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スピノザに言及する哲学者たち・その1イマヌエル・カント

 17世紀の哲学者、バルーフ・デ・スピノザは、後世のさまざまな哲学者、文学者、科学者たちに影響を与えてきた。

 どのような影響を与えてきたかということを系譜的に知りたい場合は、イルミヤフ・ヨベルの著作、『スピノザ異端の系譜』がおすすめである。

『エチカ』で知られるスピノザの内在の哲学、その起源には14世紀に始った改宗ユダヤ人《マラーノ》の葛藤状況が存在していた!――異端審問時代のスペイン・ポルトガルにおいて密かに育まれた内在の思想が彼の思索生活のなかでどの様に体系化されていったかを検証するとともに、その哲学がカント、ヘーゲル、ヘス、マルクス、ニーチェ、フロイトらに与えた多大な影響を考察する。

『スピノザ異端の系譜』(人文書院)帯文より

 だが、本書は632ページという重厚なものとなっており、ちょっといきなりはとっつきににくいかもしれない。こういった著作も、おいおいは紹介していきたいとは思うが、スピノザ以降の哲学者による、スピノザへの言及を、もう少しライトに紹介していきたいと思う。

 まずは、近代哲学の祖ともいわれる、18世紀の哲学者、イマヌエル・カント(1724 - 1804)のスピノザへの言及を紹介したい。

 教科書通りの説明をすると、カントは、デカルト、スピノザ、ライプニッツなどの大陸合理論と、ロック、バークリー、ヒュームのイギリス経験論を統合した哲学者といわれている。

 ただし、この括りは、カント以降の後世の整理にすぎないと、現在の哲学研究者たちは明言している。このあたりの話と、デカルトからカント、ヘーゲルまでの哲学史をなぞるという意味で、最近刊行されたばかりの『哲学史入門Ⅱ』(斎藤哲也【編】・NHK出版新書)は、ひじょうにおすすめである。

 なんといっても、17世紀のデカルト、ホッブズ、スピノザ、ライプニッツのパートは、われらが上野修先生が担当している。

 さて、カントといえば、スピノザともちろん無縁ではない。カントはドイツ観念論の代表格であるが、ドイツ観念論とはそもそもが、18世紀における「スピノザルネッサンス」とも呼ばれる、スピノザ受容、スピノザ思想をめぐっての「汎神論論争」を発端としている。

 この18世紀ドイツ観念論の流れは、上記の「哲学史入門Ⅱ」でも触れることができるが、最先端の研究でいえば、『スピノザと近代ドイツ』( 加藤泰史【編】・岩波書店)を挙げないわけにはいかないだろう。

 この書では「スピノザと」読み解く近代ドイツ哲学史をテーマとし、ドイツ観念論でおなじみのフィヒテ、シェリングはもちろん、汎神論論争のきっかけを作った、ヤコービ、メンデルスゾーン、レッシング、そしてもちろん、カントとヘーゲルのスピノザ受容について、詳細な研究を読むことができる。

 カントといえば、なんといっても『純粋理性批判』および『実践理性批判』『判断力批判』の三批判書だが、カントがこれらのテクストの中で、仮想敵としていたのがスピノザ(スピノザ主義者)であった。とりわけ『実践理性批判』においては、よりいっそうそのことが自覚的、意図的であったと言われる。

もしわれわれが神の一部にすぎず、事物そのものの客観的条件に組み込まれるとしたら、われわれも事物世界を支配する因果法則によって全面的に決定されることになるので、意志の自由が否定されるという帰結が引き出されるといった観点から、カントはスピノザを批判するわけである。このように二者択一的選択の背後にある哲学的論点が自由の問題であることは明らかである・・・中略・・・これは、カントがスピノザ主義の哲学的挑戦を自らの批判哲学に最も深刻な脅威を及ぼす唯一の合理的な選択肢としてようやく自覚的に真剣に受け止めて、両者の差異を自由の問題に収斂させた内的要因である。すなわち、「人間が自由である」ことと「行為の宿命性」の問題である。後者の「行為の宿命性」をカントは『オプス・ポストゥムム』で当時の最新の自然科学的知見を取り入れて様々に検討を加えているが、この問題は、確かにスピノザの実体概念の誤読に基づいているとはいえ、それにもかかわらずカントがスピノザ主義と真摯に向き合うことによって両者の差異に潜在的に孕まれていた哲学的問題を見事に析出できた瞬間に他ならない。
※強調グッチ

