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19.馬鹿ヂカラ2倍の法則

――物理運動というものは、シンプルで美しい。一見、無秩序に見える不規則の中に混在する、ただ一つ確かな「黄金の法則」を、私は発見した。あとは、無重力下での洗練された身体さばきと、度胸だけだ。私は、自らに問う。お前には可能かと。私は答える。今、ここにいるのは、私だけだ――

 ……と、格好でもつけなければ、誰がこんながつがつぶつかり合っているコンテナ満載の部屋に、突入なんかできるもんか。俺は、思い切り一つ深く深呼吸してから、そのコンテナたちがうごめく空間と、目指す四角い入り口との間合いを図った。ここで壁を蹴ったら、子供たちの前でミンチになるか、ちゃんと辿り着いて格好つけられるかの、二つに一つだ。無謀と慎重を同居させるのは、やっかいな仕事だけれど、こんな中で挽き肉の回収作業することに比べたら、ずっと天国。よっぽど気楽な仕事だ。

 声がよく響くように、一度、金魚鉢を脱ぐことにした。手袋グローブは取れないから、脱いじまえば次につけるときは密着シールできない。けれど、それでも子供たちより上等な装備をしている。金魚鉢《メット》ごしの会話では、コミュニケーションには支障があるだろう。俺は、あんまり悩まなかった。

「頼むから、移動中は話しかけないでくれよ。今、トイレ持って行ってやるからな」

 女の子の目を見て言う。女の子の目が、ちょっと見開かれる。その動きをみとめた刹那せつな、道が開いた。コンテナの無秩序の動きの中で、これだけは確かな法則。上手く激しくぶつかったコンテナは、必ずお互いに弾かれあう。そして、彼らがそれぞれの移動先で別の何かに当たるまでのわずかな間、そこには道がある。

 道が見えたときは、迷わない。迷ったら遅れてしまう。この場合、その遅れは生死に直結する。そんなことを悠長に考えていたわけではない。道が見えたとき咄嗟とっさに動くのは、俺の言ってみれば、悪い癖だ。自慢できた話ではない。

 俺はもう一度、今はただの気休めになった金魚鉢に頭を突っ込むと、壁を蹴った。

 まず目をつけた方のコンテナの外壁に取りつく。そして、四つん這いになって手足すべてを使って外壁を駆け上がる。疾走する狼のように……と言いたいが、この全てがゆっくり動いていく微細重力下では無理な話。けれども気持ちだけは疾風はやてのつもりで行く。下手な考えはこの際お休み。目線は広く遠く、この部屋全てを見わたすつもりで。

 気持ちは一点に絞る。入り口となっている、四角だけ。

 外壁に触れている手が、わずかな反発を感知した。こいつの反対側が、何か――多分違うコンテナにぶつかったのだ。今、俺がいる空間はこれからゆっくりと狭くなっていく。

 こういうときに闇雲に壁を蹴っても仕方がない。俺は軽く呼吸して、部屋全体と四角とを鳥になった気分で俯瞰ふかんする。

 右前方のヤツらがぶつかり合おうとしている。次に身を滑り込ませるのはあそこしかない。この壁と再びこちらに迫ってきているコンテナとがぶつかるまでは、まだ少しある。前のヤツらがぶつかるまで、待つ。俺は慎重に、壁を蹴るタイミングを図った。……と、その時。

――タカさん。今忙しい?

 耳元にジョーの能天気な声が聞こえた。脱力しそうになるが、ここで集中力を途切れさせたら命とりだ。俺はぶっきらぼうに言い捨てた。

「無茶苦茶、忙しい……」

 女の子には黙っていろと言ったけど、此奴ジョーに言っとくのを忘れた。さっき女の子に話したときに金魚鉢ヘルメットを外してたから、聞こえていなかったのだろう。子供たちが生きていたことを言うべきか、一瞬頭に過る。いや、まだ、子供たちのところに辿り着いてさえいない。

 ジョーが俺のことをタカなんて呼ぶときは、どうせ緊迫した用件じゃない。

――御免。ちょっと楽しい音入ってるんで、賑やかしに転送しようかと思って。

 しょーもない、用件で今呼ぶな。馬鹿。

「楽しい音?」

 この微妙な局面でも、『楽しい』と聞いては、捨ておけない。聞き返してしまう自分が情け無い。

――ザキおねえさんの、突っ込み一番手、柏木機長へのエール。

「くれ」

 短く言ったとたん、耳元に聞こえてきたのは、明るいビート。激しいリズム。そして、ザキさんの声。

――元気が足りないよっ。もう一度行くよっ。みんな、元気ーっ?!

