【アメリカ横断記⑬】自由なひとり旅の果て。ニューヨーク
3週間のアメリカ横断の旅もついにゴール地点に辿り着きました!
ニューヨーク です!
ルート66をひとりでレンタカーで横断する。
ロックを爆音で聞きながら風を切って疾走する。
僕は何故こんなにも、ひとりでいるとき程、自由と幸せを感じるのか。
アメリカ横断記の最終回は、ひとつのライフスタイルとして「ひとりで生きる」ことを選択した僕の人生観について、ヒネクレモノながらつらつらと語りたいと思います。
(※この記事は旅をした2019年の情報をもとに作成されています)
とりあえず見とくか、自由の女神
「まぁニューヨークに来たからにはねぇ~、行っとった方がええかなぁ。」
てな感じで 自由の女神像 を見に行ってきました。
正直あんまり興味はないのですが・・・。
自由の女神像はリバティー島という小島に建てられています。
マンハッタンの先端、バッテリーパークという公園からフェリーに乗り揺られること約30分、うっすらと見えてきました。

この日はあいにくの雨模様で、遠くにそびえる自由の女神は凛々しいなんてもんじゃなく、なんだか寂しそうに見えました。
それよりも船の後方、離れていくマンハッタン島の大都会のビル群の方が見ごたえがありました。

船は自由の女神の正面に。
さすがは自由の国アメリカの象徴、結構な大きさです。

この像の目線はアメリカではなく、大西洋に向けられています。
これは海からアメリカに船でやってくる移民を歓迎する様子を表しているそうです。

しかし現在のトランプ政権の弾圧ともとれる移民政策を見ていると、その目線は完全にアメリカに向けられているように感じますね。

アメリカ独立100周年を記念してフランスから寄贈されたこの自由の女神像。
左手の銘板には独立記念日の「1776年7月4日」とローマ数字で刻まれているそうです。
また足元には引きちぎられた鎖と足枷があり、これは奴隷制度と独裁政治からの解放を意味し、真の自由を象徴しています。
ちなみにリバティー島はちょっとした公園になっているのですが、どんどん雨足が強くなっていき、それどころではありませんでした。

傘だけでは防ぎきれない豪雨にうんざりし、ちょっくら見物したらすぐにフェリーでマンハッタンに戻りました。
正直見てもふ~んと思うだけで、大雨の中船で見に行くほどのものでもなかったです・・・。
大都会ニューヨークの街並み
マンハッタンに戻り、濡れた服を乾かすためスタバで無駄に時間を潰していると、幸い晴れてきました。
ここからは大都会ニューヨークをお散歩しつつ、世界の中心 タイムズ・スクエア を目指します。


しかしまぁさすがは大都会ニューヨーク。
首を痛めるほどの見上げる高さで、高層ビル群が空を突き刺しています。


数十キロにも及ぶ直線のストリートと直角に交わる交差点。
鮮やかなまでに綺麗な長方形の碁盤上の街に、ビルがぎちぎちにつまっています。


シカゴでもそうでしたが、アメリカのビル群は隣り合ったビルの間に隙間がありません。
日本ではビルの間には必ず隙間があってちょっとした路地なっていたりしますが、アメリカは完全にひっついてしまっています。


これは日本と違い、アメリカ東部は地盤が強固であるため地震が少なく、倒壊の恐れがないから可能な建築だそうです。
それに加えて多くの人口とビジネスが密集するニューヨークで、土地を最大限に活用してビルを作るために、隙間は無く、背が高くとなっていったわけですね。
こんな細長いビルも建設中でした。
これも地震がないから成せる業でしょうか。


あまりにも高いのに細い
ちなみに地震が多い日本では、倒壊や火事の延焼を防ぐ目的で土地に対する建物の専有面積(建ぺい率)が法律で定められており、ひっつけて建てることはできません。
ハリウッド映画なんかでは、ビルの屋上を次から次へと走って逃走するシーンがよくありますが、これはアメリカならではですねー。
Super Dry ® 極度乾燥(しなさい)
ニューヨークをぷらぷら歩いていると、謎のお店を見つけました。
それがこちら、


