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短編小説/亀山と文吾


またプロデューサーに叱られた。
いつもあたしだけ。そして言われることも毎回おんなじ。

「亀山、もう少しだけ愛想よくやろうか?お客さん、あんたが機嫌悪いのか
 なってそっちが気になって、ライブに集中できなくなるよ」

 女性プロデューサーはライブ終わりのフロアで腕を組みながら、分かるでしょ?っていう笑いを浮かべていた。他のメンバーも迷惑そうな顔してる。

もっと楽しそうに。もっと愛想よく。もっと笑顔で。もっと。もっと。もっと…。やってるつもり。あれでだめって言うならもう無理だって。

あたしの「てっぺん」と、みんなの「てっぺん」を一緒にしないで。
こっちがキャラじゃなく、そっちのキャラになれないの。そもそも、オーディション合格させたのはそっちじゃん。
「一人くらい不思議ちゃんがいた方がいい」とか言って、この「陰」を認めてグループに入れたんじゃなかったの?

「すいません」って頭を下げながら『なんだよ、歌は一番うまいじゃん』と心の中で毒づく。すぐ終わっちゃうチェキにも言及。ファン8人しかいないから。着替えたらメンバーと話すことなくライブハウスを飛び出し、駅へと続く道を歩き出した。

9月は夜になってもまだ蒸し暑い。まとわりつく湿度も、居酒屋の前でかたまってる大学生もみんなウザい。全員邪魔。どいてよ!
呟きながら賑やかな街を闊歩する。足ほっそーとかうるさい。お前が太いんだよ。じろじろ見るな。ふとポケットの中で携帯が震えた。 画面を見るとお母さんからだった。

『なんでこんな日にライブなの。早く帰ってきなさい』

知るか。
どんな日だってチケット売ったらライブはやるんだよ。本当は真っ直ぐ帰宅しようと思ってたけど、このメールで挫けた。やっぱり帰りたくない。
そもそもお母さんはアイドル活動に反対してる。引っ込み思案だったあたしがなんでアイドルなんか始めたのか分かってないから。ライブも一回も観に来たことないしね。別にいいよ。来られたら来られたで多分ウザいから。

今日は6年前に死んだ双子の兄、シュウの命日だ。 勉強もスポーツも万能で、太陽みたいだったシュウ。それに比べてあたしは、何をやってもパッとしないみそっかす。シュウがいなくなってから、お母さんはずっと過去を見ている。
 
「シュウが生きていたら」 その言葉を聞くたびに、生き残ったのがあたしでごめんなさいと首を絞められるような気持ちになる。 いたたまれない空気が充満する家に帰りたくなかった。

あたしだってシュウがいなくて寂しいよ。いつも一緒だったお兄ちゃん。夏休みは二人でホットケーキを焼いたり、なんかのお祭りで気球にも乗った。 お母さんとお父さんの自慢だったシュウ。でも死んじゃったもん。可哀想だけど、死んじゃった人だけが可哀想なの?あたしだって相当しんどいよ。 

「李子はもっと、自分のやりたいことやればいいじゃん」

 そう言って笑ったシュウの顔が、嫌になるほど鮮明に浮かぶ。いつだってあたしの先を歩いていた。あたしが何に悩んで、何に劣等感を抱いているか、全部お見通しだった。 それにまだ全然追い付けてないことが悔しいんだよ。

ポケットの中で、また携帯が震えた。お母さんからだ。次は電話。出る気になれなく電源を切った。お母さんが「シュウの日」を終えて、ただの「疲れた母親」に戻るまで待とう。 

駅前のコンビニに入り、新発売のお菓子をチェックしてから、買う気もない雑誌を立ち読みして時間を潰した。 

「……あ」

自動ドアが開いて入ってきた人物と目が合った。 文吾くんだった。 背が高くて、色素の薄い茶色い髪。整った顔立ちは学校でも目立つ。
文吾くんは耳は聴こえるけれど、口がきけない。でも、そのハンデを感じさせないくらいお勉強もできるし、誰にでも優しいから学校の人気者。 クラスでほとんど友達がいないあたしが、唯一普通に話せる男子でもある。
文吾くんはあたしに気づくと、ふわりと目を細めて近づき『どうしたの?』と口を動かした。見慣れた笑顔に張り詰めていた糸が少し緩んだ気がした。 