――おーっ。

 パンピー柏木の渋い声。俺も小さく唱和する。

「おー」

――聞こえないよ、そんなんじゃ、まだまだっ。元気ーーーっ?

――うぉーっ!

「おー」

 今度も小さく唱和。もうすぐだ。あと、呼吸が一つと半分のタイミング……。

――いいねぇ。ナイスファイト。じゃぁ、今日も元気よく行ってみよーかぁっっ!

――おーーっ

 パンピー柏木とジョー。二人はどうやら合流できたのだろう。ザキさんと通話コールしている意味はわからんが。

――チャレンジタイムぅっ! GOゴーっ。

 またしても、威勢がいいザキさんの発破ハッパに呼応して雄々しく叫ぶ、柏木くんの声が聞こえた。GOが出たってことは……、いよいよジョーの牽引で、有機廃棄物貯蔵庫にでも向かうのかな。まぁ、いい。頑張れパンピー。こっちは、こっちで頑張る……。

 それにしてもGOゴーは丁度聞きたかった言葉だ。柏木くんの自機で構造物に突っ込もうッてのに、しょげてない声も気持ちいい。元気がもらえる気がする。ジョーの機転に感謝しよう。俺も、元気に突っ込んでやるぜ。

 目の前でミシッと音を立てるように合わさったコンテナたちが、一瞬の押し合いを演じている。こっちもチャレンジ・タイム、行くぜ。俺は、次なる空間目掛けてダイブした。

 ……到着。

――ナーイス。まだまだ、次があるからねっ。

 ザキさん……。君もナイス・タイミングだ。ここまで丁度だと、見えてるのかどうか聞きたくなる。GOがかかってから、俺と同じくらいの間があるということは、捕まえられたのか?

「ジョー、……捕まえたか?」

――な……なんとか……、でき……そう……。えっと、忙しいので、ボスっ、細かい話はあとでーーっ

 単純な形ではない柏木機をコントロールするのは、マス・コン相手にそうする以上に体勢を整えるのが大変と見える。でも、あっちは、あの二人に任せるしかない。一応、柏木くんも腹が座っていそうだし、ジョーは子供だから基本的に怖いもの知らず。なんとか、してくれるだろう。

「それは丁度良かった。俺も忙しい……」

 今度は掌に反発を感じるのが早い。さっきこれとぶつかったコンテナの方は、まだ方向を変えていない様子だけれど、さっきの空間より短い間しか時間がありそうもない。

――ファイトぉっ!

 サンキュー。ザキさん。その言葉を受け止めつつ、俺は思い切って通信をオフにした。圧倒的な沈黙が金魚鉢を支配する。俺は、もう一度方向を探った。この移動トイレに必要なのは、応援エールじゃなくて、集中力だ。

 向うのガキんちょどもも、テラGピクニックを目論むくらいに骨があるやからだから、なかなか肝がすわっているとみえて、ありがたいことに、この期に及んで急かしたりしてこない。

 騒がれないだけで随分助かる。生きて戻ったら、ママたちに、「良い子育てしてます」と、忘れずに言ってあげよう。まぁ、どっちにしろトイレを我慢するのは体に悪いから、さっさと行ってやらないと……。

 と、思った矢先。いきなり、衝撃が来て、全てのコンテナが一斉に同じ方向に揺れようとしているのが分かった。やばい。俺は、サンドイッチの具にはなりたくない。重いコンテナも軽いバナナも目の前で、一斉に同じ方向へ流れる。俺は、なぜか一本鷲掴わしづかみにしてから、バナナが流れていくのと反対の方向にコンテナを蹴った。目標の四角から、一瞬遠ざかるのも止むを得ない。潰れないことが大切。女の子の顔が泣きそうに歪むのが分かった。

