【創作長編小説】天風の剣 第188話
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
― 第188話 黒い魔導士 ―
吹き荒れる雪。魔法の力がなければ、一寸先もわからない。
そこでは人間による魔法戦が行われていると、魔導士オリヴィアの鋭敏な感覚が、訴えていた。
しかし、想定外の状況に、オリヴィアもすぐには全容を理解できなかった。
「これは、いったい……?」
翠に抱えられ雪空を飛んでいたオリヴィアは、地上の異様な光景に息をのむ。
確かに、四聖の気配はあった。しかし、従者と四天王、大きな魔の者の気配も感じられる。
そして、雪上に広がる血の上に、一人の魔導士が倒れていた。
他の魔導士たち四人は無事のようだった。
五人は、上層部の中でもっとも強い権力を持ち、かつオリヴィアと特に距離を置く者たちだった。
やはり彼らが――。
薄々、そんな気はしていた。彼らなら、やりかねないと。
オリヴィアは、魔導士たちより四聖に、急ぎ注意を向ける。四聖の皆が変わりないことを、真っ先に知りたかった。
倒れている魔導士のすぐ傍にいるルーイは、ただ呆然と立ち、機械のように祈り続けているようだった。
そして、ユリアナとフレヤも、強い結界の外に出たのにも関わらず――というより、洞窟内より一層集中して祈り続けているようで――、まるで糸で吊るされた操り人形のように、顔を少し天に向け、風に揺られるように体を不自然に揺らし、遠目から見ても様子がおかしいと感じられる状態だった。
四聖たちは、さらに強い術をかけられたのだ、一目でオリヴィアにはわかった。
なんてこと……! なりふり構わない、危険な魔法……!
魔導士たちが先ほど四聖にかけた魔法は、長年受け継がれ、きちんと手順を踏んだ今までの術や魔法とは違う、とても乱暴で強力な魔法だった。
四聖の心身を、あまりにもないがしろにしている……! そのときだけ生きていればいいと考えているとしか思えない……!
オリヴィアは、怒りに震える。しかし、魔導士たちへの抗議の前に、確認しなければならないことがあった。
ニイロがいない――!
ニイロの姿がない。オリヴィアの顔から血の気が引く。気配は感じるので遠くへ行っているとか無事ではないなどといった不安はなかったが、オリヴィアは、さらに意識を大きく広く向け、ニイロの居場所を探索しようとした。しかし、その必要はなかった。
「シルガー。ニイロは、シルガーのほうにいるのか」
オリヴィアの頭越しから聞こえる、翠の声。
翠が、先に見つけていた。
よかった、シルガー……!
四天王とは、シルガーだった。そしてニイロは、シルガーと共にいた。
一瞬、オリヴィアは安堵した。しかし、すぐに事態が複雑であることを理解する。
なんてこと! 上層部の魔導士たちが今、遠隔魔法で攻撃しているのは、従者ではなく、シルガーだわ!
ごうごうと、風が吹く。雪原の粉雪が、渦を巻き舞い上がる。
「皆さん! これは、いったいどういうことなのです!」
オリヴィアは、地上の魔導士たちに向かって叫んだ。
「オリヴィア殿――」
唱えられ続けた攻撃呪文が止む。
四人の魔導士は、オリヴィアのほうに顔を向ける。
そのうち三人は、それぞれ顔を見合わせ、なにごとか話し合っているようだった。この場をどう取り繕おうか、相談しているように見えた。
最も権威のある魔導士が、仰々しく首を左右に振り、頭を抱えた。
「なんということだ。オリヴィア殿」
「ヴァルッテリ様」
権威ある魔導士は、ヴァルッテリという名だった。
ヴァルッテリは、翠とオリヴィアを指差し、叫んだ。
「オリヴィア殿が、ついに従者に操られてしまっている――!」
「え――」
「以前から、魔の者との繋がりが深く、危ないと感じていた。ついに、心を乗っ取られてしまったようだ――」
「いったい、なにをおっしゃって――」
「もうオリヴィア殿は、我々の知るオリヴィア殿ではない! 我々を油断させ、四聖を奪うために、従者か四天王がオリヴィア殿の抜け殻を操っているのだ! あの、ヴィーリヤミのように!」
「ヴァルッテリ様、なにをおっしゃるのです!」
「あれはオリヴィア殿の抜け殻をまとった魔の者に違いない! 皆! 四聖を守るのだ――!」
オリヴィアは、ハッとした。
私を、攻撃する気だ――!
オリヴィアは防御の呪文を唱えた。翠は、筋肉質の太い両腕でオリヴィアをかばうようにしっかり抱きしめ、身をひるがえし魔導士たちから背を向け、その場から飛び立った。
追いかけてくる光。オリヴィアに向かって放たれた、魔法攻撃。
「翠――」
物理的な障壁や、距離も魔法の効き目に影響する。己の防御の魔法の力と、翠の素早い判断に、攻撃魔法は届かずに済んだ。
「あいつらを一掃するのは簡単だ。でも、きっとお前はそれを望まない。違うか?」
「ありがとう、翠――」
「勝手な憶測が、合っててよかった。お前たちが悲しむことを、シトリン様も望まないだろうからな」
もう攻撃は、追ってこない。魔導士たちも、その場から離れるオリヴィアにエネルギーを注いでいる場合ではないのだ。
オリヴィアは今まで、上層部を含めた守護軍の全体に、シトリン、翠、蒼井、そしてシルガーが人間の味方であると説明してきていた。
しかし守護軍には、シトリンや翠や蒼井に、身内や近しい者を殺された者も多数含まれるので、心情を察し、あまり強く訴えることはできなかった。
そのため、いまだに多くの者がシトリンたちを敵視し、攻撃することを止めない。
ヴァルッテリの言動は、今後の自らの保身とオリヴィアの排除を見越したものと容易に想像できた。
徹底して、邪魔者を排斥する気なのだ――。あの倒れていた魔導士も、もしかしたら彼らが――。
オリヴィアは、唇を噛みしめる。
自らの命を使って皆を守ったヴィーリヤミ卿のことまで、引き合いに出すなんて――!
「どうする」
翠が尋ねる。
「ごめんなさい。翠。四聖たちのところへ、もう一度戻って」
「もちろん。シトリン様が、喜ぶ」
魔導士たちが、四聖を守り切れるとは全く考えられなかった。
なにより、四聖に幾重にもかけられた、重い魔法を解かなければ――!
あのままでは、時間が増すごとに、四聖の今後の心身に悪影響が出かねないと、オリヴィアの心は急く。
「む……! また、魔の者どもが――!」
魔導士たちが、魔の者二体の出現に気付く。魔の者二体は、揃って四天王シルガーの傍に舞い降りた。
「シルガー様」
それは老人の姿の従者と、コウモリの翼を持つ女性の従者――、白銀と黒羽だった。
「なにをしているんですか!」
魔導士たちは、声のするほうへ向き直る。今度は、人間たちの、しかも、彼らがよく知る人間たちの声だった。
「オリヴィアさんを、攻撃するとは――!」
降る雪の向こうに見える、馬に乗った守護軍の者たち。
ダン、アマリア、ライネ、ソフィア、テオドルたちが、その場に到着していた。
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