「ちょっとお散歩。文吾くんはどしたの?」

ライブだったと、なんとなく言いたくなかった。

『知り合いの家で夕食ごちそうになってた。でもあんまり食べられなかった
 からお腹空いちゃって。おにぎり買いに来た』

文吾くんは携帯に打った文字を見せると、深く追求することなくおにぎりコーナーに向かった。暇だったから雑誌を戻して付いていった。
鮭の直巻おにぎりとまぜわかめを掴むと『何かいる?』と文吾くんは棚を指差した。そういえばお腹減ってる。海老ピラフのおにぎりを指差した。文吾くんはそれを取って一緒に会計してくれた。

店の外に出ると文吾くんはコンビニの隣にあるコインパーキングとの境のフェンスに移動して袋に手を突っ込んだ。

「ここで食べるの?」

 『もうぺこぺこ』と無音で言うと、早速鮭のおにぎりを食べ出した。一緒にいるとなんか釣られるのが文吾くんだ。あたしも海老ピラフのおにぎりを開封した。
 一口かじると、冷たいご飯の人工的な旨味が広がった。ライブハウスの熱気とは違う、現実の味がする。 隣では文吾くんがリスみたいに頬を膨らませて鮭おにぎりを頬張っていた。 その横顔を見てると、さっきまでのイライラがちっちゃくなっていった。 お母さんのメールも、たった8人しかファンがいないことも、ちょっとだけ忘れられた。

「……あのさ」 海老ピラフを飲み込んで、口を開いた。 

「もし時間あるなら、ちょっとお散歩付き合ってくれない?まだ帰りたく
 ないんだ」

文吾くんはきょとんとした顔をしたけど、すぐに最後の一口を飲み込んで、こくんと頷いた。
ゴミをコンビニのゴミ箱に捨てて、あたしたちはあてもなく歩き出した。

駅とは反対方向。住宅街を抜けて、少し大きな通りへと向かう。
街灯が等間隔に並ぶ歩道を、二人並んで歩く。歩幅を合わせてくれているのか、文吾くんの足取りはいつもよりゆっくりに感じた。

「ごめんね。引き止めて」

『全然。僕も腹ごなししたかったから』

文吾くんは素早く親指を動かして画面を見せた。その光が長い睫毛を照らしている。文吾くんとの時間は心地いい。言葉がない分、余計な気を使わなくて済むからかもしれない。ライブハウスで必死に声を張り上げて、特典会で自分なりの愛想笑いを振りまいた後だからか、この静寂はアイスみたいだ。ゆっくり溶けてく、メンタルのクールダウン。

しばらく無言で歩いていると、文吾くんがそっとあたしの顔を覗き込んだ。そういえばライブ用のメイクのままだ。急いでたからクレンジング忘れてた。汗で崩れてないかな。それよりひどい暗い顔をしているのかもしれない。ライブうまくいかなかったって、もうばれてるんだろうな。

「ねえ、文吾くん」

あたしの声に、文吾くんは歩調を緩めて小首を傾げた。

「星が綺麗なところ、行きたいな」

自分でも唐突すぎると思った。でも、一度口に出してしまうと、無性にそうしたくなった。圧倒されるような、静かで綺麗な場所に行きたかった。

文吾くんは一瞬だけ考え、すぐに柔らかく微笑んで『OK』と親指を立てた。そして今まで歩いていた大通りを外れ、脇道の坂道へと足を踏み入れた。心当たりがあるらしい。黙って彼の背中を追いかけた。

文吾くんが案内したのは、あたしたちが通う高校だった。 駅から続く長い長い坂道を登りきった先にある校舎。 彼方にうっすら見える暗い海。

「学校?」 

あたしが驚いて尋ねると、ここが一番空に近いから、と文吾くんは得意そうに登頂を指差した。坂道は急で、登るにつれて息が上がる。 ライブで散々踊った後だっていうのに、足の疲れは不思議と感じなかった。むしろ、体に負荷をかけることで、余計なことを考えずに済むのがありがたい。

慣れた手つきで文吾くんは裏門の隙間をすり抜けた。あたしも後に続く。 夜の学校は、昼間とは違う生き物みたいに静まり返っていた。 忍び足で校庭の方へ向かう。文吾くんが言った通り、グラウンドの上には遮るもののない、今にも降ってきそうな満天の星が広がっていた。 さっきまでの濁った空とは違う、澄んだ濃紺の夜空に無数の宝石が散らばっていた。

