見出し画像

「暗黙知」はどこから来たのか― 科学哲学から日本企業論、そして生成AIへ。約70年の歴史をたどる

「暗黙知」はどこから来たのか

― 科学哲学から日本企業論、そして生成AIへ。約70年の歴史をたどる


「暗黙知」という言葉は、いまAIの世界で頻繁に使われている。


「ベテランの暗黙知をAIに学習させる」


「熟練者の暗黙知を形式知化する」


「退職する技術者の暗黙知をデータとして残す」


こうした表現を目にする機会は急速に増えた。


だが、暗黙知という言葉を歴史的にさかのぼってみると、もともとは「ベテランの頭の中にあるノウハウ」を意味する経営用語ではない。


その出発点にあったのは、


人間はいったい、どのように世界を知っているのか。


という、かなり根源的な科学哲学・認識論の問題だった。


そして、この歴史を知ると、生成AI時代に本当に価値が上がるものが少し違って見えてくる。


暗黙知そのもの以上に重要になるのは、もしかすると、


新しい暗黙知を生み出し続ける「実践経験」


なのかもしれない。


---


「暗黙」という言葉の意味


英語では暗黙知を一般に、


Tacit Knowledge


と表現する。


tacitという英単語には、


「言葉として明示されていない」


「無言のうちに了解されている」


という意味がある。


その語源はラテン語の、


tacēre=沈黙する


にさかのぼる。


英語でも現在、


- tacit agreement=暗黙の合意

- tacit approval=黙示的承認

- tacit assumption=暗黙の前提


などと使われている。


したがって、


Tacit Knowledge=言葉として表明されていない知


という理解自体は間違っていない。


ただし、暗黙知の思想的な源流までたどると、もう少し深い意味が見えてくる。


---


ポランニーより前に存在した「できる」と「説明できる」の違い


暗黙知という考え方を理解するうえで重要なのが、英国の哲学者ギルバート・ライルである。


ライルは1949年の著書『The Concept of Mind』で、


Knowing that



Knowing how


を区別した。


Knowing thatとは、


「〜であることを知っている」


という知識である。


例えば、


「自転車ではバランスを取る必要がある」


と説明できること。


一方でKnowing howは、


「実際にそれをできる」


という知である。


つまり、


自転車に実際に乗れること。


ここには大きな違いがある。


自転車の運動力学を完璧に説明できたとしても、自転車に乗れるとは限らない。


逆に、子どもは自転車の力学を説明できなくても自転車に乗れる。


つまり、


説明できることと、できることは同じではない。


この問題が、後の暗黙知論につながっていく。


---


暗黙知を本格的に論じたマイケル・ポランニー


暗黙知という概念を語るとき、最も重要な人物が、


マイケル・ポランニー(Michael Polanyi, 1891–1976)


である。


興味深いことに、ポランニーはもともと哲学者ではない。


第一線の物理化学者だった。


だからこそ彼は、実際の科学研究がどのように行われているのかを知っていた。


科学は教科書では、


観察

仮説

実験

検証


という合理的なプロセスとして描かれる。


しかし実際の研究者は、それだけでは研究していない。


研究者は時として、


「このデータは何か変だ」


「この現象は重要かもしれない」


「この仮説は筋がいい」


「この実験条件がおかしい」


と判断する。


ところが、


「なぜそう思ったのですか」


と聞かれても、判断のすべてをルールとして説明できるとは限らない。


つまり科学そのものが、


研究者の経験、直観、判断、技能


に支えられていた。


ポランニーはここに注目した。


---


1958年『Personal Knowledge』


1958年、ポランニーは、


『Personal Knowledge: Towards a Post-Critical Philosophy』


を出版する。


タイトルを直訳すると、


「個人的知識」


である。


ここでポランニーが問題にしたのは、


「真の知識とは、知る人間から切り離された完全に客観的なものである」


という近代科学的な考え方だった。


ポランニーはむしろ、


人間が何かを知るときには、


- 身体

- 経験

- 技能

- 判断

- 信念

- 注意

- 過去の経験


などが必ず関与すると考えた。


つまり、


知識から「知る人間」を完全に消すことはできない。


これはかなり重要な転換だった。


---


1966年『The Tacit Dimension』


そして1966年。


ポランニーは、


『The Tacit Dimension』


を出版する。


ここで有名になったのが、次の言葉である。


«We can know more than we can tell.»


