見出し画像

【#1】家族に捨てられたと思った日、私は壊れた

家族のなかで、誰よりも理解してほしかった人に、
一番わかってもらえなかった。

あのとき私は、心のどこかで何かが壊れる音を聞いた気がした。



病院の自動ドアが閉まったその瞬間、
私はひとり、スタッフに手を引かれながら歩いていた。

誰も追いかけてはこなかった。
振り返っても、家族の姿はなかった。

音もなく、心の奥にひとつずつ、孤独が積もっていった。
その重さに私は、そっと思った。

── 「ああ、わたしは捨てられたんだ」



親には、私の気持ちをちゃんと受けとめてほしかった。
けれど「親を嫌いになる」ことが、自分にとってはタブーだった。

だから、ずっと気持ちにフタをしてきた。
でもその内側では、言葉にならない苦しみが静かに積もっていた。

私は少しずつ、心の奥にいた“小さな自分”の存在に気づき始めていた。



母のすすめで、心療内科に通いはじめた頃。
「なにもできていない自分」が情けなくて、
カウンセラーや先生にもなかなか心を開けなかった。

でも、絡まり合っていた感情や思考が少しずつほどけていくなかで、
ようやく気づいたことがある。

── 「わたしが悪かったわけじゃなかった」

この生きづらさの根っこには、
子ども時代の家庭環境があったのだと。



その瞬間、父に対する怒りがあふれ出した。
あんなに大好きだったはずの人が、突然消えてしまったような感覚。
信じたかった気持ちが、悲しみに変わっていった。

母は言った。「会わないほうがいい」
それはたぶん、私の怒りが激しくなりすぎて、
自分でもコントロールできなくなっていたから。

距離を置く時間が続く中で、私はどんどん変わっていった。
その変わり方が、自分でも怖かった。



誰かのことを想う気持ちが、ある日ふっと消えてしまったことはありますか?
自分の中で、何かが壊れていく感覚を、覚えていますか?



苦しさを家族に伝えても、なかなか届かなかった。
娘たちは話を聞いてくれたけど、どこか心が置き去りのままだった。

お盆も、お正月も。
親族の集まりには顔を出さず、ひとりで家にいた。
そんな日々が、5年ほど続いたと思う。



感情がどこから来ているのか、どう扱えばいいのか、わからなかった。
ただ感じて、耐えるしかなかった。

感じすぎる自分に戸惑ったことはありますか?
あるいは、なにも感じられなくなったことは?



夫に話をすることもあった。
でも、過去の話ばかりをする私に、だんだん疲れた表情が見え始めた。

私のなかでは、ずっと押し込めていた感情が噴き出していた。
けれど、夫はそれに気づかなかった。

無理もなかった。
私自身ですら、何が起きているのかわからなかったのだから。



ある日、感情が爆発して、私は解離状態に陥った。
家族は「このままでは危ない」と判断し、精神科病院に連れて行った。

── 保護入院。

その言葉の響きが、いまもどこか、身体の奥に残っている。



手続きが淡々と進んでいくのを、ぼんやりと見ていた。
母がスタッフと話している姿も見えた。

でも、そのときの私は、
すべてが遠くにあって、他人事のようだった。



あとになって、こみ上げてきたのは母への想いだった。

「ちゃんと見て、ちゃんと受けとめてほしかった」
「わたしの小さな心を、育ててほしかった」

言いたくても言えなかった言葉が、胸の奥で揺れていた。

怒りだけじゃない。悲しみだけでもない。
そのどれにも収まらない切なさが、あとからあとからあふれてきた。



この気持ちは、もしかしたらあなたの中にも眠っているかもしれません。
その感情に、今、どんなふうに寄り添っていますか?



▶【#2】へ続きます

次回は──
精神科病院で過ごした日々と、
そこで出会った“つながり”の記憶について書いていきます。

読んでもらえたら、嬉しいです。

🌿合わせて読みたい記事



#親子関係
#自己理解
#心療内科
#メンタルヘルス
#生きづらさ
#感情の整理
#自分を取り戻す
#インナーチャイルド
#心の声
#一歩ずつ
#実体験エッセイ

いいなと思ったら応援しよう!