スパイになりたいので、小さなおじさんを追いかけた。
私は素直である。
どのぐらい素直かと言うと、学生時代。
友人に
「ホッカイロの中身って食べられるんだよ。
マサイ族はこれを主食にしているんだ。」
と言われたので、
「いただきまーす」
とハサミを取り出し、全力で止められたぐらいである。
─────
スマホが遂に息絶えたので、
携帯ショップに行くことにした。
駐車場に車を停めると、スーツを着た小さな
おじさんがこちらに向かって何やら怒鳴った。
何事だろうと、窓を開ける。
「すみませんー!!何ですかー!?」
「◎◇※★#@~!!!」
小さなおじさんは滑舌がすこぶる悪い。
聴力検査で優秀な成績を納めている私でも上手く聞き取れない。
もしかしたら、日本の方ではないのかもしれないな。
「○◎◇★~!!この馬鹿野郎!!!」
「あぁ、良かった。日本語を話せるんですね」
英語で話されても分からないので私は安心した。
「◎□○✕~!!テメェ、こっち来いよ!!」
「はい、分かりました!!」
私は車から降りた。
今日はお気に入りのヒールを履いているので180cmはあるだろう。
小さなおじさんは野生の熊と遭遇したように口をぽかんと開けた。
私に見惚れたのだろう。美しいからな、私は。
──小さなおじさんは私に背中を向けると、
全力で走り出した。
「え!?駐車場じゃ話せない重要な話なんですか!?国家機密!?もしかして秘密組織の人ですかー!?」
私はワクワクして、小さなおじさんの後を追いかけた。
小さなおじさんは止まらない。
私も止まらない。
小さなおじさんは携帯ショップの側にあった建物に入って行った。
あの野郎、鍵かけやがった。
「小さなおじさーーん!!!」
訳も分からずドアをガンガン叩く。
何故か私は、小さなおじさんはスパイ組織の幹部だと思っていた。
場所を移したのも、誰かに聞かれたら困る話だからなのだろうなと。
「君には素質がある。共に働かないか?」
……みたいな展開を期待したが、どうやら違ったらしい。
暇さえあればそんな映画ばかり観ているので、
いつか本当に勧誘される日が来るのではないかと、本気で期待していたのである。
諦めきれず、ドアをガンガン叩いていると、
モップを剣みたいに構えた中くらいの
おじさんが出てきた。
「も、申し訳ありませんが、あ、あなたが車を停めているのは会社の駐車場なので停め直して貰えませんか……?」
「……ええー?そうなの??間違ってしまいました!!すみません、すぐに移動します!!」
中くらいの、おじさんは私が話の出来る人間だと分かったようで、構えていたモップを下ろした。
お互いにペコペコと頭を下げて、中くらいの
おじさんは会社へ、私は車へと向かう。
視線を感じて振り返ると、建物の窓から小さな
おじさんが顔を出していた。
「おじさーーん!!ごめんねーー!!」
小さなおじさんは怯えたようにコクンと頷いた。
スパイにはなれなかったが
あの小さなおじさんの
トラウマにはなれたと思う。
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