日本語では一般に、


«私たちは、語ることのできる以上のことを知っている。»


と訳される。


暗黙知という概念を最も端的に表した言葉である。


---


人の顔を認識できるのに、説明できない


ポランニーが使った代表例の一つが、人間の顔の認識である。


私たちは知人の顔を見れば、


「この人は○○さんだ」


と一瞬で判断できる。


しかし、


「具体的に顔のどの特徴を使って判別したのですか」


と聞かれると難しい。


目の間隔なのか。


鼻の形なのか。


輪郭なのか。


眉毛なのか。


それらをすべて数値として説明できなくても、人間は顔を認識できる。


つまり、


人間は、判断に使用しているすべての情報を意識しているわけではない。


それでも正しく判断できる。


これがポランニーのいう「暗黙的な知り方」の典型である。


---


本当は「Tacit Knowledge」より「Tacit Knowing」に近い


ここは非常に重要だと思う。


現在は一般的に、


Tacit Knowledge=暗黙知


という名詞として使われている。


そのため、


「人間の頭の中に暗黙知という知識が保存されている」


ようなイメージになりやすい。


しかしポランニーが重視したのは、


Tacit Knowing


である。


つまり、


「暗黙に知ること」


「暗黙的に認識する働き」


だった。


ここには微妙だが大きな違いがある。


暗黙知とは、


人間の頭の中に保存されたデータ


というより、


人間が世界を理解するときの認識作用


なのである。


---


「釘を打つ」という行為で考えると分かりやすい


例えばハンマーで釘を打つ。


本人が意識しているのは、


「釘を正しく打つこと」


である。


しかし実際には、


- ハンマーの重量

- 手首の角度

- 肘の動き

- 筋肉の張力

- 打撃の音

- 振動

- 反力

- 釘の傾き


など大量の情報を同時に処理している。


しかし、一つ一つを意識して計算しているわけではない。


身体は大量の情報を暗黙的に統合し、


「釘を打つ」


という一つの行為を成立させている。


ポランニーはこの構造を、


subsidiary awareness



focal awareness


という考え方で説明した。


細かな情報を背景として暗黙的に利用しながら、一つの対象へ注意を向ける。


これが人間の認識の基本構造だと考えたのである。


---


熟練者の「なんとなく変だ」は何なのか


この考え方は、現在の仕事にも非常によく当てはまる。


例えば熟練した技術者が施工状況を見て、


「なんとなくこの納まりは危ない」


と感じることがある。


しかし、


「何が危ないのですか」


と聞くと、


すぐには説明できない。


その判断には、


- 過去の施工経験

- 空間感覚

- 寸法感覚

- 他工種との干渉経験

- 作業手順

- 保守性

- 支持方法

- 施工会社の癖

- 過去の不具合

- 工程条件


などが複雑に組み合わさっている可能性がある。


本人の頭の中で、


「過去事例を50件検索して判断した」


という意識はない。


それでも違和感を検出できる。


これはまさにポランニー的な暗黙知に近い。


---


暗黙知は「まだマニュアルになっていない知識」ではない


ここで現在の一般的な暗黙知理解との違いが出てくる。


現在、企業ではしばしば、


暗黙知=まだ言語化されていないノウハウ


と理解される。


そして、


暗黙知

言語化

マニュアル化

形式知


という流れで説明される。


しかしポランニーの考えは、もっと根本的である。


彼が言っているのは、


明示された知識そのものを理解するときにも、暗黙的な知り方が必要である


ということだ。


例えばマニュアルに、


「異常振動がある場合は設備を停止する」


と書いてあったとする。


しかし現場では、


「どの程度なら異常振動なのか」


を判断しなければならない。


つまり形式知を利用するためにも、


経験による判断が必要になる。


完全に形式知だけで仕事が成立するわけではない。


---


1960年代以降、科学哲学にも影響が広がる


ポランニーと近い問題を扱った人物として、科学哲学者トーマス・クーンがいる。


クーンは1962年、


『The Structure of Scientific Revolutions』


を出版した。


有名な「パラダイム」という考え方である。


科学者は教科書に書かれたルールだけで研究者になるわけではない。


先輩研究者と研究しながら、


「何が良い研究問題なのか」


「どの程度の証拠なら十分なのか」


「どの方法なら受け入れられるのか」


といった、


科学共同体の判断様式