 男の子たちはけなげにも、扉が千切れてしまったコンテナの入り口のほうに女の子を守るかのようにいて、女の子も奴らがこぼれ落ちないように肩あたりの服をつかんで確保している。どうやったのか梱包資材でガードを作ったらしく防護ネットモドきまで設置済みだ。

 ふん。なかなかどうして、先が楽しみなガキどもだ。とにかく、なぜかバナナを掴んだまま、俺は、どんどん迫ってくるコンテナの隙間を強引にすり抜けるべく、果敢に体を動かし続けた。もう、死ぬ〜っ。

 今の衝撃が、どうぞ、パンピー柏木の若鷹二号が、上手に有機廃棄物倉庫に激突した結果生じたものでありますように。マスコン一個でこれだけ動けば、俺の無責任な思いつきにも、着地点が見えてくるってもんだ。

 神様っ、ネタが切れたので、振り出しにもどりますっ。もしプールの墜落を防げたら、年に一度なんていわず、朝昼晩、獅子舞ダンス捧げますっ。

 どっかの神様に、どこか押しつけがましい祈りを懸命に捧げつつ、俺はどーにかこーにか、コンテナのむれをすり抜けて、ちょっとだけ広くなった空間に出た。あーっ、命が幾つあっても足りない気がするとは、このことだ。

 俺は、連中コンテナが向うにぶつかりきって大挙してもどってくる前にと思い、すかさず、反対側の壁を蹴って流れていくコンテナの後を追った。気分は大空をかける鳥のつもりでいこう。

 どこかの時点で、もう一度コンテナたちの向きが反対に変わるはずだ。遅くてもその瞬間までには、子供たちのところに着いていたい。こっちからでは、同じように見えるコンテナばかりで、扉が千切れてる四角い口が見えない。いそげ、慌てろ。ただし、落ち着いて。俺は、多分あの辺というカンだけを頼りに、コンテナを追い掛けた。

 いくつかのコンテナを追い越して、ちょっとだけ体を捻って振り返って、四角く扉が開いた奴を探そうとして、すぐ傍らにそれがあることを発見した。

 飛び込もうとしてフィルムのガードが思ったよりデカいことに気づいた。俺は慌てて身体を捻って、何とか滑り込ませる。第一段階……、終了。俺は深く溜息。それから、ちょんと操作して通信を復活させる。

――ナイスファイトでしたっ。お疲れ様っっ!

 威勢がいいザキさんの声が、タイミングよく響いた。やっぱ、見えてるでしょ。ザキさん。なんだか、嬉しかった。子供たちが俺に抱きついてくる……のかと思ったら、一番ちっこい男の子が叫んだ。

「おっちゃんっ。早くトイレっ」

 待ちかねてたのは、俺じゃなくて、トイレね……。俺はちょっと苦笑した。

     * * *

「こんなんのどこがトイレだよ」

 ポリ袋を片手に文句を言っているのは、一番ちっこい男の子だ。みんな小学校の高学年なはずだけど、予備知識が無かったら、二年生ぐらいかと思ったかもしれない。

「ゼロGだからしゃーないだろ。文句を言うな。それとも、バキューム式トイレ担いでこいって、そこまで無茶言うのか」

「そりゃぁ、そこまでは言わないけど、ちょっといい加減だなぁ」

「臨機応変と言ってくれ。終わったら、口をちゃんと縛っておけよ。いっとくけど、おっちゃんはこの手袋グローブしてるから、細かい作業はできないからな」

 飛竜の部屋を出てくるときに、まさにトイレ用として持ち出しておいた袋を見て、ちっこいのが思いっきり文句を垂れる。そりゃぁ、移動トイレ宣言しましたけど、いくら俺でも、吸引式バキューム便器を担いでここまでこれるか。この袋が出てきたところで、驚いて涙を流して感謝してもらってもいいくらいなのに。まったく、ガキんちょときたら分かってない。

