俺が「始末屋」を名乗る理由
「始末屋」とは何か
誤解されやすい言葉だから、最初に言っておく。
始末屋とは、後始末をする人間のことだ——と思われるかもしれない。半分は正しい。
だが俺が大事にしているのは、むしろ「前始末」だ。問題が表面化する前に、構造を読んで手を打つ。火事になる前に、火種を見つける。後から走り回るより、最初から燃えない設計をする。それが、本当の意味での始末だと思っている。
後始末は誰でもできる。前始末ができる人間は、組織の中に驚くほど少ない。
経営企画という場所
経営企画は、会社の「頭脳」だと思われている。戦略を描き、未来を設計する部署。そういうイメージを持っている人間は多い。
実態は違う。
経営企画とは、「誰も責任を取りたくない問題」が最終的に流れ着く場所だ。事業部が持て余した案件、役員が曖昧にしたまま放置した施策、現場が声を上げられない構造的な歪み——それが全部、経営企画に来る。きれいな言葉で言えば「横断的な課題の解決」だが、要するに、始末だ。
俺はその始末を、何度もやってきた。
海外に出て、わかったこと
駐在を経験した。子会社の経営もやった。
日本の本社が「グローバル展開」と言いながら、現地に丸投げして知らん顔をする構図を、内側から見た。現地スタッフが何を考えているか、本社の意思決定がどれだけ現場と乖離しているか。それを肌で知った。
組織というのは、どこに行っても同じ問題を抱えている。人が集まれば、責任は曖昧になる。決定は遅れる。誰かが始末をしなければならない。
違うのは、その始末の仕方だ。
なぜ書くのか
きれいごとを書くつもりはない。
「組織を変えよう」「キャリアを切り拓こう」——そういう話は、他の人間が山ほど書いている。俺が書きたいのは、そういう話じゃない。
JTCの内側がどう動いているか。出世する人間と、しない人間の差はどこにあるか。経営企画という仕事が、実際には何をしているのか。転職が、思っていたものと何が違ったか。
俺が見てきたこと、やってきたこと、失敗してきたことを、そのまま書く。
答えが出ない問題も、書く。きれいにまとまらない話も、書く。それが現実だからだ。
こういう人間に読んでほしい
組織の理不尽を、感情ではなく構造として理解したい人間に向けて書いている。
具体的に言う。
JTCにいて、このまま続けるべきか出るべきか、答えが出ないまま時間が過ぎている人間。管理職になって、上と下の板挟みが思っていたより遥かにきついと気づいた人間。経営企画にいる人間。数字と調整と根回しの間で、自分が何をしているのかわからなくなっている人間。
そういう人間が、この組織の構造はこういうことだったのかと腑に落ちる記事を書きたい。共感じゃなく、解像度を上げることが目的だ。
このnoteで読めるもの
経営企画実戦記——予算折衝、KPI設計、M&A。泥臭い実務の記録。
JTCの歩き方——組織の構造、人事の論理、出世の実態。内側から見た解剖。
JTCで出世できない人——本人は気づいていない。周囲も言わない。だから変わらない。
ビジネスエッセイ——時事を切り口に、組織と経営の本質を考える。
転職リアル——転職して何が変わって、何が変わらなかったか。
読んで不快なら、それはたぶん刺さっているからだ。
この話が他人事に聞こえるなら、あなたはまだ始末される側にいる。
