【コラム】コオロギ給食提供によるネットからの批判:昆虫食文化受容における心理的抵抗と情報伝達の重要性
はじめに
この記事では、今後の自由研究の伏線として2023年頭に起こった徳島県のコオロギ粉末を使用した給食に対するネットでの炎上の件を取り上げます。コラム風に書いてみたので、一読の上、ぜひコメントなどをください。
本文
イントロダクション
2023年初頭、日本の「コオロギ給食」が一部地域で実施され、瞬く間に社会的な議論の的となりました。この取り組みは、食糧危機や環境問題の解決策として注目される「昆虫食」を学校教育に組み込む試みとして進められました。しかし、その新規性や環境への配慮といった目的に比べて、受け手側の準備や認識が追いついていなかったことが、結果的に炎上につながったと考えられます。

昆虫食は、国連食糧農業機関(FAO)も推奨する未来志向の食材として、欧州やアジアの一部で広がりを見せています。昆虫は、従来の畜産に比べて資源の消費が少なく、タンパク質源として非常に効率的で、持続可能な選択肢とされています。しかし、日本では「昆虫=害虫」という固定観念が根強く、食文化としての馴染みが薄いことが導入への大きな壁となりました。
本記事では、徳島県で実施されたコオロギ給食に焦点を当て、取り組みの背景とその炎上の経緯、さらにその後の対応や教訓について詳しく探っていきます。この事例を振り返ることで、未来の課題解決型教育や新しい食文化の浸透に何が必要かを考えるヒントにしたいと思います。
徳島県におけるコオロギを使った給食の提供に至るまでの経緯
2022年11月、徳島県立のとある高校における給食の時間に、国内で初めてコオロギを用いた給食が希望者のみに2回提供されました。なお、この「給食」というのは、決まった時間に全校生徒に向けて試みられたプログラムで、食物科の生徒が調理する曜日があり、希望者が1品選択できる料理の中にコオロギ入りコロッケが含まれていました。生徒たちは自分で給食を食べる、自分の弁当を食べるなどの選択ができたそうです。

画像:Lincun - Original file: 投稿者自身による著作物Data: 国土交通省 国土数値情報(行政区域(N03)・湖沼(W09)), CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=110410854による
このプロジェクトは、生徒たちが食品ロス削減や持続可能な社会について学ぶ「エシカル教育」の一環として実施されました。きっかけは、学校の教員が生徒同士で市販の乾燥コオロギを試食しているのを見て興味を持ったことから始まりました。その後、徳島大学発のフードテックベンチャー企業からコオロギパウダーの提供を受け、生徒が「かぼちゃコロッケ」を開発。試食形式で170人の生徒に提供されました。
この取り組みの背景には、国連の報告書で指摘された「タンパク質危機」に対する対応がありました。地球の人口が増加し、動物性タンパク質の不足が顕著になると予想される中、昆虫食は持続可能な解決策として注目を集めています。特にコオロギは、飼料効率が高く、少ない水や餌で大量のタンパク質を供給できる点が評価されています。また、国内でも食品ロスを餌として利用する技術が進み、循環型社会の実現に寄与する食材としての期待が寄せられています。
しかし、日本では昆虫を食べる文化はほとんどの地域で消滅しているところがほとんどで、多くの人々にとってはまだ抵抗感のある存在です。特に、子どもたちに新しい食材を提供することへの不安や反発が予想される中、この取り組みが炎上のきっかけとなったことは避けられない結果ともいえます。この経緯を理解するには、社会全体の「昆虫食」に対する認識のギャップに目を向ける必要があります。
その後、ネットで炎上するまでの経緯
2022年11月に投稿された記事では、コオロギ給食のニュースには、読者からの反応を直接確認できる記事はほとんどありませんが、最初こそ好意的に受け取られることが多かったと見られます。しかし、2023年2月末に投稿された二本の記事に取り上げられたことで、一気に批判が拡大しました。このタイミングでの炎上の背景には、以下のようなネットニュースのタイトルや報道内容が与えた「押し付け感」があったと指摘できます。
J-CAST(2023年2月19日 更新)「昆虫食」市場急拡大も・・・根強い拒否反応 なぜ受け入れられない?識者に聞いた理由と打開策 (https://www.j-cast.com/2023/02/19456094.html?p=all, 2024年1月11日 アクセス).