 この小さいのはシャツに、大きい方はリュックにミラーズ・レッドがついている。俺は子供の緊張感を揉みほぐすような会話を試みた。

「扉の外に零れないように注意してやれよ。ミラーズ諸君。えっと、ミラーズ・ピンクのお嬢さんは……ちょっとこれは無理だね」

 女の子が眉をつりあげた。

「私……ピンク嫌い」

 俺は疲れた。

「……希望も聞かずにいきなり役割り当てて、すまんかった。で、あいつらのどっちがレッドで、君は何色?」

「名前で呼んでほしいわ。おじさん。私は、越智美咲です」

 可愛くないっ。けれど、きちんと名乗られたら仕方がない。

「了解しました。おじさんは、高柳優美です」

 つられてきちんとフルネームを名乗った俺の背後で、めっちゃくちゃ可愛くない声がした。

「ユウビ……?って、思いっきりだっせーっ。それって女の名前じゃん」

 ミラーズ・レッド、小さいほうの君。君は思いっきり、俺の神経を逆撫でしたんだよ。順番に助けなきゃならないことになっちまったら、君は問答無用でラスだ。

「リトル・ボーイ。俺のことは……タカと呼ぶように」

「リトルって何?」

 女の子が冷たく言い捨てた。

「ちびってことよ」

「あーっ、このクソ野郎。人が一番気にしてることを」

 クソって。ちょっと君、俺の労働に対して、その呼称は不当に過ぎないか? 腐りそうになった俺に、どこかおっとりした優しい声が言ってくれた。

「美咲ちゃんも、崇くんも、お礼が先だよ。おじさん、ごめんなさい。来てくれて本当にありがとう。もの凄く怖かった」

 この子、思いっきり……癒し系。いい感じ。

「だからね、感謝してくれてるなら、おじさんでも、ゆうびでもなく、タカと呼んでくれ」

 俺が言うと、チビと女の子より一回り大きいそいつは、はにかむように微笑んだ。

「タカ……さん? 大人の人をそんなふうに呼んでいいのかな……」

「お前、可愛いッ!」

 俺はついうっかり抱きしめてしまった。相手が男でも、子供なら大丈夫っ。念のため、ヘンタイ的欲望はありません。

 男の子がちょっとだけ躊躇ってから、ぎゅっと力を込めて抱き返してきて、その思いがけない確かな力が、大人っていう生き物の本能をくすぐってきた。めっちゃ、頑張って来て、良かったぁ。

「名前教えて。呼びやすいし。ビッグ・レッドくん」

 男の子が微笑んだ。

「僕は、小柳遊星っていいます」

「おーっ。君も柳クンか。俺の高柳と親戚みたいなもんだね。ユウセイって、遊ぶ星とか? それとも、優れた星? 星じゃなくてもいいんだけどね」

「遊ぶ星です」

「いいね。レッドに相応しい素敵な名前だね」

「今回はボクは一応ブルーですけど」

「クール・ビューティのほうか。悪くないね。おじさんとこのガキは、捻りも何にもなく、レッド命なんだけど、芸がないよなぁ」

 戦隊ミラーズだって、共通の話題がないよりナンボかましだ。

「おじさんとこの子供って幾つ?」

「5歳ぐらい、だったかな」

「ぐらいってなんだよ。しょーもないオヤジだなぁ。子供にそのうち嫌われるぜ。でもさ、5歳じゃぁ、仕方ないよ。ストーリーの深いところまで追えないもん。見掛けならかっこいいレッドが一番だし。出番多いし」

 一番ガキっぽいノリのくせに、いちいち言うことがもっともらしい。

 で、難題が女の子。袋にいたすのも難しそうだ。

「……やり方どうかな?」

 思い付いたやり方をこそこそとささやく。

「えーっ。やだぁ。それって赤ちゃんのオムツじゃない」

 即座に返ってきたのは否定の言葉だった。まぁ、無理もない。だけど、ここは納得してもらわないと、次の行動に移れない。トイレを我慢しながらじゃぁ、マトモに体は動かせないからなぁ。

「ミサキちゃん。宇宙船外作業士って知ってる?」

「え? もちろん知ってるよ。宇宙船の外で働くプロフェッショナルだよね。かっこいいよね」

「そうそう。だけど、ミッション中にトイレ行けないからさ、長時間になるミッションの場合、船外作業服スーツ装着する前にオムツしとくのよ」

「やだっ。汚い……」

「まぁね……。でもさ、トイレ我慢しながらじゃぁ、きちんとした仕事できないし、プロならちゃんと割り切らないとね。あとさ、それじゃぁさ、ヨーロッパ中世の甲冑の騎士って知ってる?」