「わあ、すごい……」 

そう呟こうとした時、ザッ、ザッ、と土を蹴る規則的な音が聞こえてきた。 あたしたちは咄嗟に校庭脇の桜の木の影に身を隠した。目を凝らすと、暗闇の中、二つの人影がトラックを走っているのが見えた。 

「あれ……白井くん?」

 同じクラスで不登校の白井くんだった。その隣を走っているのは、ジャージ姿の担任の鎧塚先生だった。 

「ほれ白井、ペース落ちとるで! 」

 鎧塚先生の岡山弁が夜気に響く。 

「もう、わかってますよ。あー、つらー。あー、きつー!」

生意気な口を叩きながらも、白井くんはどこか楽しそうだった。二人は走りながらゲームの話なんかをしている。 あたしの隣で文吾くんはのっぽの背を一生懸命隠しながら校庭を見つめていた。文吾くんと白井は仲良しだ。 二人は走るペースを落とし、息を整えながら話している。 

「お前、たまにはちゃんと外に出とるのか?」

先生が聞くと「ああ。時々文吾とイベント行ったりとか。あいつ、何も言わねえけど、おれが何考えてるか全部分かってくれてるから。あいつがいてくれて、マジ助かってる」と白井くんは答えた。

「お前は文吾とばっかおって色気ないのう。好きな女子とかおらんのか?」

「何すかいきなり。 いねーっすよ」

「青春しとらんなあ。うちの学校の女子は出来がええぞ」

「まあ、カップル多いっすもんね」

「文吾もお前が心配で彼女作れへんじゃろ。いつもべったりやったら」

 しつこく食い下がる先生に、白井くんは観念したように頭をかいた。 

「そうっすねえ、まあ、李子とか、可愛いなって思いますけど」

 心臓がドキンと大きく跳ねた。 はえ? 今、李子って、言った? 

「かめりんか。ほー。どこがええと思うたん?」

「うーん…。おれと一緒で、あいつも周囲と馴染むの苦手そうっていうか……
 不器用そうなとこが」 

思いがけない言葉だった。学校でのあたしは空気みたいに存在感がないか、愛想がなくて近寄りがたいかのどっちかと思っていた。そんな風にあたしのこと見てる人がいたのか。 動揺して固まるあたしの横で、文吾くんが肩を震わせて「うふふふ」と音のない笑い声を漏らしていた。

「かめりんは手強いぞ。中身を解放させたらぐわーんと世界を吸い込むスタ
 ーの予感があるけえの。お前には手に負えんぞ」

 先生の言葉に、なんだそれ、と白井くんが笑う。 

「いいんすよ。おれは別に付き合いたいとかじゃなくて、そういうやつを、
 応援したいってだけですから」 

応援したい。その言葉が、冷え切っていた胸の奥にじんわりと染み込んでく。ちょっと。白井ってば、なんだよ。

すると文吾くんがあたしの袖をちょいちょいと引っ張った。 
『もう行こう』という合図だった。 これ以上聞いてると心臓の音が聞こえてしまいそうだった。 あたしたちは音を立てないようにそっとその場を離れた。背後から「っしゃあ! ラストスパートじゃあ!」という先生の掛け声と
「マジかよー!死ぬー」と叫んでダッシュする足音が遠ざかっていくのが聞こえた。

 学校を出ても動揺がまだ冷めなかった。 頬が熱い。夜風が当たっているはずなのに、耳の奥まで火照っているのが自分でもわかった。

「白井くん、夜は学校に来るんだね」

ごまかすように呟くと、隣を歩く文吾くんが含み笑いで首を竦めた。何も言わないけど『よかったね』と顔に書いてある。あたしはどうしていいか分かんないほど恥ずかしくなって、文吾くんの腕に何度も肩をぶつけたりした。文吾くんはくくくっと笑い声を漏らながら手を口に当てていた。

「どいつもこいつも変なやつ!」

口をついて出たけど、口元が勝手に緩んでしまうのを止められなかった。白井くんの言った言葉が飴玉みたいに頭の中で転がる。それはころころと小気味いい音を立ててあちこちに広がっていった。