『スピノザと近代ドイツ』第11章「カントとスピノザ/スピノザ主義」(加藤泰史)より


 スピノザにおける、「神即自然」という一つの実体、そして「必然主義」、「自由意志の否定」といった問題は、カントにおいて、いかに脅威であったか。もちろんカントならずとも、スピノザ哲学は問題含みで、ドイツにおいても一種のスキャンダルとしてむかえられるわけだが、当然、自由の哲学者であるカントにとっては、乗り越えるべき存在であった。

 とはいえ、上記の『スピノザと近代ドイツ』においては、カントは本当にスピノザを読みこんでいたのだろうか? という問題提起から入るのだが、加藤泰史氏が言うように「スピノザの実体概念の誤読に基づいているとはいえ・・・カントがスピノザ主義と真摯に向き合うことによって両者の差異に潜在的に孕まれていた哲学的問題」が明るみになったわけである。

 18世紀以降、このカントの「超越の哲学」が西洋哲学のメインストリームになっていくのは、教科書的な哲学史にある通りだが、20世紀フランスにおける、アルチュセールやドゥルーズらによるスピノザ再評価による二度目の「スピノザルネッサンス」により、カント的な「超越の哲学」か、スピノザ的な「内在の哲学」かの対立軸において、現代思想は展開されることになる。

 
 ちなみに、イタリアの哲学者、ジョルジョ・アガンベンは、この超越と内在をめぐる展開を、以下のように整理している。

『現代思想』2002年8月号「絶対的内在」ジョルジョ・アガンベン (訳=多賀健太郎)の図より


 カントに戻ろう。上記『スピノザと近代ドイツ』の文章にも出てくる『オプス・ポストゥムム』は、晩年のカントの思考の膨大な覚書である「遺稿」群のことである。残念ながら、私の調べた限りでは、日本語訳のまとまった著作としては出ていない? ようだが、じつは、これらの遺稿集での研究により、晩年のカントがスピノザへの歩み寄りを見せているのでは? ということが言われている。

 カント研究者である内田浩明氏の論文、「『オプス・ポストゥムム』におけるスピノザ主義再考 : カントのシェリングへの言及問題」から引用させて頂く。

ところで、カントの著作や講義録、覚え書きなどには多くの思想家や科学者に対する言及が散見される。こうした例に漏れず『遺稿』でもカントはさまざまな人物に言及している。『遺稿』が元々「自然科学の形而上学的原理から自然学への移行」という形で構想されたことから推察されるように、言及回数が最も多いのはニュートンであるが、次いで多いのがスピノザである。スピノザの名は第七束と特に第一束に頻出し、後者での言及は二二回にものぼる。『遺稿』全体の割合からすれば、それだけスピノザの名が登場することを考えると、この時期のカントはスピノザを相当意識していたと言える。(※注略、強調グッチ)

『『オプス・ポストゥムム』におけるスピノザ主義再考 : カントのシェリングへの言及問題』内田浩明 https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/198988より


 また、同じくカント研究者である福谷茂氏の『カント哲学試論』(知泉書館)にも、この『オプス・ポストゥムム』におけるスピノザ言及の問題を、1章割いて取り上げている。


 ――スピノザの超越論的観念論に従うならば、われわれは自己を神において直観する。定言命法は最高の、命令する、私の外なる実体を前提としない。それは私の理性のうちにある。


このわずか三行の断片は非常に注目すべき内容を含んでいる。さきほどからみてきたようにOPの主役である「一なる経験」はその個々の経験との関係から言えば、スピノザ的実体とその属性ないし様態との関係を強く示唆するものであることは明らかである。カントは公刊著作においては当時危険思想家と見られていたスピノザの名を出すことには極めて慎重であったが、ここでは、はっきりと「スピノザの超越論的観念論に従うならば、われわれは自己を神において直観する」と言われている。そのあとでの、「定言命法は最高の、命令する、私の外なる実体を前提としない。それは私の理性のうちにある」とあわせて考えるとき、われわれはカントとスピノザの関係をカント自身の眼を通して知るのである。カントは明らかにスピノザ的実体との接近を自覚している。そうでなければ、「スピノザの超越論的観念論」という表現は出てくるはずがないであろう。
(※注略、強調グッチ)

『カント哲学試論』10「カントの《Opus postumum》の哲学史的位置について」福谷茂(知泉書館)より

 
 いかがだろうか? カントのスピノザの関係は、今後さらなる研究の進展が待たれるところであるが、主著においてスピノザと対決し、乗り越えることを意識していたカントが、その晩年において、スピノザ哲学を「超越論的観念論」と呼び、接近していたという内容は、きわめて興味深く、これまでの教科書的なカント観からは見えてこない、衝撃的な内容ではないだろうか。


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