「アーサー王とか。円卓の騎士とかの、あれ?」

 よし。なかなかちゃんと本読んでますね。お嬢さんは。トーキングディク(しゃべる辞典)、歩仕込みのうんちくは、妙なところで役に立つ。

「甲冑着込んでる騎士って、じつはヨロイの中に垂れ流しだったんだけど、どっちが汚いと思う?」

 女の子が思いっきり引くのが分かった。

「……それ、後始末どうしたの?」

「騎士サマが自分で洗うわけないでしょ。見習いを兼ねた専用の従者がいたの。戦闘が終わると、水が無かったら砂で磨いて、オシマイ。トイレ使えない状況ってのでは一緒だけど、オムツと垂れ流しと選んでいいけど、ミサキちゃん、どっちが好き?」

「……オムツ」

「了解」

 俺は要領もコッソリと耳打ちしてから、バックパックからシーツを取り出した。オムツがわりに用足しするようにと渡した一枚とは別に、もう一つのシーツを使って女の子をすっぽり包んだ。重力がないと、幕を張るってわけにはいかないから、仕方ない……でしょ? シーツもボディバッグになるより、目隠しとオムツになる方が嬉しいに違いない。男の子たちは、こういうとき簡単で良いよなぁ……。つくづく。

 俺は、見ないでいてやるのが武士の情けと(武士じゃないけど)、ガキんちょ二人のほうに向き直った。

「で、バナナ追い出して、中に避難するっていう、むっちゃナイスなアイデアは誰がだしたの?」

「逃げ込んだんじゃなくて……最初から居たんだ。ピクニック最後の夜だから、バナナ・パーティーしてたんだ……。だって、僕たちバナナに化けてライダー・プールに来たんだよ。ピクニック最後の夜も、この際だから怒られついでに、バナナたくさん食べて、バナナと寝たんだ」

 とブルー、遊星君。

「もともと……ここで、寝てたの? バナナと一緒に?」

 俺は確かめる。頷く二人。面白いこと考えるガキどもだ。

「でも、なんで外にバナナがあんなにあるんだ? それもバラバラで。梱包されてただろ?」

 エアロックの内扉を開けた直後からの疑問をぶつける。

「そんなんシュミレーションに決まってるだろ。自力でこの部屋から避難できるか、助けを待ったほうが生存確率が上がるのか」

「へ?」

 やけに大人びたセリフがチビのレッドから聞こえて、つい、頓狂な声が漏れた。

「正しくはシミュレーションな」

 歩たちとよくやっている、どうでもいい間違い指摘モードが出た。指摘するのが自分ってのが驚きだけど。

「そんな細かいことどーでもいいだろ、この際」

 反応は、ちょっと飛竜寄りだ。

「オレたちは一応はジャケット着てるけど、その辺で売ってるやつだから、テラGルーム同様、本物じゃないかもしれないだろ。それに人間ってバナナみたいに柔らかいだろ? ゼロG初体験ですげー動きにくいし。めっちゃ面白いけど」

 ま、そうでしょうとも。

「コンテナ避けそこなったら、どうなっちゃうかテストしたんだ」

 マジ、すげえ。こいつら。パニックになってても全然おかしくないこの状況で、何だ、この判断力は。

「よくやった、えらい」

 褒めるしかないじゃないか。

 なぜか直接褒められていない遊星君まで、偉そうなドヤ顔になっている。

「それにしても、よく開梱道具持ってたな?」

 素手じゃバナナを固定しているバンドは切れない。

「だって、ここに来るときにバナナに化けて来たんだもん。梱包素材も調べたし、開梱できるかテストもしたし、練習もしたし。入れ替わった後に、ちゃんと未開封に見えるように、シール戻すのも成功したし」

