罪悪感があるのは、"いい母親の証拠"って思うことにした話
ずりばいを覚えた息子(8ヶ月)が、まっすぐ向かっていく先には危険がいっぱいだ。
コンセントが危ない。コードが危ない。
あれが危ない。コレも危ない。ソレもアブナイ。
ゼンブアブナイ。
息子が動き出すたびに"アブナイ"を受信し続けて、ついに私の脳はショートした。
これはヒヤリハットなのか、ただの考えすぎなのか。
それさえもわからなくなってきた。
今日は、「行きたい」がいっぱいの息子に振り回されてモヤモヤを抱えた話。
そして、「それっていい母親の証拠ですよね」と思うことにした話です。
ベビーサークルで囲ったとき
考えるのをやめた脳が出した答えは、シンプルでした。
「ベビーサークルで囲ってしまおう」
ベビーサークルでぐるっと囲み、"アブナイ"ものはすべて「あちら側」に追いやった。
「こちら側」になった息子の世界は、絵本やおもちゃといったふわふわしたものであふれ、危険なものはない。

"アブナイ"の受信がようやく止まって、ふっと肩の力が抜けました。
私がほんの数秒待ってほしいときに、1秒でも早く動きたい息子。
ベビーサークルが、動けない私の代わりに息子を守ってくれる救世主に思えました。
ところが、平穏な日々はそう長くは続きませんでした。
それまで気にならなかった息子の視線が、妙に気になるようになったのです。
「あちら側」でおやつを食べている私を、サークル越しにじっと見つめる息子。
見られることは今にはじまったことではないのに、「柵」を挟んで向かい合った途端、なんだか責められているような気がする。
このモヤモヤはいったい何なのか。
息子の「行きたい」を扉で閉ざしたとき
ベビーサークルとは別に、もうひとつモヤモヤを感じたことがあります。
息子は「ロボット掃除機」にご執心なのですが、これは「危ないもの」であると同時に、「触ってほしくないもの」でもあります。
だって、安くありませんし壊れたら家事が増えますから(真顔)。
▼"ロボット掃除機にご執心"な様子はこちらから。
見つけると一直線にずりばいで向かっていって、バシバシ叩くんですね。
ロボット掃除機を起動するときは、床掃除のために一時的にベビーサークルを解体するんですが、息子はその一瞬を逃しません。
そこで、ロボット掃除機のステーション(待機場所)を別室に移して、息子の視界に入れないようにしました。
掃除機が息子のいる部屋まで来たら、抱っこなり外出なりで退避します。
それでも、私が部屋に入ろうとその扉を開けると、息子はちらっと見える掃除機を目ざとく見つけて突進してきます。
彼が入ってくる前に、慌ててバタンッと扉を閉めました。

そのときの息子の顔。
閉める直前に見えた、「えっ」ていう顔。
やっと見つけた行きたい場所を、目の前で閉じられたときの顔。
あの顔が、しばらく頭から離れませんでした。
「息子の"行きたい"を潰している?」という罪悪感
私は息子の世界を、「柵」でぐるっと囲っている。
そのうえ彼がやっと見つけた行きたい場所まで、目の前で閉じている。
柵で囲ったうえに、扉まで閉めていた。
二重に閉じていた。
サークル越しの視線に居心地の悪さを感じたのは、私のほうに心当たりがあったから。
安全のため。大人の都合。
間違ってはいないと思う。
でも、彼の「行きたい」を潰していることに気づいてしまった。
守っているのか、ただ阻んでいるだけなのか。
考えるほどわからなくなりました。
そうだ、ルームツアーをしよう
再び脳がショートしかけたので、"ある工夫"でこの堂々めぐりから抜け出すことにしました。
手が空いたとき、抱っこでロボット掃除機のある部屋まで連れて行く。
そう、「ルームツアー」です。
息子が自分の力ではたどり着けない場所でも、抱っこでなら行けます。
抱っこなら、危険なものには手が触れないし、ロボット掃除機も無事でいられます。
行かせられないなら、連れて行けばいい。
これで少しでも、彼の「行きたい」が紛れるといい。
ちなみに、ルームツアー中の息子は意外と静かで拍子抜けしました。
正直、これが子育ての正解なのかはわかりません。
でも、息子の視線や「えっ」という顔にこれだけ悩んでいる時点で、悪い母親であるわけがない。
そう思うことにしました。
ちょっとした工夫で、ちょっとだけいい母親になれた気がしました。
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