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情熱価格の賢者


私は夜中のガストでメロンソーダを飲んでいた。緑色である。あれは飲み物というより、だいぶ魔法薬に近い。世の中には賢者の石というものがあるらしいが、私に言わせればメロンソーダの方がよほど怪しい。飲むたびに内臓が緑色へ染まっていく気がした。人間の飲み物ではない。

私は情熱価格のミックスナッツを机にぶちまけていた。店員に怒られそうだったので少しずつ拾った。店内には私を含めて三人しかいなかった。だから向かいの席に老人が座った時は驚いた。他にも席は山ほどあった。

白い髭であった。ローブも着ていた。どう見ても賢者だった。どう見ても賢者だったが、まず距離感がおかしかった。老人は私の顔を見た。次にミックスナッツを見た。そして何も言わずにタブレットを操作し始めた。慣れた手つきだった。少しだけ信用を失った。

猫型配膳ロボがやって来た。山盛りポテトが置かれた。老人は立ち上がった。ドリンクバーの方へ歩いて行った。ローブを翻しながらメロンソーダを注いでいた。少しだけ格好悪かった。老人は慎重にメロンソーダを運んできた。注文内容は大学生だった。老人はポテトを一本食べた。私は少し安心した。

と思ったら次の瞬間、私のミックスナッツを食べていた。一粒だけではなかった。普通に食べていた。

阿呆である。

私は世界の秘密を知りたくなったので訊いた。

「賢者ですか」

老人はメロンソーダを一口飲んだ。

「まあな」

軽かった。軽すぎた。私は続けて訊いた。

「いくつなんですか」

「三千歳くらいやな」

「くらいって何ですか」

「途中から数えとらん」

適当だった。適当すぎた。だが嘘とも思えなかった。私はさらに訊いた。

「人生とは何ですか」

賢者はナプキンで口を拭いた。

「知らん」

私は腹が立った。三千歳で知らんなら、私がいくら考えても無理である。だが賢者は平然としていた。山盛りポテトを食いながら、私のミックスナッツも食っていた。

その時である。

ガストの窓の外が急に光った。

巨大な竜がいた。

全長二十メートルくらいあった。鱗は黒く、目は金色だった。完全に終わったと思った。
世界滅亡である。やがて竜は入ってきた。店員は窓際の席へ案内した。竜は黙って従った。私だけが驚いていた。世界滅亡は少し延期されたらしかった。

竜は情熱価格の焼き鳥味ポテチを抱えていた。どこで買ったのか知らんが大量だった。
店員は何も言わなかった。言えるわけがない。竜だからである。

翼で器用にタブレットを操作していた。少しだけ感心した。店員も普通に対応していた。
私だけがおかしかった。世界の方が正常だった。

私は賢者に訊いた。

「あれ見て何も思わんのですか」

賢者は立ち上がった。

「どこ行くんですか」

「トイレや」

それだけ言って歩いて行った。私はさらに腹が立った。竜より自由な人間を初めて見た。

しばらくして賢者は戻ってきた。何事もなかったように座った。そして言った。

「竜も腹減るからな」

それだけだった。

私は急に力が抜けた。魔王も勇者も竜も賢者も、結局は飯を食う。飯を食って眠る。起きてまた腹が減る。人間も同じだった。違うと思っていた。特別な存在がいると思っていた。だが竜は焼き鳥味のポテチを抱えたまま欠伸をしていた。世界を滅ぼせるくせに眠そうだった。

私は少し笑った。賢者も笑った。猫型ロボだけが無表情だった。

夜明けが近づいていた。窓の外は灰色だった。間抜けな色だった。竜は帰った。賢者も帰る準備をした。

私は最後に訊いた。

「幸福とは何ですか」

賢者はレシートを財布にしまいながら言った。

「深夜三時にガストが開いてることやな」

私は吹き出した。

たしかに深夜三時のガストが閉まっていたら困る。人生もたぶんそんなもんだった。壮大な答えなんか無い。情熱価格のナッツを食い、ぬるいメロンソーダを飲み、阿呆みたいな話をして朝になる。それを繰り返しているだけだった。

賢者は手を振って帰った。私は残った氷を噛んだ。笑うしかなかった。たぶん、それで正解だった。



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