 後ろから聞こえてきたミサキちゃんの声も、何だか自慢げだ。何だ、このすごい大人なんだか、めちゃガキなんだか分からない感じは。

 それに、さっきくぐったストレッチフィルム製の簡易ゲートが、内壁に固定できてた謎も解けた。こいつら、工作用のヒートガンまで持ってるのね。マジで超、優秀。

「で、何でバナナだったんだ?」

「だって、バナナは傷みやすいから、多分そんなに倉庫においとかないだろ? 脱気もしないはずだし。さっさと見つけてもらわないと、命にかかわるし」

 またしてもキレがいいチビレッド。

 ……。こいつらのピクニックって、思いっきりクレバーな密航じゃん。

「プールにピクニックっていうのは、そこそこナイスなアイデアだけどさ、Gアップちゃんとしないで来るから、倉庫に缶詰になって遊べなかったんだろ?」

「それについては、オレは卑怯な大人を糾弾する。オレたち、ちゃんと夏休みの間、中央児童館のテラGルームで訓練してきたんだ。一夏かけてだよ。なのに、テラGなんか、全然出てなかったんだ。あそこ。大人はズルいよ。子供騙して」

 チビレッドが憤慨した。

「夏休みかけて訓練して、新学期に決行したの? 首尾よく発見されても、すぐ連れ返されちゃうじゃん」

「168ルール」

 遊星くんのほうも、いたずらっぽい目つきになっている。俺は呆れる。計画的、確信犯。見事なピクニック計画。なんてガキどもだ。

「お前たち、やるなぁ」

 こういう無茶苦茶を思いつく奴は大好きだ。俺の言葉に大人の分別ではなく、同じガキの感嘆を感じ取ったっだろう。チビの瞳がちょっと自慢げに揺れる。

 ふふ。俺もジョーを実は笑えない。見掛けは中年オヤジ。でも、中身はあんまり成長してない自信がある。

「こいつ。珍しく、話せる大人じゃん」

「崇くん。コイツじゃなくて、ちゃんとタカさんって」

 照れ臭そうにガキんちょの分際で、あっちから握手を求めてきた。

「おれ、今回のピクニックではレッドやってる崇です。美咲はピンク嫌いだから、コードネームはカシスさま」

 俺は倒れそうになった。カシスさま。刺々しいお嬢さんには、似合いすぎっ! 今後の行動を考えると、そうはいっても、カシスさまとも馴れ合っておく必要がある。

 用足しが済んだのか、シーツを取っ払って泳いできたミサキちゃんに、俺は果敢に挑んだ。

「えっと、カシスさまぁ。頼み一つ聞いてくれる?」

「なに?」

「バナナむいて……」

 カシスさまは、ちょっとだけ大人みたいに眉を吊り上げて、ぽつっと冷たく言う。

「自分ですれば?」

 不貞腐れているのかな。可愛いのに勿体ない。

「あのね、このグローブ。自分じゃとれないの。んでもって、こいつは細かい作業に凄く不向きなの。これ。ついでに、ここまで死ぬ思いでやってきて、君たちと会えて、ここで終わりなら良いんだけどね、外のドーナツまで君たちを連れていきたいと思ってるわけ。全てが上手くいくってまだ分からないけど、君たちがちゃんとお家に帰れるように、できる限り頑張ってみる。だから、バナナパーティーに混ぜてよ。一本くらい、いいじゃない」

「できないことなら、我慢すればいいじゃない」

 この子は普段、もしかして、凄く我慢しているのかな? 俺は敢えて言葉にして言ってみた。

「俺は、我慢するのは嫌いなんだ。第一、できないことを手伝ってもらうのって、恥ずかしいことじゃないと思ってるよ。誰か近くにしてくれる人がいるなら、頼って良いと思ってる。そのかわり、じゃないけど、俺ができることがあって、それができない人が傍にいたら、やってあげるの、普通のことだと思ってるよ」

「そんなの嘘よ。みんな自分の都合が一番で、みんな、勝手に自分のことだけやってるよ」

 寂しいのかな、このカシスさまは。

「じゃぁ、なんでおじさんが、ここに来たと思う? 君たちがいるって聞いたから、迎えに来たんだよ。がんばれば、できそうだと思ったからね。ホントはこんな状況だと凄く難しいけどね。君たちを迎えに来るのは、おじさんの勝手な都合かい?」