J-CAST(2023年2月28日 更新)「子供に食べさせるな」コオロギ粉末給食に苦情殺到 試食2回提供の高校困惑「誤解されている」(https://www.j-cast.com/2023/02/28456917.html?p=all, 2024年1月11日 アクセス).
こうした記事へのコメントには、「子どもたちが未熟な状態で新しい食材を試すべきではない」といった声に加え、「なぜ子どもの給食で実験を行うのか」「衛生面や安全性が確立されていない」といった懸念が次々に噴出しました。以下に実際になされたコメントをいくつか挙げておきます。
わざわざ敬遠されがちな昆虫にこだわらずとも、食べられずに廃棄されている食品があるはず。豆腐を作る際のおからなど9割は廃棄されているし、形の悪い野菜は流通せずに畑の隅に捨てられている。
見た目や味より大事なことがある。食の安全。妊婦に禁忌と言われる恐い虫「蛩」を何故押し付けているのか?トレンドなら何でも飛びつく業界、助成金付きなら尚更。又それに聞きとして飛びつく浅はかなメディアと意識低い消費者。誰も興味ないのに、ここまで話題作りに必死な背景はなんなのか。頭使いなさいよ。
このように、SNSやネットニュースのコメント欄では、「気持ち悪い」「食べたくない」といった感情的な反応が多く見られました。また、「昆虫食の導入には利権が絡んでいるのではないか」という陰謀論的な意見も広がりました。特に、「なぜ今、昆虫なのか」「もっと他にやるべきことがある」といった疑問や不満が、批判を過熱させた要因です。一部の人々は、給食でのコオロギ提供を「SDGsや環境配慮を免罪符とした押し付け」と感じ、これがさらなる反発を招きました。
こうした炎上の構造を分析すると、多くの人が「昆虫食」という新しい概念を受け入れる準備ができていない中で、突然押し寄せた新規情報に対する心理的な抵抗感が背景にあったと考えられます。この問題は単なる食品の話ではなく、社会全体で新しい価値観を受け入れる難しさを象徴しています。
さらに、上にあげたコメントには、行動経済学や社会心理学の分野で知られる「ナイーブリアリズム」(Hastorf and Cantril, 1954)や「フォールス・コンセンサス」(Ross et al, 1977)とも関連していると考えられます。
ナイーブリアリズムとは、人が自分の意見と合わないと相手が間違っていると考える傾向にあることを示す認知バイアスの1つです。また、フォールス・コンセンサスは、自分が普段考えていることや行っていることは、他の人も同じように考えたり、行ったりしているという認知的バイアスです。
この二本の記事に共通する点として、記事を通して識者や高校関係者の弁明を紹介するという構図がありますが、こうした構図は、読者にとって「正しい」と思えない事柄が多く紹介されていることで、偏ったコメントを引き出しやすくする効果があると考えられます。
各所の対応
徳島県立小松島西高校でのコオロギ給食提供に対する批判を受け、学校や教育委員会は「給食は選択制であり、強制ではなかった」と説明しました。また、アレルギー対策として、甲殻類アレルギーの生徒には事前に注意喚起を行い、食べない選択肢を提供していたと述べています。しかし、これらの説明は「なぜ子どもの給食で実施したのか」という根本的な疑問や、新しい食材に対する漠然とした不安を抱く人々の声に十分応えるものではなく、批判の沈静化には至りませんでした。
一方、食材を提供した企業「グリラス」は、コオロギパウダーの安全性や栄養価の高さ、環境負荷の低さを強調し、昆虫食の利点を広報しました。具体的には、コオロギが高タンパク質であり、飼育に必要な資源が少なく、持続可能な食料源として注目されている点をアピールしました。しかし、SNS上では「コオロギ飼育に巨額の税金が投入されている」「昆虫食で健康被害が出る」といった誤解やデマが拡散し、企業側の広報活動だけではこれらの誤情報を払拭するのは困難でした。

