長篠の戦いの常識を疑う① なぜ鉄砲の一斉射撃なのか?
長篠の戦いでは、信長は2千とも3千挺ともいわれる鉄砲を集め、武田軍を打ち破ったとされています。
よくテレビや小説で話題になるのが、一斉射撃の後に敵へ間合いを詰められるのを防ぐため、
「三段撃ちを行った」
あるいは、
「三人一組となり、射撃→清掃→装填→射撃を繰り返した」
というような説です。
ところで、なぜ一斉射撃にこだわるのでしょうか?
ナポレオン戦争の映画などでは、マスケット銃による一斉射撃が定番です。
しかし、あれは相手も戦列歩兵であること、そしてマスケット銃の命中精度の低さを補う必要があったからです。
では長篠の場合はどうでしょうか。
私は、必ずしも全員が同時に撃つ必要はなかったのではないかと思っています。
例えば銃手ごと、あるいは数人単位の組ごとに、
「敵が川へ入ったら撃つ」
「土手を登ったら撃つ」
といった射撃開始地点や担当範囲を決めておき、自由に射撃させる方法も考えられます。
その後も同様に装填と射撃を繰り返します。
射撃範囲をあらかじめ複数設定し、現場の指揮官が変更を命じれば、敵の動きにも柔軟に対応できます。
相手からすれば、常にどこかの鉄砲隊から射撃を受け続けることになります。
もし3千挺の鉄砲が平均して1分に1回発砲したとすれば、単純計算で毎秒約50発の弾丸が飛んでくることになります。
これは十分以上の脅威ではないでしょうか。
もちろん、実際にどのような運用が行われたのかは分かりません。
しかし、「三段撃ち」という有名な説を前提にするだけでなく、
「そもそも一斉射撃である必要があったのか?」
という視点から考えてみるのも面白いと思います。
少し常識を疑ってみました😆
