見出し画像

情熱価格の朝

 何を書いていいかわからなくなったので、私はコンビニの駐車場でハイボールを飲んでいた。コンビニの駐車場で酒を飲むというのは、不良でも自由人でもなく、だいたい「家に帰りたくない人間」である。私はその典型だった。スマホのnote投稿画面を開いて、閉じて、また開いた。白い投稿欄が、こちらをじっと見てくる。なんやその顔は。書ける奴だけに見せる顔しやがって。私は舌打ちして、氷の溶けたハイボールを飲んだ。ぬるかった。最近、だいたい全部ぬるい。風が吹いて、警備会社の反射ベストが助手席でカサカサ鳴った。うるさい。お前まで生きてる感じ出すな。私はスマホを伏せた。するとLINEが鳴った。女からだった。「今日いる?」とだけ来た。「どこに」と返そうかと思ったが面倒だったので、「いる」と返した。

 女とは、noteのコメント欄で知り合った。現代の恋愛というのは、コメント欄で始まるのである。終わっている。女はよく、私のしょうもない記事に「🤣」だけ残していった。それが妙に嬉しかった。私は車を出して、深夜営業のガストへ向かった。女はドリンクバーの前でスマホを見ていた。顔を上げると、「書けた?」と訊いた。私は「全然」と言った。女は笑った。笑うな。書けない男に対して笑顔を向けるのは、半分暴力である。しかし女の目の下には薄くクマがあって、私もそれ以上なにも言えなかった。隣の席では高校生みたいな男女がTikTokを大音量で流していた。変な電子音だった。最近の音楽というのは、耳で聴くというより、脳を直接撫で回してくる。私はポテトを一本食べた。冷めていた。人生みたいな温度である。

 店を出たあと、私たちはドンキホーテをうろうろした。特に買うものは無かった。ただ、帰る理由も無かった。深夜のドンキには、人生の途中で変な方向へ曲がった人間が大量にいる。ジャージ姿のカップル、酒臭いおっさん、巨大なぬいぐるみを抱えた女。全員、少し壊れている。私もその一部だった。女は焼き鳥味のポテチをカゴへ入れた。「ねえ」と女が言った。「あんたさ、本当は何を書きたいの?」私は天井のLEDを見上げた。白すぎる光だった。しかし何も浮かばなかった。だから困っているのである。女は「あー」と言いながら笑って、「じゃあ、なんで毎日note開くの」と言った。その瞬間、私は猛烈に腹が立った。知らんがな。そんなもの、こっちが聞きたい。私はポテチを棚へ投げた。落ちた。みじめ。まるで人生。

 女は突然ゲラゲラ笑い出した。「なに笑ってんねん」と私は言った。すると女は涙を拭きながら、「だってさあ、深夜のドンキでポテチ投げてキレてるおっさんとか、終わってるやん」と言った。たしかに終わっていた。終わっているというのは、案外静かな状態である。人生終了というのは、崖から落ちるみたいな派手さではなく、YouTubeを見ながら寝落ちする時みたいに、ぬるく沈んでいく。私は急に笑えてきた。「終わってるな」と私は言った。女は「かなり」と言った。それから二人でしばらく笑った。笑うしかなかった。店内では「情熱価格〜♪」とかいう間抜けな歌が流れていた。世界は相変わらず雑で、うるさく、阿呆みたいに動いていた。

 朝方、私は車の中で目を覚ました。女は助手席で口を開けて寝ていた。スマホを握ったまま、変な寝息を立てていた。私はその顔を見て、妙に安心した。美しいとか、愛しているとか、そういう話ではない。ただ、「ああ、人間やな」と思った。書けない。金も無い。ポテチを投げる。深夜のドンキをうろつく。そういうものを抱えたまま、人は誰かの隣で寝る。たぶん恋愛というのは、その程度の阿呆な営みなのだ。私は静かに煙草へ火をつけた。すると不思議なことに、少しだけ言葉が戻ってきた。くだらん。実にくだらん。しかし、生きるというのは、たぶんそういうくだらなさを抱え続けることなのだろう。空が少し白かった。誰もいない朝だった。


いいなと思ったら応援しよう!

静月 いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。皆さまの応援が、静月の物語を生み出す力です。いただいたチップは、すべて次の作品作りに大切に使わせていただきます。