この問題を受け、専門家からは「新しい価値観を広める際にはリスクコミュニケーションが重要である」との指摘がありました。特に、タイトルや表現の仕方が「押し付け」を感じさせるものであったため、読者の反発を招いた可能性があります。ネット上で目立ったのは、記事の内容そのものよりも、感情的に反応しやすい見出しや言葉への反発でした。
教育現場での対応として、教員や生徒への個別の批判を避けるため、学校関係者は詳細な説明や広報活動を行いました。具体的には、給食の目的や安全性について保護者や地域社会に説明し、理解を求める努力をしました。しかし、社会全体での昆虫食に対する抵抗感や不安感を短期間で解消することは難しく、これらの取り組みには限界がありました。最終的に、コオロギ給食の提供は見送られる形となり、次世代教育の一環としての実験的な試みが、炎上によって中断される結果となりました。
この一連の出来事は、新しい取り組みを社会に導入する際のリスクコミュニケーションの重要性と難しさを浮き彫りにしました。
今回の事件の教訓
今回のコオロギ食に対する炎上は、多くの人々が昆虫に対して「気持ち悪い」や「安全性がわからず不安」といった感情を抱いている中で、コオロギ食品が急速に社会に浸透しているかのような印象を与えたことが原因の一つと考えられます。このような状況では、ナイーブ・リアリズムと呼ばれる、自分の見方が唯一の現実であると信じる心理傾向が影響を及ぼします。コオロギ食を推進する側は、その利点を強調する一方で、一般の人々の感情的な抵抗感を十分に考慮しなかった可能性があります。これにより、双方の間に認識のギャップが生じ、対立が深まったと考えられます。
さらに、フォールス・コンセンサス効果、すなわち自分の意見や信念が他者にも広く共有されていると過信する傾向も、この問題に影響を与えた可能性があります。コオロギ食を推進する側は、持続可能性や環境負荷軽減の観点から、多くの人々が賛同するだろうと考えたかもしれません。しかし、実際には多くの人々が心理的な抵抗感を抱いており、このギャップが炎上の一因となったと考えられます。

リスクコミュニケーションの重要性も、この事件から学ぶべき教訓の一つです。新しい技術や価値観を導入する際には、その利点だけでなく、潜在的なリスクや人々の感情的な反応を考慮した情報提供が不可欠です。特に、教育現場での新しい試みは、子どもたちや保護者の意見を尊重し、丁寧な説明と対話を通じて進めることが求められます。これにより、社会全体での理解と受容が促進されるでしょう。
この事件は、新しい食文化や教育の可能性を探る上で、社会の価値観や認識の変化を慎重に読み取りながら、丁寧で持続的なコミュニケーションが不可欠であることを示しています。今後は、より多くの人々が納得し、参加できる形で新しい価値を模索していくことが期待されます。これにより、社会全体での理解と受容が深まり、新しい取り組みが円滑に進められるでしょう。
参考・引用文献
PR Times(2022/11/30 更新)「グリラスが国内で初めて、学校給食へ食用コオロギパウダーを供給!徳島県立小松島西高等学校にコオロギを使った給食が登場」(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000051.000070046.html, 2025/1/12 アクセス).
J-CAST(2023年2月19日 更新)「「昆虫食」市場急拡大も・・・根強い拒否反応 なぜ受け入れられない?識者に聞いた理由と打開策:(https://www.j-cast.com/2023/02/19456094.html?p=all, 2024年1月11日 アクセス).
J-CAST(2023年2月28日 更新)「「子供に食べさせるな」コオロギ粉末給食に苦情殺到 試食2回提供の高校困惑「誤解されている」」(https://www.j-cast.com/2023/02/28456917.html?p=all, 2024年1月11日 アクセス).
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