 カシスさまの顔が一瞬で真っ赤になる。なるほど。こういうもってまわった言い方をとっさに理解できるのは年の割りにすごく賢い。多分、とても感性がするどくて、いろいろ見えちゃって、いろんな意味で生きにくいんだろうなぁ。子供でしかないことと、大人の視点をもっていることは、両立しがたい。

「おじさんは、君たちを助けようと頑張ってみる。でも、一仕事の前にちょっとお腹に何か入れたい。この手袋じゃ、バナナはむけない。君は、簡単にバナナくらい、むけるだろう? そんなに、凄い難しくて厭な仕事かい?」

 ミサキちゃんは首を振る。あともう一息。

「おじさんは、むいてくれると、嬉しいな」

「おっちゃん。オレがむいてやろうか?」

「ダメ。女の子のほうがいい」

 タカシ少年の申し入れを却下する。こっちは平坦すぎる感性の持ち主で少年含有率百パーセントだ。悪気はないだろうけど、俺の意図にまるで気付いてない。

 死んでるガキどもは、紐で縛って引きずっていけば問題ないが、生きてるガキとここを抜け出すなら、チームでいることは必要最低限の保険だ。三人の子供たちが、わずかずつでも俺を信じてくれたなら……、そいつが今のベターだ。急いで行動を開始するより、このカシスさまの心を、ちょっとだけ妥協に導いてからの方がいい。

 カシス・ミサキちゃんの手が、ひょいとその辺に漂っていたバナナを掴んで、おサル剥きを始めた。

「どうぞ」

 半分くらいまで皮をはいでから、俺が食べやすい位置に、差し出してくれる。むいてくれるだけで十分だったけど、まぁ、悪くない。俺は甘えて、ミサキちゃんが持ったままのバナナをかじりとった。出荷日調整中のバナナはまだちょっと硬くて、甘さもちょっと控えめで、もう少し育った方が美味しいこと間違いないといったところ。まるで、ミサキちゃん、そのものみたいだ。(ヘンタイ欲求はありません! 念のために繰り返しておく……)

「ありがとう。すごく美味しい」

 カシス・ミサキちゃんが微笑んだ。

「どういたしまして……。タカさん」

 俺は、バナナを咀嚼そしゃくしながら金魚鉢を見た。ここはジョーと繋がっている。子供たちが生きていたと無事だと言えば、あのママたちは、激しく喜ぶだろう。でも居住区に帰り着けなかったり、シャトルライダーさんたちの健闘虚しく、プールが落ちたら。その喜びは絶望になって、あの人たちを打ちのめすだろう。

 子供たちもそうだ。今、ママたちの声を聞いたら、多分、緊張の糸が切れる。そしたら、俺では扱いきれない。うん、今はもう少し、黙っておこう。ママさんたち、ごめんなさい。俺はそっと通信機能をオフにした。

「タカさん、これからどうするの?」

 ミサキちゃんが、なんとなく俺に擦り寄ってくる感触で聞いてきた。

「脱出ルートについて。ところでさ、ミサキちゃん。あんなに可愛いのに、なんでピンク嫌いなの?」

 ママは禁句だ。俺はちょっと誤魔化して、話題を変えた。

「だから、ミラーズなんか考えてる場合じゃないのに。まったくもう。役立たずだからに決まってるでしょ。いつだって完全に足引っ張ってるじゃない。なんで、あんなのがミラーズに入っているのか、信じられない。すぐキャーキャー騒いで、みっともない」

 女の子はね、キャーキャー騒いでいいんだよ。でも、この子は、そんな言葉で納得する子じゃなさそうだ。ちょっと、遠くからいこう。

「ミサキちゃん。君は、男って奴の馬鹿な習性を忘れている」

「習性?」

「またの名を、馬鹿ヂカラ2倍の法則って言うんだけど。知ってる?」

「知らない。なにそれ? バカって」

「そこで切らないで。馬鹿ヂカラで一単語。あのね、男ってのは、その大・小レッドも、俺みたいに擦り切れてんのも同じでね、好きな女の子のためなら、いざって言うときに自分の基本能力の最低でも2倍は力を出せるんだよ……」

