揚棄にッ!止揚せんとッ!い寛容ォーッ!〜「簡単のために」のために、あるいは来るべき時代や世界を夢見るために〜
人生50年目で、おとといぐらいにはじめて、知ったことなんですが……
「簡単のために」
という言い方が、理系ワールド界隈の一部で、されるそうです。
"For simplicity"という英語の、訳であるようです。
こんな↓感じで使うようです。
簡単のため、摩擦はないものとして考える。
大前提。
ぼく自身がこれ、「日本語として、英語訳として、文法としてどうか?」
と聞かれれば、
まぁ、ねえ。完璧じゃあ、ないかもだなぁ🤔
とは、思うんです。
でも、もし、「職場で盟友と思ってるあの人」とか、
「この人ほんとサイコーだよなぁ」って思うno+erさんが、これ使ってたら?
それ理由に、「はっ?」って思ったり、距離を置いたりはぼくは、
しないかなぁ〜。。。
って思います。
別に、そんぐらいのことで、極端に走ったり態度変えたり……、しないな。
①この言い回し自体は、日本語としてバッチリじゃないかもだけど、別にそれ、大したことじゃない。
この言葉をめぐって、なんらか、モヤモヤするのだとすれば。
それは、もしかすると。
②もはやこの言葉の言い回しを離れた事柄
に、何かしらカッチン来たりだとか、そーいう感じなんでは?って。
ただ……
③カッチンは、AUTOで、カッチンを招く
んですよね。相手のスルースキルに依存しますが、なかなかな高確率で。
とくにオンライン空間だと、
④「無間地獄」、「千日戦争」と化す
てな様相に……そりゃ簡単にヨーソローできん。「複雑のために」担っちゃう。
※「ヨーソロー」:出典 長渕剛 "Captain of the ship"の歌詞を引用

ここに及ぶともう……
それを何らか楽しむとか、”斬り込み隊長”、それか”斬り込みたい超”したいって場合除き、ほとんどの人には「めんどくさ!」「招きたくない事態」ってハズです。
招かないためにも。
まずもって、自分がピース(フル)でいるためにも。
余力があれば、相手のピースも考えて。
↓
”揚棄”
”止揚”
”寛容”
の魔法を、使うときです。

止揚(しよう、ドイツ語: Aufheben, アウフヘーベン)とは、ドイツの哲学者であるヘーゲルが弁証法の中で提唱した概念。揚棄(ようき)ともいう。
止揚は、「あるものをそのものとしては否定するが、契機として保存し、より高い段階で生かすこと」「矛盾する諸要素を、対立と闘争の過程を通じて発展的に統一すること」という意味を有する。
ドイツ語の aufheben には、廃棄する・否定するという意味と保存する・高めるという二様の意味があり、ヘーゲルはこの言葉を用いて弁証法的発展を説明した(ヘーゲル弁証法)。古いものが否定されて新しいものが現れる際、古いものが全面的に捨て去られるのでなく、古いものが持っている内容のうち積極的な要素が新しく高い段階として保持される。
このように、弁証法では、否定を発展の契機としてとらえており、のちに弁証法的唯物論が登場すると、「否定の否定の法則」あるいは「らせん的発展」として自然や社会・思考の発展の過程で広く作用していると唱えられるようになった。
岡敦さんの、以下の↓記事の文章が、大好きです。
ヘーゲルの『小論理学』理解のためのヘーゲル弁証法の手解きなんですが、読みやす半端ないです(noteで注目記事に入れば、余裕で数百スキ❤︎いきそう。)
「簡単のために」って言い方は変なのか、それだっていいのか、については。
この場合の”揚棄”や”止揚”って何かといえば、ゴールとしては
「んだらば、どげな言い方すっと、今に合うっけねぇ?」
って謎方言で、超党派で、みんなでわちゃわちゃと、「新時代のネオ『簡単のために』」案出しの場を持とうZE!って、向き合うこと
なんだろうな〜、って、ぼく、夢見んです。
「簡単でGO!で……」
「簡単ポンで……」
「簡単様の名において……」
「簡単のだめカンタービレ……」
「簡単のんたんってことで……」
「簡たぁん❤︎ふっ❣️(感嘆符)って……」
「シンプるため……」
「シンプり、知って、❤︎Eのう❤︎がため……」
「カ・ン・タ・ン(薬師丸ひろ子さんが映画『セーラー服と機関銃』で言う
「カ・イ・カ・ン」風で)」
「フォー、簡単、フォォォォォーッ‼︎‼︎‼︎‼︎」
「簡単かっっ!」
「ハァ、ハァ……もう、やっぱ一周回って、『簡単のために』でいいわ…笑」
ベース、にこにこと。
こんなことで、しかめっ面はしないどいて。
それを実現するのは、やはり、”寛容”さは欠かせません。
その実現の第一歩目としては、
「極端に走らない。目を向いて否定し合わない」
が、ホント大事なんじゃないかなって、ぼくは信じます。

最近、改めて、「縄文時代の地域社会」や「『もののけ姫』の主人公・アシタカ」のことを、よく考えています。
(や、ぜんぜん「no+e創作大賞2025」応募のための下調べっすけどね。)
弥生文明以前の、日本列島各地にあった、縄文の刻。
各コミュニティの「長」は、ーー想像ですがーー年齢関係なく、相手の話を最も聞ける思慮深さを備えた存在、そういう者が皆から推されたのではないか。
彼らは、レベチな「調整者」でもあったはず。
共同体のため熟慮し、最適と思える意思を伝える”方法”を有していたはず。
かつ、時には陽気に、リズム乗って歌って踊ったりも、したでしょう。
いずれにせよ、何時も、”他”へ、”世界”へ寛容のマインド、しっかり持っている。
まだ見ぬ近未来が、「非対話」「分断」「壁」の時代になるって考えるのは、ぼく的には、好きじゃない。
でも、”揚棄”、”止揚”、”寛容”。それら魔法を、皆で使ってやってけるなら……、
許しあい、高めあい、創りあえる、笑いあえるかなって。
ぼくは勝手に「ネオJOMONの時代」と呼んでますが、呼び方は何でもよくて。
うん、だから、やっぱ。
よー きー に しよー せんと いかんよー

どです?あなたも、だんだん、リズム……乗ってきませんか?

”♪よーきにしよー! ♪せんとー、いかんよー!”
"♪Do it cheerfully!" "♪And that's all you need!"

おおおおおっ!いいっすねゼンゼン踊れますねぇ〜、皆さんっ!
んじゃさらに Highに、Loudに、Cheerfulに、いっちゃいますかッ!

♪アそーれそーれそーれそーれ♪

GOOD!!!! いい感じ、メッチャいい感じです!
もう一曲、いっときます?! いいっすね、そうこなくっちゃっ!!!
ネクスト、『不適切にもほどがある!』から「寛容になりましょう!」
(おしまい)
(アップ後追記)
夜明けから「かんたん」「カンタン」考えてたら…、20字小説でけた✨
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