付き合いたいとかじゃなく応援したい。その距離感が今のあたしには何より心地よかった。誰かに見守られると思うだけでなんだか足取りが軽くなる。シュワシュワと音を立てそうなソーダ水の星空が目の前にあった。

校舎の方角へ耳を澄ませてみる。もう先生の声も、二人の足音も聞こえないけれど、白井くんが必死な顔して地面を蹴っている姿が目に浮かんだ。
坂道から見える水平線に沿って揺れている小さい灯り。こんなに暗い海でも、まだ動いてる船があるんだ。あたしはぽつりと口を開いた。 

「……今日さ、お兄ちゃんの命日なんだ」 

一度口に出すと、堰を切ったように言葉が溢れてきた。 出来のいい双子の兄のこと。シュウが死んでから、家にあたしの居場所なんてないこと。

 「アイドルになったのも、誰かに認めてもらいたかったからだと思うんだよ
 ね。でも、それもうまくいかなくてさ。スターになりたいとかじゃないけ
 ど、どこにいても透明人間になっちゃうんだよね。生まれた時から選ばれ
 た人間とそうじゃない人間って決まってんだよ。勝ち続ける人と、負け続
 ける人。お兄ちゃんは死んでもずっと輝いてるし、あたしはずっと闇にい
 る。そもそも明るくできないからしょうがないんだけど、無理したあたし
 はあたしじゃないから、それごと認めてほしい。勝手にだめな奴に選別さ
 れてんのが、すごくやなんだよね」

文吾くんは静かにあたしの話を聞いていて、やがて携帯にゆっくりと文字を打ってあたしに見せた。

 『僕にも兄ちゃんがいたんだ。僕が生まれる前に亡くなってしまったけど』 

驚いて文吾くんの顔を見る。 

「会いたかった?」 尋ねると、文吾くんは深く頷いた。 

『思い出が欲しかった。喧嘩したり、遊んだりしたかったな』

文吾くんにも空洞があるんだ。あたしにはシュウとの思い出がある。比較の対象としての記憶ばかりが蘇るけれど、文吾くんにはそれすらないのだ。

「あたしは思い出も重荷だった。いつも比べられて、惨めなことばっかりだ
 ったから。太陽と影だったからさ」

文吾くんは首を横に振った。そして、先ほどよりも少し長い時間をかけて文字を打ち、画面を突き出した。

『影ができるのは、そこに光と物体がある証拠だよ。僕には、兄ちゃんがそ
 こにいたっていう確かな手触りがない。だから、かめちゃんが羨ましい。
 喧嘩ができるのも、悔しいと思えるのも、相手がそこにいたからだもん』

その言葉に、胸の奥がちくりとした。
シュウへの劣等感ばかりで塗りつぶしていたけれど、確かにそこには「生きていた時間」があった。文吾くんは、その輪郭さえ持てずにいるのだ。

「……そっか。あたし、贅沢なこと言ってたのかな」

『贅沢じゃないよ。辛いのは本当だもんね』

文吾くんは優しい顔をして、また新しい文字を見せる。

『でもね、死んじゃったら、もう今日から一歩も動けないんだ』

ハッとして文吾くんを見る。彼は真っ直ぐにあたしを見つめ返していた。

『かめちゃんのお兄さんがどれだけ完璧でも、僕の兄ちゃんがどれだけ愛さ
 れていても、彼らには明日が来ない。でも、僕らには来る』

画面の光が、文吾くんの顔を下から照らしている。その表情は、どこか祈るように真剣だった。

『明日があるうちは、負けなんてないよ』

その言葉は、さっき白井くんが言ってくれた「応援したい」という言葉と重なって、あたしの背中をそっと押してくれた気がした。

完璧だったシュウはもういない。でも、不器用で、透明人間みたいなあたしは、まだここにいる。明日を迎えることができる。まだ、終わってない。

翌日は不登校の白井くんを学校に来させるためのプロジェクトの参加の有無を決める投票が行われることになってる。
リーダーの山吹くんの顔がぷっと浮かぶ。みんな面倒くさがっていて、本音ではやりたがっていないのが見え見えだった。 あたしもずっとそうだった。消滅に賛成するつもりだったけど…。