「大・小レッドって、崇くんと遊星くんのこと?」

「レッドとブルーでもいいや。あのね、今、ここの状況って非常時でしょ?」

「うん」

「遊星くんも、リトル・レッドくんも、ママと一緒にこういう状況に投げ込まれたら、こんなふうに落ち着いてなかったと思うんだ。ママにだって、どーしょもないことなのに、泣いたり、怒ったり、我がまま言ったり、当然、してたと思うんだ」

「俺はそんなことないぜ」

「黙れ、レッド君。今はカシス・ミサキさまと話している」

 ミサキちゃんが、ちょっと笑う。

「君もだ。ママと一緒だったら、きっと泣いて我がまま言ってたんじゃないかな。非常時には、誰だって1.5倍の力が出せるんだ。守ってくれる、頼れるママがいない事態で、君たちはお互いに支えあって頑張ってきただろ? これが緊急事態、馬鹿ヂカラ1.5倍の法則という……」

「ボクは3倍くらい頑張ったかも……」

 ぽつっとブルー。

「おー。頼もしい。これから頑張る第2弾が待ってるから、楽しみにな。そんでね、もしもだ、計算してみて。ミラーズがみんなできる野郎どもばっかりだったら、どうなるか。考えてみようか。連中の普段のチカラを1と考えて、ミラーズが活躍する事態ってのは、日常じゃぁあり得ないから、非常時になるね。一人1.5倍頑張るとして、合計のチカラは、数値に置き換えると幾つ?」

「1.5かける、5で7.5かな」

「大正解。ちゃんと勉強してるね。んじゃさ、ここのできる男キャラの1.5を引いて、ピンクを入れる。普段彼女は1のチカラを持ってるけど、非常事態はパニックをおこしてしまって、実動能力ゼロとしようか。でも、こっちの残りの4がね、最低で2倍のチカラが出せるとすると……合計、いくつ?」

「最低でも……2かける4で8?」

「はい。正解。つまりね、男ってヤツは、大切に思ってる女の子が一緒だと、馬鹿ヂカラが出るから、4人で8のチカラが出せる。つまり、ピンクはマイナス0.5までのポカをやらかしても、十分にペイするんだ。ペイって分かる?」

「何となく」

「んでもって、2倍ってのは、最低ラインだからさ。ってことを考えてから、もう一回聞くよ。さて、ミラーズにピンクはいたほうがいいでしょうか、いないほうがよいでしょうか。カシス・ミサキさま、考えて」

「何か、騙されてる気がする。最低2倍の根拠を教えてよ」

 手ごわい〜。でも、負けるもんか。俺はにっこり笑った。

「実感と主観と経験則から割り出した、割と信頼できる数値」

 学生時代もそうだったけど、野郎だけのミッションより、女の子がいるミッションのほうが気合入ったもんだった。第一女の子がいると、集団ではアホ度を競ってる仲間だって、馬鹿をやらかす割合が断然減って信頼度が増す。

 特に飛竜なんかその傾向が顕著だった。まあ、あいつのはリアルのお姉さんたちに、女に逆らうなど調教された結果かもしれないけど。

 ともかく、女の子がいてくれるのは、野郎どもにとって馬鹿の根治薬にはならないが、少なくとも緩和剤にはなっていた。

 この馬鹿ヂカラ2倍の法則は、以前にお寂し見舞いとか言うコールをくれる歩と話していたとき、ジョーのピンク不要説を覆すべく歩が捻り出して見せたものだ。色はピンクだろうが紫だろうが構わないが、野郎ばかりのミラーズに毎週付き合うのはお前も嫌だろう?と、あの慣れてないと無表情に見える顔で吹かしやがった。

 婦女子諸賢には御否定のむきもあられるかもしれないが、少なくとも、世の中の父兄諸氏のご賛同はいただけると信じている。

 うん。奴の、思いつきのでっちあげに決まってるけど、この理論はまったく真実を衝いていると思う。俺なんか普段人とすら生きてないから、女の子と一緒に災難に巻き込まれたら、多分5倍くらいは頑張れちゃうと思うなぁ。

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