ジークアクスを振り返る①第一話感想:のりかな突発250701
2025年7月1日、14時55分。
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さて、新シリーズです!
のりかな毎日エッセイ改め、不定期ののりかな突発雑談をしばらく、
続けていこうと思います。
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とりあえず、ジークアクスを振り返らねば!
…人生において、振り返りや反芻こそが大事なのです!
そうして初めて、コンテンツは消化されて栄養になるのです!
(私見です(笑))
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今、ジクワ・ロスに悩んでいる人は、すぐに次の推しアニメに飛びついて、
前の推しを忘れるのもいいかもしれない。
でも。
ジクワが面白かった、と言う人も、なんか気にくわない最終回だった、
という人も、「なんでだろう?」とふと、思い返すと、推しについて
もっと深く、知ることができるかもしれない。
参考にできる古典も、埃をかぶったまま、注目されずに眠っています。
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新しい話題のコンテンツを流されるまま消化し続ける日々、忘れ続ける
瞬間瞬間の人生よりも、振り返る余裕のある人生の方が、豊かなのでは?
と個人的には思います。
反省の無い人間は、動物と変わらない。(名言風)
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などと偉そうなことを語っていないで、とりあえず
ジクワの感想記事を振り返っていきましょう♪
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約半年前の1月に、ジークアクスの劇場先行版を観に行きました。
そこから感想投稿を始め、昨日で最終回を迎えました♪
(ついでにのりかなエッセイも最終回にしました。)
↓
ジークアクス最終回今見た…どうしてこうなった⁉:のりかなエッセイ250630(終)|のりかな

考えをそのままアウトプットするのが、のりかなエッセイなので、文章は
長くなるし、上の記事も、最初は最終回に批判的なのに、途中から考えが
変わったりします。
一貫性が無いようですが、考えるとはそういうことです。
肯定にも否定にも行ったり来たりするのが考察だと僕は思うのですが、
なぜか世の中でウケる記事は、全肯定か全否定かの極端なものばかり…。
(極端な主張をして顧客を絞るのが、マーケティングの基本らしいですね)
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バズりのために、互いに自分の党派に有利な記事、支持者に忖度した
記事しか書けなくなる。
自由な議論ができなくなっていると、僕には見えます。
「考えたことをそのまま書く」スタイルは、それ自体にこのような、
批評的な意味があったのですが、当然バズりからは遠くなる。
(マーケティングの基本に反しているし、長文になるし地味だし…)
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その反省も生かした実験を、のりかな突発雑談でしばらく続けようと
思います♪
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長い。
前置きだけで千字超えてしまった。
長いと言えば、ジクワの感想記事はそれぞれが、平均5千字くらいの分量
があります…!
数えてみたら、記事数は全部で31記事ありました。
・ジクワ映画版感想:5記事
・ジクワ1~12話感想:19記事
・「ジクワ感想」の批評:7記事
合わせると文字数は、約15万5千字と推定…!

過去記事を単にコピペして再投稿するだけでも31日かかることに…。
しかも新書1.5冊分の文章を読んでもらえるとも思えないので、トピックスを
絞り、かつ要約した振り返り記事を何回かに分けて、投稿していこうと
思います!
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さてまずは、映画は後回しにして、テレビ版の一話から、感想記事を
振り返りましょう♪
①ジクワ1~12話感想:19記事
②ジクワ映画版感想:5記事
③「ジクワ感想」の批評:7記事
の順に。
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約2か月前の記事です。
この表紙は、ジークアクス1話が「始まる…」ということで、ティエリアの
画像を載せています。