意味不明な日本語のこのお店ですが、何が気になるかと言いますと実はラスベガスでもこの店舗を見かけたのです。

ニューヨークとベガスの一等地に出店できるほど儲かっているのか・・・。
意を決して入ってみると、店内にはオシャレなメンズ服がずらり。


調べるとなんと、このお店はイギリス発の Super Dry ® 極度乾燥(しなさい)というファッションブランドだそう。
そして驚くことに、ヨーロッパを中心に世界各国で人気を博し、40ヵ国もの主要都市に店舗を構えているそうな!
かのデビット・ベッカムも着用した人気ブランドらしいです。
服自体はおしゃれなのだが、なんせロゴや胸に書かれた謎の日本語がダサすぎる・・・。

そういえばアメリカを旅していても、カタカナが書かれたTシャツを着ている人が結構いて、ある人は胸に「スカーレット」と書かれたTシャツを着ていました。
しまいには腕に「威風堂々」とタトゥーを入れている人もいて、マジかよと思ったものです。
しかし私たちが英語の書体にかっこよさを感じて、平然と英字の衣服を着るように、外国人から見るとカタカナや漢字のフォントはクールに見えるそうです。
せっかくなので1枚買ってみました。

自由の女神を見ていてずぶ濡れになった服も生乾きだし、またいつ降るかも分からないので防水のジャケットを購入しました。
母国でも着たいのでさすがに日本語は控えめで、タグと左肩にブランド名が入っています。
ところで何故この世界的人気ブランドが日本では話題にならないかと言うと、実は飲料メーカーのアサヒがビールの「スーパードライ」を商標登録している関係で、日本では出店できないそうです。
なんだかいいお土産になりました笑。
ホーム・アローン2の聖地巡礼
僕は映画も大好きで、このアメリカ横断の旅では度々好きな映画の聖地めぐりもしているのですが、ここニューヨークでも訪れたいとあるホテルがありました。
そのホテルがこちら!

これは映画「ホーム・アローン2」で主人公、ケビンがひとりで宿泊したホテルです。
撮影では実際にこのプラザホテルのロビーや部屋が使用されており、今でもケビンが泊まった部屋に泊まれるステイプランがあるそうです。
ちなみにこの動画の35秒から、ケビンがロビーの場所を男性に尋ねるシーンがありますが、この男性は実は現アメリカ大統領ドナルド・トランプです。
ホテルでの撮影料を払った後になって、当ホテルのオーナーだったトランプが、「使うなら私をカメオ出演させろ」と要求してきたらしく、監督は仕方なくこのシーンに彼を出演させたそうです。
あまりにもわがままなトランプらしいエピソードですねぇ笑。
監督は後からカットするつもりでしたが、試写会で観客が笑っているのを見て、お客さんが笑ってこそコメディ映画だと思い、このシーンは採用されることとなりました。
そして、ラストにケビンが母親と再会するこちらのシーン。
始めてこの映画を見たのは小学生低学年だった頃でした。
その時から大好きで、TSUTAYAで借りては見て、クリスマスに金曜ロードショーでまた見て、もう何度見たか分かりません。
しかし何度見てもこのシーンで涙が出るのは何故なんでしょう。
クリスマスツリーの前で、サンタに家族を返して欲しいとお願いするケビンの寂しさ、そして再会の喜び。
美しいこのシーンが撮影されたのはロックフェラーセンターにある、コムキャストビル というこちらの建物。

僕は夏に訪れたので何もありませんが、毎年11月になると全米で選び抜かれた1本のクリスマスツリーがここに設置されます。
見てみたいなぁ~。
そしてそして、この映画で印象的な人物といえばなんといっても鳩のおばさんでしょう!
ホーム・アローンはひとりでもたくましいケビンが、強盗を様々な仕掛けで撃退するシーンが痛快ですが、最後には強盗に捕まってしまいます。
そこで助けてくれるのが、一見変わり者の鳩おばさん。
心は優しいのに世間から隠れるようにひとりで生きている。
孤独と戦うケビンに勇気づけられ、ふたりの間には友情が芽生えます。
ひとりで生きる強さ以上に、お互いを助け合う友情の大切さを説くこの映画には心温まる素晴らしさがありますね。
このおばさんが登場するのが、マンハッタン島大都会のど真ん中に位置する広大な自然公園、セントラルパーク です。
このシーンの橋にも行きたかったのですが、あまり時間もなかったので公園内には入らず素通りしてしまいました・・・。