を学んでいく。


つまり科学者も、


ある意味では徒弟制によって育つ。


これは技術者や職人が技能を身につける過程とよく似ている。


---


ハイエクの「分散された知識」とも近い


同時代には経済学者フリードリヒ・ハイエクも、


社会に存在する知識は、


一人の中央管理者に完全に集約することはできない


と論じていた。


価格、需要、地域事情、経験、商習慣などの知識は社会の各所に分散している。


ポランニーの暗黙知とハイエクの分散知は同じ理論ではない。


ただし、


人間社会で使われている知識のすべてを中央に集めて完全に記述することは難しい


という問題意識は共通している。


これは現代のデータベース化やAI活用を考えるうえでも非常に興味深い。


---


1970〜80年代、暗黙知は「技能」「熟達」の研究へ


その後、暗黙知という問題は、


- 認知心理学

- 熟達研究

- 技能研究

- 教育学

- 組織研究


へ広がっていった。


例えば人間は、


明確なルールを説明できなくても、


繰り返し経験することでパターンを学習できる。


Arthur Reberらが研究した、


Implicit Learning


もこの流れと関係している。


つまり暗黙知は、


哲学上の問題から、


人間がどのように技能を獲得するのか


という実証研究の対象へ広がっていった。


---


日本で「暗黙知」という言葉が広がる


日本では1980年に、


ポランニーの『The Tacit Dimension』が、


『暗黙知の次元―言語から非言語へ』


として翻訳出版された。


ここで日本語として、


「暗黙知」


という言葉が広がっていく。


ただし原題は、


The Tacit Dimension。


直訳すれば、


「暗黙的次元」


程度である。


さらにポランニー自身は、


Tacit Knowing、


つまり、


「暗黙に知ること」


を重視していた。


それが日本語では「暗黙知」という名詞になった。


この翻訳によって、


「認識の働き」


から、


「人が保有している知識」


というニュアンスが強くなった可能性がある。


そして、この変化が1990年代の経営学につながっていく。


---


野中郁次郎によって「企業の知識」になる


日本における暗黙知の意味を大きく変えた人物が、


野中郁次郎


である。


野中は、


企業がどのように新しい知識を生み出すのかを研究した。


そしてポランニーの暗黙知を、


組織的知識創造


の理論へ導入する。


1994年の組織知識創造論を経て、


1995年に竹内弘高との共著、


『The Knowledge-Creating Company』


を出版する。


ここから、


暗黙知と形式知


という対比が世界的に知られるようになる。


---


SECIモデル


野中・竹内が示した有名なモデルが、


SECIモデルである。


知識が、


共同化 → 表出化 → 連結化 → 内面化


という循環を通じて組織内で生まれていくと考えた。


例えば、


熟練者と若手が一緒に仕事をする

若手が感覚を身につける

熟練者の判断を言葉にする

手順書や基準にする

他の人が利用する

実践を通じて再び身体化する


という循環である。


ここで暗黙知は、


哲学上の認識問題から、


企業が管理・共有・創造すべき経営資源


へと大きく意味を変えていった。


---


ここでポランニーと野中には少し違いが生まれる


この違いは重要である。


野中モデルを単純化すると、


暗黙知を形式知へ変換できる


と読める。


しかしポランニーの考えでは、


必ずしもすべての暗黙的な知を形式知へ変換できるわけではない。


むしろ、


すべての形式知の利用にも暗黙的な理解が含まれている。


この点については、組織論研究者Haridimos Tsoukasなどからも議論・批判が行われている。


「暗黙知とは、まだ言葉になっていないだけの知識なのか」


それとも、


「原理的に完全な言語化が難しい認識作用まで含むのか」


という問題である。


---


「暗黙知を全部形式知化する」は本当に可能なのか


例えば熟練溶接工を考える。


作業をカメラで撮影する。


さらに、


- トーチ角度

- 電流

- 電圧

- 移動速度

- 温度

- 音

- 姿勢

- 熟練者の説明


まで記録する。


これによって大量の知識を形式化できる。


しかし、そのデータを新人に全部渡したからといって、


翌日から熟練者と同じ品質で溶接できるわけではない。


実際に経験し、


失敗し、


修正し、


身体感覚を獲得する必要がある。


つまり、


知識を説明できること



能力を移転できること


は違う。