ティエリア「始まる…。」
なんとなくティエリアのセリフを連想した流れで、ガンダム00の一話と
ジクワの一話を比較することに…。
「見て見ぬふりが出来ずに介入してしまう」のは、00のソレスタル
ビーイングも、思わず警察ザクを殴りに行ってしまうマチュも同じです。
「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」、夏漱石の
「坊っちゃん」も同じ。
スルースキルが低く、他人と衝突して揉め事をしょい込むのは、
「主人公」に必要なスキルといえます(笑)。
そうしないとお話が始まらないし。
ソレスタルビーイングだって、他国の戦争なんてほっておけばいいのに。
傍観できないのは、優しいからかもしれない。
或いは「自分ならなんとかできる」と自信家で、傲慢なせいか。
スルー出来ずに面倒ごとに介入した主人公には、悲惨な未来が待って
います。
「試練」ともいう。
主人公らしさを見せたマチュが、今後どんな試練に逢い、乗り越えていく
のか、楽しみですね♪

主人公ならでは。
ソレスタルビーイングは壊滅一歩手前まで追い込まれますし、
マチュはこの先、ドロボーにまで手を染めます。
「それみたことか(笑)だから見て見ぬふりすればよかったんだよ!
ヒーローぶらずに何事も身の程をわきまえて、スルーするのが大事♪」
…という教訓を、伝えるためのお話、ではないと思います。
むしろその逆。
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この時、そう考えた理由は、マチュがニャアンと衝突するシーンで
画面がキラキラする演出が使われていたこと。

スマホは壊されるしバイトは失敗するし、今この瞬間の二人にとって、
二人はお互い疫病神のはず。
キラキラしているのは今ではなく、未来からノスタルジックに
振り返ったときの二人の「思い出」だ。
「今思えばあれが二人の出会いだったね…」というエモさの演出だろう。
この直後、マチュはニャアンの「マブ」とウソをつくが、最終回で
二人はようやく「マヴ」になる。
ぶつかると被害が出ます。
人と人がぶつかれば喧嘩に、国と国がぶつかれば戦争になり、死傷者が
出ます。
だから、「スルーするのが一番♪」という考えも、それはそれで正しいと
思います。
でも二人の衝突をキラキラさせているのは、少なくともこのお話では、
衝突(=出会い)を肯定的に描こうとしているのだ、と理解しました。
「もしもあの改札の前で、立ち止まらず歩いていれば…♪」
二人がもし、出会わなければ。
「Let's get the beginning.
始まりを手に入れよう。」
という謎のスマホ通知を受けて、マチュが立ち止まっていなければ。
「君の顔も知らずのまま、幸せに生きていただろうか♪」
この歌詞は、「いや、そんなはずはない!」と続く反語表現ですね。
この歌詞を書いたのは米津氏ですが、それを主題歌としてOKしたのは
鶴巻監督なので、これでこのアニメが何を「勧善」しようとしているのか
は推測できるはず。
もちろん、衝突を肯定するばかりでは「現実はそんなに甘くねえよ!」
と批判されてしまいます。
衝突のネガティブ面も、戦争を通じて描き、「それでも」出会いを肯定
できるか?
そう言うお話になると、この時点では予測していたようです。
だからティエリアの画像と、マチュとニャアンの衝突シーンを表紙に
使った、という次第です。
表紙解説終わり!
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…とまあこんな感じで、「表紙の解説」に限定することで、振り返りの
文字数が多くなりすぎないようにしていく積りです!
記事の全体を読みたい方は、以下のリンクからどうぞ♪
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…あと、次回予告が映画の内容まんまで、1話だけでなく2話も映画から
流用⁉大丈夫なの⁉とちょっと不安になってますねこの頃の僕は。
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というわけで、また次回♪
Thank you for reading!
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元記事リンク↓
ジークアクス1話感想:スルースキルと衝突:他者の始まり:のりかな毎日エッセイ250414|のりかな
※過去記事は月500円のサブスクで読めるようにしてますが、100記事以上
あるので実質5円以下、しかも初月無料なのでぶっちゃけタダです(笑)。
ただクレカ登録とかが面倒なせいか、こんなにお得なのに会員が
増えない…(´;ω;`)
興味のある方はこの機会にぜひ!
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ではまた♪