さて話は変わりますが、ケビンのようにこのニューヨークでひとりでいることの寂しさを歌った素敵な歌がありますので紹介させてください。
【66's Music 56】The Only Living Boy in New York / Simon & Garfunkel
1970年リリース、アメリカのフォークデュオ サイモン&ガーファンクル の名盤、「Bridge Over Troubled Water」。
そのB面3曲目に収録されているのがこの曲です。
美しいアコギの音色と、うっとりするような二人のハーモニー!
優しい曲調のこの曲はまさに彼ららしい珠玉の名曲です。
この曲の作詞作曲は ポール・サイモン ですが、これは相棒の アート・ガーファンクル へ宛てたメッセージソングです。
Tom, get your plane right on time. I know your part'll go fine.
トム、飛行機に乗り遅れるなよ。僕は分かってる、仕事はうまくいくさ。
このアルバムの制作時、アート・ガーファンクルは映画「キャッチ22」の撮影のためにメキシコへ行っており、彼の仕事の成功を祈ったポール・サイモンが、励ましの言葉を投げかけています。
彼らは10代の頃は、トム&ジェリー という名で活動しており、歌詞中のトムとはアートのことを指しています。
なんだか粋ですねぇ。
しかしポールは少し寂しいようで・・・
Fly down to Mexico Da-n-da-da-n-da-n-da-da and here I am,
The only living boy in New York.
君はメキシコへ飛んでいってしまうけど、僕はここにいるよ。
たった一人ニューヨークで。
実は当時アートが俳優業を始めて多忙を極めたことで、ふたりが揃ってレコーディングをする機会は少なくなってしまいました。
このアルバム制作も作詞作曲はポールが行い、ヴォーカルも別々に録音してあとで編集して重ねたり、ポールによる多重録音で収録したりと、ポールがひとりで制作することが多くなってしまったそうです。
I get the news I need on the weather report.
I can gather all the news I need on the weather report.
Hey, I've got nothing to do today but smile.
Do-n-doh-d-doh-n-doh and here I am,
The only living boy in New York
必要なのは天気予報なんだ。
僕が集めるのは天気のニュースばっかりだ。
ああ、今日も何もすることが無くて笑っちゃうよ。
僕はここにいるよ、たった一人ニューヨークで。
メキシコへ飛ぶアートの安否を案じているのか、体を気遣っているのか・・・
彼を心から応援する反面、ひとりでいることがどうしても寂しいポールの切なさが、歌詞から痛いほど伝わってきます。
そしてサビでは長らく共に活動してきたサイモン&ガーファンクルというデュオの行く先を問いかけています。
Half of the time we're gone.
But we don't know where, and we don't know where.
僕らは人生の半分を共に過ごしてきたね。
でも僕たちはどこにいるんだろう、そしてどこに行けばいいんだろう。
アートの歌声はこのサビのハモリとコーラス部分のみで、メインパートはすべてポールが歌っています。
そう思うと余計悲しく聞こえてきますね・・・
そして3番、ここがポールの本音でしょうか。
Tom, get your plane right on time. I know you've been eager to fly now.
Hey let your honesty shine, shine, shine now.
Do-n-do-d-do-n-do like it shines on me.
The only living boy in New York.
トム、飛行機に乗り遅れるなよ。
君が今すぐ飛びたがっているのは分かっているよ。
自分に正直に、輝いてくれ。僕を照らしてくれたように。
僕はここにいるよ、たった一人ニューヨークで。
ここでポールはアートの新たな挑戦にエールを送り、サイモン&ガーファンクルとしての別れを受け入れているように感じます。
そしてこのアルバムを最後に、彼らは解散してまいました・・・
しかし時は流れ1981年9月、サイモン&ガーファンクルはニューヨークのセントラルパークにて再結成コンサートを行います。
これが無料のチャリティコンサートということもあって、再結成を待ち望んだファンが詰めかけなんと53万人もの観客を動員した伝説のコンサートとなりました。
小学校からの親友だったポールとアート。
ふたりが トム&ジェリー を結成したのは共に14歳だった頃だそうです。
彼らの美しい歌声は、そのストーリーも相まって本当に味わい深いものがありますよねぇ~。
摩天楼の絶景
先ほど紹介したコムキャストビルの頂上、70階部分には トップ・オブ・ザ・ロック という展望台があります。
この展望台は360度全方位を見渡せるようになっており、ここから見えるニューヨークの景色はそれはまぁ絶景でした!


