【明智光秀外伝】~光秀は生きていた??後編(創作大賞応募作品)
明智光秀は、
「三日天下」で終わった男とされています。
本能寺の変。
山崎の戦い。
敗走。
そして討死。
だが、この物語には、
どうしても説明のつかない“間”があります。
光秀は、
本能寺の直後に殺されたわけでは
ありません。
確かに、数日から十日ほど、
生きていたとされる時間が存在する。
その間、
彼は何をしていたのでしょうか。
逃げ回っていたのか。
命乞いをしていたのか。
それとも、
ただ絶望していたのか。
史料は、
そこをほとんど語らない。
光秀ほどの知将が、
何の手も打たずに、
追い詰められて終わるだろうか。
彼は、
退き際を知らない男でもない。
そして何より、
彼は「未来」を考える人間でした。
光秀の遺体は、
はっきりとは確認されていないといいます。
討たれたとされる首も、
本当に本人のものかどうかは、
今なお議論が残っています。
ここで、
一つの仮説が浮かび上がります。
光秀は、
死んだことにしたのではないか。
代わりに討たれたのは、
影武者。
あるいは、
誰か別の犠牲者だった可能性……。
もしそうだとしたら、
光秀は、本能寺で人生を終えたのではなく、
人生の役割を変えただけになります。
やがて歴史の表舞台に現れる一人の僧。
天海僧正。
出自不明。
若年期の記録なし。
それなのに、
異様なほどの知性と政治感覚。
徳川家康のそばに仕え、
重要な局面で助言を与え、
江戸幕府の基盤づくりに深く関わる。
そんな偶然が、本当にあるのでしょうか。
天海は、
家康の良き相談役であり、
時に命の恩人ともなります。
もし光秀が、
本能寺で家康暗殺計画を察知し、
それを止めるために動いたのだとしたら。
そしてその後、
生き延びて天海として現れたのだとしたら。
すべてが、
一本の線でつながります。
家康は、
光秀を表に戻すことは、できない。
だが、
完全に切り捨てることも、できない。
だからこそ、
「天海」という立場を与える事にした。
歴史の表には出ない。
だが、
歴史を動かす位置。
そしてさらに、
奇妙な一致があります。
二代将軍・秀忠。
三代将軍・家光。
「秀」と「光」。
光秀、そのまま……引用した……。
この二文字は、偶然にしては、
あまりにも意味深です。
将軍の名は、
適当に付けられるものではありません。
時代には、
名に想いを込める文化がありました。
その名を提案したのが、
天海だったとしたら……。
信じるかどうかは、
あなたにお任せします。
だが、
光秀という男が、
本当に
「三日天下」で終わったのだとしたら。
なぜ、
ここまで多くの謎が残るのでしょうか。
光秀は、
敗者だったのか。
裏切り者だったのか。
それとも――
殺されたことにして、
生き続けた男だったのか。
歴史は、
勝者の記録でできています。
だが、
歴史の裏側には、
記録されない選択もあるはず……。
光秀は、
その影に立った男だったのかも
知れません。
本能寺で、
すべてを終わらせたのではない。
あそこで、すべてを引き受けて、
名前を捨てただけだったのかもしれない。
それが、
明智光秀という男の、
最も重い決断だったのかも知れない……。
おわり
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💙ここまでです。
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