 「プロジェクト……山吹くんはやりたいのかな」 

山吹くんがどう思っているのか、それが一番気になっていた。 文吾くんは少し考えてから、書き込んだ携帯を見せた。 

『山吹くんはまだ迷ってると思う。でも、かめちゃんが参加するって言え
 ば、やると思うよ』

「…そうかなあ、なんで?」

 『だって、かめちゃんは世界を取り込む力があるから』 

文吾くんはうんうんといたずらっぽく笑った。 でも、その笑顔は嘘じゃないって気がした。

「そういうやつを応援したいってだけですから」 

白井くんの言葉。 不器用なあたしを見ていてくれた人がいる。そして、あたしの言葉で何かが変わるかもしれないと言ってくれる友達がいる。 やりたくなかったはずのプロジェクトへの気持ちが、少しずつ、でも確実に傾き始めていた。 

「やるって、手挙げてみようかな。明日」

その時、ポケットの中で携帯が鳴った。お母さんからのメールだ。 

『遅いから早く帰っておいで。一緒にすき焼き食べよう』 

温かさを感じる文言だった。 シュウの命日だけど、今日は、ただの今日だ。 

「帰らなきゃ。今日はありがとね」 駅で文吾くんに手を振った。

『うん。また明日ね』 文吾も手を振り返してくれる。 

帰り道、足取りがなんだか軽い。 電車の窓に映る自分はちょっと嬉しそうで、昨日の夜よりも夜空はずっと明るく輝いているような気がした。


あれから5日後。
地下にあるライブハウスの空気は、湿気と熱気で淀んでいた。

まばらな観客、気のない拍手。ステージに立った瞬間、いつもの冷たい感情が足元から這い上がってくる。プロデューサーの視線が痛い。今日もうまく笑えてないな…。そんな不安が喉元までせり上がった、その時だった。

「うおおおおお! かめりーん!!」 

野太い、けれどどこか必死な叫び声が客席の空気を切り裂いた。
ビクッとして視線を向けると、最前列の少し端に、場違いなほど強烈な光を放つ二つの影があった。

「せーのっ!」

バッ! と音が出そうな勢いで、二人が同時に紫色のサイリウムを振り上げる。白井くんと、文吾くんだ。

なにあれ!?

二人はあたしのパートになるとに激しく体を折り曲げ、腕を振り回し始めた。白井くんはシャツからヘソを出して、汗だくになりながら必死の形相だ。リズム感はお世辞にもいいとは言えない。動きはカクカクしているし、隣の文吾くんの動きよりワンテンポ遅れて腕を突き出している。

対照的に、文吾くんは真顔だった。
無表情のまま、キレッキレの動きでサイリウムの軌跡を描いている。その動きはあまりに洗練されていて、まるで熟練の職人のようだ。

「捧げ! 捧げ! 捧げ! !かめりーん!!」

白井くんが声を張り上げる。周囲の観客がギョッとして引いているのが見えたけれど、二人はお構いなしだ。その顔は、校庭を走っていた時と同じくらい真剣で、なりふり構っていなかった。

こいつ学校には来ないくせに、なんでこんなとこであんなに必死に腕を振ってんだよ。あんな全力で、あんな不格好に。
胸の奥がカーッと熱くなった。誰も見てないと思っていたステージのあたしを、汗を飛び散らせて見てくれている人がいる。おかしくってこらえきれなくなった。初めてステージの上で、心からの笑みがこぼれた。そしたらフロアがワッて湧いた。

かめりん笑ってる。

みんなの目線がそう言っていた。びっくりしたメンバーも踊りながらあたしに注目してる。いつもはドッスンみたいな顔してるプロデューサーもピーチ姫になってる。嘘みたいに、ステージが明るくて、ライブが楽しい。

「……ありがと」

曲が終わるとマイクに乗らないくらいの小さな声で呟いた。二人が振り回す光の帯が、まるで滑走路の誘導灯みたいに、あたしを前へ前へと導いてくれていた。

先生が言っていた「世界を吸い込むスター性」なんてあると思えない。
だけど今だけは、汗だくで踊るあの二人のためだけに、最強アイドルでいたいたいと思った。

ライブが終わった後の特典会。狭いライブハウスの壁際に、パーテーションで区切られただけの即席のチェキ撮影スペースが作られた。

湿った熱気は相変わらずで、換気扇の回る音だけが響いている。いつもなら「早く終わらないかな」って考えてるけど、あの凸凹な二人組の姿を無意識に探して待っていた。白井くんと文吾くんはCDを一枚ずつ買って最後方に並んでいた。いよいよ順番が来て、あたしは白井くんとおずおずと握手した。