細長すぎるビルの高さたるや!
さて、ロックの世界において ”トップ・オブ・ザ・ロック” は誰かと問われれば、それはやはり ビートルズ ではないかと思うのです。
アメリカ横断記最後の曲紹介はビートルズで締めくくりたいと思います。
【66's Music 57】Nowhere Man / The Beatles
なぜビートルズが ”トップ・オブ・ザ・ロック” なのかー
それは彼らがロックバンドという ”概念” の基礎を作り上げた上に、思考と実験を繰り返し進化し続けて、ロックを芸術の高みへと押し上げたその功績にあると思います。
ビートルズの登場以前、音楽業界はいわば分業制でした。
事務所お抱えの作詞家と作曲家が曲を作り、シンガーに歌わせる。
録音は選りすぐりのスタジオミュージシャンが担当し、ライブではまた別のバックバンドを雇ったりする。
これが1950年代の音楽業界のビジネスモデルだった中、1962年にデビューしたビートルズはこれをすべて自分たちでやってのけたのです。
しかもこれまでには聴いたことのないような破格の完成度を誇るロックンロールのサウンド。
これは当時としてはかなり衝撃的な出来事でした。
極端な話をしてしまうと、ロックバンドがオリジナルで曲を作りライブをやってデビューするといった活動は今日では当たり前ですが、ビートルズが成功することにより前例を作っていなければ、我々はその発想にすら至っていなかったかもしれません。
それほどまでにビートルズがロックに与えた影響は大きく、ロックの ”概念” を作り上げたと言っても過言ではないのです。
マッシュルームカットにスーツの出で立ちでアイドル的な人気を誇ったビートルズ。
初期の楽曲はサウンド的には軽快な曲が多く、歌詞も恋愛に関するものがほとんどでした。
しかし1965年、ビートルズの歴史でもひとつの転換期となり、ロック界においても名盤と称される6thアルバム「Rubber Soul」がリリースされます。

この作品は、インドの伝統楽器シタールを取り入れたり、大胆にファズを効かせたベースを鳴らしたりと、それまでとは異なった実験的なサウンドが特徴的です。
歌詞もこれまでとは違い、より哲学的な内容を含むようになるなど、ロックの概念を作り上げたビートルズは、ここでまたロックの新たな形式を提示しました。
そんな6thアルバム「ラバーソウル」から名曲、Nowhere Man を紹介します。邦題は「ひとりぼっちのあいつ」。
作詞はジョン・レノン。
暗く内省的なこの曲の歌詞は、彼の音楽探求の過程における孤独感や、迷走する自身の心情を表現したものと言われています。
He’s a real Nowhere Man, sitting in his Nowhere Land, making all his Nowhere Plans for nobody.
彼は本物の“どこにもいない男”、自分だけの孤独な世界に居座り、
誰のためでもない計画を立てている。
まるでひとりで旅をする自分のことを歌っているようです。
Doesn’t have a point of view, knows not where he’s going to.
Isn’t he a bit like you and me?
何の考えも持たず、どこへ向かうのかも分からない。
彼はまるで君や僕のようじゃないかい?
「何の考えも持たず、どこへ向かうのかも分からない。」
考えることを放棄しているようで一見批判的な歌詞に見えますが、これはこれで自由だと捉えることもできるのではないでしょうか。
少なくとも自分はそう思っています。
He’s as blind as he can be, just sees what he wants to see.
Nowhere Man can you see me at all?
彼はまるで目が見えないように、自分の見たいものしか見ようとしない。
彼は僕のことが見えているのかな?
自分だけの孤独な世界で、見たいものしか見ない・・・
私事ですが、アメリカもひとりで旅をしていたように、あまりにもひとりでいることが好きなので、生涯独身を貫きひとりで生きていくことを心に決めています。
こんな自分でいいのだろうかと悩んだ時期もありましたが、そういう性分なのだからしょうがない。
歌詞中のジョンは自問自答しているようにも見えますが、自分の場合自身の性格に正直に、ありのままを受け入れ、開き直った結果この生き方に決めました。
だって自由で心地いいんだもん・・・
Nowhere Man don’t worry. Take your time, don’t hurry.
Leave it all till somebody else lends you a hand.
心配することはないさ。焦らずに、急ぐことは無い。
誰かが手を差し伸べるまで、流れに身を任せておけばいいさ。
この部分はジョンも少し前向きで、僕にとっても励みになります笑
不思議とひとりでいたところで寂しいという感情にはなったことがないので、このままのんびり生きて、誰かと良い出会いがあればその時はその瞬間を大切に生きようと思います。
Nowhere Man please listen. You don’t know what you’re missing.
Nowhere Man, the world is at your command.
”どこにもいない男” よ、聞いてくれ。
君は何を見失っているのかも分かっていない。
世界は君の手の中にあるのに。
夢や目標を持って生きている人もいますが、自分が何を欲していて、どう生きたいのか分からないという人も多いのではないでしょうか。
世間的に良しとされる「高収入で結婚して幸せ」といったひとつの指針にもそぐわず、堕落して生きることに悩むこともありますが、そんなときは開き直って今を楽しんで生きるのもありだと思います。
「世界は自分の手の中にあるのに、見失っているもの」の答えが、「自分に正直に生きること」と捉えることができれば、どんな生き方も正解になり、自由に生きることができます。
僕はどこにも属さない ”Nowhere Man” として生きて、たまに旅を通じて世界と通ずることができれば、それで幸せです。
話をビートルズに戻します。
この後ビートルズは7thアルバム「Revolver」をリリースしますが、これは「Rubber Soul」以上に実験精神溢れるサイケデリックなサウンドとなっています。
8thアルバム「Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band」では「架空のバンドがライブをしている」という設定で制作され、アルバムひとつで意味を成すコンセプトアルバムの手法を確立しました。
このようにビートルズは常に実験と変革を繰り返し、サウンドの表現技法のみならず、自由な創造力のもとでロックを表現する新たな概念を提示することで、大衆音楽であったロックを芸術の域まで昇華させたのでした。
だからこそビートルズは原点にして、トップ・オブ・ザ・ロックなのです!
タイムズ・スクエア
やってきました世界の中心 タイムズ・スクエア です。



