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「変われた」体験~母の介護が教えてくれた、内なる力~


「誰かを批判するより、心の静けさを守りたい」

今の私は、自然とそう思えるようになりました。
以前の私は、いつもどこかでイライラしていて、愚痴や不満、他人への批判の言葉を口にしていたように思います。
でも、気がつけばそんな自分がどこかへ消え、代わりに「ありがとう」という言葉が自然と出てくるようになりました。

どうして変われたのか。
振り返れば、それは母の死と、そこに至るまでの「介護の時間」が、私の生き方を根底から変えてくれたからかもしれません。


「恩返しの覚悟」が、私を育て直してくれた

母は、晩年に認知症が進み、寝たきりとなりました。
施設に預けるか、それとも自分で介護するか――私は長く悩んだ末に、後者を選びました。
片親で育ててくれた母に、恩返しができるとしたら「いま、このとき」しかない。
そんな思いでした。

昼に15分ずつ、1日2回の訪問介護以外は、私ひとりで介護を担いました。
最初のうちは慣れず、大変なことばかり。買い物、洗濯、食事の用意、オムツ交換、水分補給、かゆいと言われれば身体をさすり、何より毎日たくさん会話しました。
「100歳まで頑張ろうね」と励まし合いながら。

不思議なことに、次第にその生活が「楽しい」と思えるようになっていったのです。
人からは「よくやってるね」「偉いね」と言われました。でも私自身は、誰かの役に立てる実感に、むしろ救われていたのかもしれません。


純粋な愛に触れ、「自分は変われる」と信じられた

母との時間のなかで、私は初めて「純粋な愛」という感覚を知ったように思います。
母に「産んでくれてありがとう」と、面と向かって言えたことも――元気な頃の自分なら、恥ずかしくて絶対に言えなかったはずです。
最後まで見送ることができたとき、悲しみはもちろんありましたが、それ以上に「やり切った」と感じることができました。

この体験が、私の内側に何か確かなものを残してくれました。
「自分は変われる」と信じられるようになったのです。


母の死をきっかけに、私の新しい朝が始まった

母を見送ったあと、私は自然と毎朝の習慣を始めるようになりました。
筋トレ、ストレッチ、瞑想、仏壇への語りかけ、自分への声かけ、トイレ掃除、募金、テレビを見ない生活、レジでの「ありがとう」――
どれも無理なく、静かに、心地よく続けられるものでした。

すると、いつしか気づいたのです。
アラームなしで朝5時に自然と目が覚め、心が整い、日々の生活に余裕が生まれ、笑顔が増えたこと。
そして「人の悪口を言わなくなっていた」ことに。


心の静けさを選べるようになるということ

私にとって内省とは、「今、心地よいか?」と静かに問いかける習慣です。
その積み重ねが、自分の思考や行動を少しずつ変えていき、結果として「心地よい現実」をつくってくれることを、身をもって実感しています。

もしかしたら、内省とは、自分を愛し直す作業なのかもしれません。

私は今でも、完全に整っているわけではありません。
でも、あの介護の日々を経た自分だからこそ、「変わる」ということの本質を、少しだけわかる気がしています。


最後に

この文章を読んでくださったあなたにも、きっと「変われる力」が備わっていると思います。
人は、どんな過去があっても、どんなに落ち込んだ時期があっても、自分の内側に光を見出すことができる。
私は母の介護という体験を通じて、それを確かに知ることができました。

これからも、自分の心にやさしく問いかけながら歩んでいきたいと思います。

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