白井くんは、まるでシャワーを浴びた直後みたいだった。前髪は汗でおでこに張り付いているし、シャツは背中が透けるほど濡れている。

「張り切りすぎだよ」

白井くんは肩で息をしながら、タオルで乱暴に顔を拭った。

「なんでだよ。youtube 見て練習してきたんだぞ」

「全然合ってなかったけどね。リズム感、壊滅的。文吾くんはピアノうまい
 から音感バッチリなのに」

「言うなよ。 自覚あるんだから……」

白井くんが唇を尖らせる。その顔が、あの夜にあたしの不器用さを指摘した時の顔と重なった。
ペンを握り直し、浮かび上がってきた二人の写真に向き合った。写っている白井くんは、ダブルピースをしているけれど、やっぱりどこかぎこちない。でも、その目は真っ直ぐにレンズ――その向こうにいるあたしを見ていた。

応援か……。

ただのファンサービスじゃ、この熱量には釣り合わない気がした。少し迷ってから、ピンク色のペンを選んだ。

 『これからも応援よろしく りこ』

インクが乾くのを待って手渡すと、白井くんはそれを両手で受け取った。メッセージを読んだ瞬間「……おう」と短く唸って、ニヤリと笑った。次はあたしが引っ張り出してやるからと、内心で宣言した。

次に並んでいた文吾くんは握手券を差し出してぺこりとお辞儀した。
おふざけ上等。
この人は心の隅々どこ漁っても悪意なんて一滴も混じってない。頭からしっぽまであんこが詰まったたい焼きみたいに愉快の塊だ。でもなんか恥ずかしくって直視できない。あの晩、横を歩いてた時はへーきだったのに。 

「チェキ、ポーズ、どうする」 

わざとぶっきらぼうに言って、視線を泳がせる。 文吾くんは喋れない。でも、その瞳はどんな言葉よりも饒舌に伝えてくる。文吾くんは自分の頬に人差し指を当てた。 

『にこってして』 

あたしは文吾くんと並んで、レンズに向かって目一杯のにっこりポーズで笑顔を作った。 

カシャッ。 

吐き出されたチェキの中で、あたしたちの目はどっちも三日月だった。迷わずに赤いペンを取った。 言いたいこといっこだけ。特別な言葉を届ける。 

『いつもありがとう かめりん』

 インクが乾くのを待って渡すと、文吾くんは壊れものを扱うみたいに大切に両手で受け取った。そして、あたしの目をじっと見つめて、口の形だけで「サイコー」と動かした。

 顔が熱くなるのを隠すように、追い払う仕草をした。文吾くんは満足そうにな満面の笑みで手を振り、白井くんが待つ出口の方へ歩き出した。

 「次の方、どうぞー」

スタッフの声に、はっとする。いつもは一桁で終わるチェキ。なのにこの日はあたしの列が一番長かった。今日でファンになったっていう人達が続々と握手券を渡してくる。

 胸の奥の淀みが流れてく。 湿気と熱気で淀んだ地下のライブハウス。 そこは今、あたしにとって、世界で一番誇らしい場所に変わっていた。

 剥がれかけていた自信のかさぶたが、白井くんと文吾くんの熱で溶かされていった。学校でも、家でも、ライブハウスでも、あたしは透明人間だったのに、今日は少しだけ光ってるみたい。 

ほんと。明日があるうちは、負けなんてないんだね。シュウ。


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やっと書けたスピンオフ。
宣言したのに書いてないな…と、内心ずっとモヤモヤしてました。
今更感しかありませんが、言ったからには実行しないとですよね。
これで今年の創作のやり残しがなくなりました。あースッキリ。

書いてる時にHALCALIの「続・真夜中のグランド」聞いてました。
知ってる方は是非脳内BGMまたはSpotifyで。
今年も負け続けた自分に捧げます。
最後までお読み下さりありがとうございました😊🐧

こちらのスピンオフ↑

2025年創作大賞の一冊をようやく閉じることができました。
この作品を可愛がって下さった皆様 本当にありがとうございました。
最後のオマケ 楽しんでいただければ幸いです。