おびただしい数のネオンと広告。そして人・・・
まるでここは消費と競争社会の縮図です。
情報過多な世界で実体のない物欲を掻き立てられ、他人より優れようと煌びやかに着飾るために働いて働いて働いて参ります!
しかし一方で多種多様な生き方が認知され、ありのままの自分でいていいという風潮も広まりつつあります。
僕が訪れたこの時期はトイ・ストーリー4が公開間近であったため、タイムズ・スクエアにはたくさんの宣伝広告が流れていました。

それまでは、主人に仕えて楽しませるのがおもちゃの生き方、使命であると捉えていたウッディですが、この映画のラストではバズたちと別れ、バックパッカーをしていたボー・ピープとともに旅に出る選択をします。
駄作だと批判的な意見が多いこの映画ですが、まさに多様な生き方が受容される現代を反映した印象的な結末で、僕は結構好きです笑
旅の終わりに
いかがだったでしょうか?
今回のニューヨークでは「ひとり」でいることについて書いてみました。
孤独に負けず強く戦ったケビン。
僕にも幼い頃は、親がいなくては泣いてしまうような寂しいという感情があったのかな?
我ながら手のかからない子供だったけれど、強くはなかった気がする・・・
相棒を応援しつつも寂しさを歌に込めたポール・サイモン。
「愛」というものについて思慮深いジョン・レノンにとっては、孤独でいることは苦痛だったのでしょうか。
何かを創造し表現するという生き方は、それを支えてくれる誰かがいなくては心が折れてしまうほど、計り知れない苦悩があるのでしょう。
かたや夢も目標も無く、のほほんと生活をやり過ごすだけの僕。
だからこそなのか、ひとりでいても寂しいと思うことはほとんどなくて、むしろ好きなことを好き放題できる独り身の方が、かえって居心地が良いのです。
アメリカの風に吹かれながら、ロックの激情に煽られ、荒野の果てまで車をかっ飛ばす!
何のしがらみもなく、誰にも邪魔されないこの瞬間こそが、僕にとっての幸せでした。
60年代のヒッピー達は自由に生きました!
デビッド・ボウイやフレディ・マーキュリーは自身はバイセクシャルであると公言もしていました。
ロックに生きた先人達は、己の信念を貫いて堂々と時代を駆け抜けました。
わがままだと思われてもいい。
僕は自分に嘘をつかず、心の赴くままに、ひとりで生きていくと決めました!
それこそが・・・
ロックンロール漂流記!(パチパチパチ・・・は???)
アメリカ横断ひとり旅これにて完遂です!
ここまで読んでいただきありがとうございました!
ではまた。
