライフや音楽専科といった洋楽雑誌の表紙を飾っていました。
姉はAerosmithが好きで私がハマったのはKiss。1977年にNHKで放映された「ヤング・ミュージック・ショー」の初来日公演は衝撃でした。時間的に家族団らんの場で視聴をしていて、演奏しながら血を吐いたり火を吹いたりする様を見て父親が"サーカスか…"と呆れていました。
ここらへんから洋楽一辺倒になり、邦楽は積極的には聴かなくなっていきます。それでもTBSの「ザ・ベストテン」は毎回見ていたので、ある程度、流行りは把握はしています。
歌謡曲だけでなくロックバンドもこの頃からテレビに出始めたかと思われます。ゴダイゴ、ツイスト、サザンオールスターズなどなど。ツイストの時だったか、ダブルネックのギターを見た黒柳さんが"あなた、腕が二本しかないのにどうやって弾くの?"と質問したのを覚えています。
・青年期
高校に入りコンサートに行くようになります。79年4月にQueen、Bostonの武道館公演に行きました。その一方で勉強そっちのけで音楽に関する知識欲が高まった時期でもありました。
FMレコパルというFM雑誌でラジオでかかる曲をチェックして聴ける限り聴くようにしました。当時FMはNHKとFM東京に2局しかない中で、ロックだけでなくジャズやクラシックなども積極的に聴きこんでいました。
並行して映画熱が急上昇していた時期で映画経由で古いポップスなども聴くようになりました。関光男の「夜のスクリーン・ミュージック」「軽音楽をあなたに」「ポピュラーアラカルト」はしょっちゅう聞いていました。このときに録音した『サン・スーシの女(1982)』のテーマ曲「Chanson d'Exil」はものすごく好きでした。
あとは「サウンドストリート」も坂本龍一や渋谷陽一が担当する回は毎回、聴いておりました。この「サウンドストリート」は平日の22時からオンエアで、終わるとそのまま「クロスオーバーイレブン」も聴くのがルーチンでした。津嘉山正種がナレーションを担当していました。オープニングの"今日1日のエピローグ、クロスオーバーイレブン…"という始まり方。懐かしい。
そんな中で突然プログレにハマっていきます。高校の通学路に池袋があり東武百貨店の「五番街」というレコード屋があるのですが、そこにキングレコードの"NEXUS"というレーベルのレコードがまとめて置いてありました。
このレーベルでシリーズ化されていたのが"ヨーロピアンロックコレクション"。当時のレコードが2500円ぐらいだったのですが、このシリーズは1800円という安さ(と言っても当時の高校生にはそれなりの高額商品でしたが)で、ほとんどが聴いたことのないバンド名で、帯の売り文句や、後は当時のプログレ専門誌「フールズメイト」を参照に選んだものです。
そんな中で当たりだったのがフランスのAtollの「組曲「夢魔」」とイタリアのAqua Fragileの「マス・メディア・スターズ」でした。
一方で関西在住のパンク好きな従弟に付き合ってロフトに行ったことも。ここでは突然段ボールやフリクションなどの生演奏を体験しました。演奏中に客同士で喧嘩も始まるなど殺伐とした空気の中、文系の私は内心プルプルしておりました。
大学時代はMTVの影響でアメリカのメインストリームが身近になりました。CDも普及しはじめる中、特に85-86年はPeter Gabrielの「SO」、Madonnaの「トゥルー・ブルー」、Genesisの「インビジブル・タッチ」、Princeの「パレード」、Steve Windwoodの「バック・イン・ザ・ハイライフ」、U2の「ヨシュア・ツリー」、Dire Straitsの「ブラザース・イン・アームス」等々の名作が多数発売されました。
社会人になるとアップデートが停まってしまい、以降、旧作を繰り返し聴く傾向になっていきます。向上心が消えてしまったのでしょう笑
コンサートも誰かと行くというよりかは一人でチケットを取って観に行くことが増えてきました。KinksやSteve Winwood、 Yes、 Al Stewart、 Michael Nymanは一人で、U2、Phil Collins、 The Rolling Stones、 Deep Forest、 Heart、 Boz Scaggsあたりは友人と行きました。
一方で友達の影響で日本のバンドをちょこちょこ聴くようになりました。米米club(のコミックサイド)、ユニコーン(と奥田民生)、THE BOOM、筋肉少女帯などなど。カラオケでは筋肉少女帯「サボテンとバントライン」、ユニコーンの「すばらしい日々」をよく歌っていました。
・中年期
新しいアーティストにはほぼ感心がなく過去のストックを繰り返し聴くような生活でした。新しく聴くようになったのは、椎名林檎、 LOVE PSYCHEDELICO、 EGO-WRAPPIN'、 ゆらゆら帝国あたり。
一度だけ"フェス"に行ったこともあります。2011年に友人や奥様に誘われていった「ワールド・ハピネス」で、8月の炎天下、夢の島公園陸上競技場にて高野寛、 ガンガ・ズンバ、 LITTLE CREATURES、スチャラダパー などに加え、大トリはイエロー・マジック・オーケストラでした。YMOを生で見るのは初めてでしたが、"Heavy+Metalってコレだよな…"と思わせる重厚な音にびっくりさせられました。
・老年期
相変わらず昔のアルバムを聴き続けています笑
②音楽との関り方
・聴き方
曲単体ではなくアルバム全体を聴くことが多いです。スマホにも好きなアーティストのCDをまるごと取り込んでいます。いまだに古いアルバムだと、"B面の1曲目"とかうっかり言ってしまうことも。
聴くタイミングはほぼ出かける時か、最近はテレワークなので単純作業のときが多いですね。後はYouTubeでお気に入りのアーティストのレアなライヴ映像などが見つかれば視聴することもあります。
・最初に自腹で買ったレコード
シングルは「運命'76」です。年末のテレビで"今年の一年"みたいなニュース総括番組がやっていて、その時に聴いて度肝を抜かれました。Walter Murphy & The Big Apple Bandの76年のビルボード№1を記録したヒット曲で、後で知ったのですが『サタデー・ナイト・フィーバー(1977)』のサントラにも入っています。ベートーヴェンの超有名曲をディスコというかファンクというか、そんな感じで3分にまとめた怪作です。途中で入るエレキピアノのソロフレーズが格好良くて繰り返し聴いてました。B面は「カリフォルニア・ストラット」。
アルバムはKissの「地獄のロックファイアー(1976)」。5枚目のスタジオ盤です。現時点では4枚目の「地獄の軍団(1976)」が一番好きですが、この5枚目のレコード帯には"やりたいことはロックンロール、ストレートなロックだけ(ポール・スタンレー)"と言った言葉が載ってました。これは「地獄の軍団」がBob Ezrinをプロデューサーに迎えて、オーケストラ、コーラス、効果音などを駆使したかなり特殊なアルバムだったことに対する回答だったのかな…と思いました。「地獄のロックファイヤー」はロック・ビギナーには適切な入門編で、毎日のように聴いておりました。歌詞は当時から下品だな…と思いつつ。
・最後に
この先はお気に入りのアルバムについて書いていこうと思います。古い作品ばかりになりそうだけど…。