ここに暗黙知論の核心がある。


---


実は「暗黙知」は一種類ではない


AI時代には、この区別が特に重要になる。


暗黙知と呼ばれているものには、少なくとも複数のタイプが混ざっている。


言語化できるが、まだ言語化していない知識


聞かれれば説明できるもの。


これはAIとの対話によって、かなり抽出できる可能性がある。


本人も判断基準を完全に意識していない知識


「なんとなく危ない」


「経験上この方法はうまくいかない」


といった判断。


インタビューだけでなく、実際の判断履歴や結果まで分析する必要がある。


身体技能


溶接、スポーツ、外科手術、機械操作など。


文章だけでは移転しにくい。


文脈依存の知識


「この現場なら」


「この時期なら」


「この施工会社なら」


といった状況依存の判断。


一般ルールへ変換すると情報が失われやすい。


社会的な暗黙知


組織文化、人間関係、信頼、役割期待など。


これは一人の頭の中だけに存在するわけではない。


---


暗黙知の歴史を一本につなぐ


大きな流れとして整理すると、こうなる。


1949年

Gilbert Ryle


「Knowing how」と「Knowing that」を区別。



1958年

Michael Polanyi


『Personal Knowledge』


知識には知る人間自身が関与していると論じる。



1966年

Michael Polanyi


『The Tacit Dimension』


「私たちは語れる以上のことを知っている」



1960〜70年代


Thomas Kuhnなどによる科学共同体・実践の研究。



1970〜80年代


認知心理学・技能研究・Implicit Learning・熟達研究へ。



1980年


『暗黙知の次元』日本語訳。



1990年代


野中郁次郎による組織的知識創造論。



1995年


Nonaka & Takeuchi

『The Knowledge-Creating Company』



1990〜2000年代


Knowledge Managementの世界的普及。



2000〜2010年代


Community of Practice、熟達研究、Organizational Learning。



2010年代


Big Data、Machine Learning。



2020年代


生成AIによる経験知・判断知の抽出。


こうして見ると、


「暗黙知」という一つの言葉の中に、


約70年間の意味の変化


が詰まっている。


---


そして生成AIが登場した


生成AIによって状況は大きく変わった。


従来、


「うまく説明できない」


で終わっていた経験についても、


AIが、


「具体的にはどんな時ですか」


「正常な場合との違いは何ですか」


「失敗した事例はありますか」


「例外はありますか」


「何を最初に見ていますか」


と繰り返し質問できる。


すると本人自身も意識していなかった判断基準が表出することがある。


さらに、


- 過去事例

- 写真

- 動画

- 作業記録

- 会議録

- メール

- 判断結果


を組み合わせれば、


人間の判断の一部をかなり高い解像度で分析できる可能性がある。


---


それでもAIが直接「暗黙知」を取得しているわけではない


ここは慎重に考える必要がある。


AIが取得できるのは、


厳密には、


人間の暗黙的判断から外部に現れた痕跡


である。


例えば、


- 発言

- 行動

- 選択

- 修正

- 判断

- 写真

- 操作

- 結果


などである。


つまり、


「暗黙知そのものをデータ化した」


というより、


暗黙的判断の結果を観測し、その背後のパターンを推定している


と表現した方が正確だと思う。


---


AI時代には、むしろ「実践知」の価値が上がるのではないか


ここまで暗黙知の歴史を追うと、興味深い逆説が見えてくる。


生成AIは、


既に文章になった知識を扱うことが非常に得意である。


規程。


マニュアル。


論文。


報告書。


過去事例。


法令。


設計基準。


こうした形式知は、検索、整理、要約、比較が急速に容易になっている。


すると、


形式知を持っているだけの価値は相対的に低下する可能性がある。


一方でAIが持っていないものがある。


それが、


新しい現実を実際に経験すること


である。


---


実践しなければ、新しい暗黙知は生まれない


例えば現場で、


図面上では成立していた施工方法が実際にはうまくいかなかった。


そこで、


施工者と相談し、


納まりを変更し、


工程を変え、


実際に施工し、


結果を確認した。


この経験から、


「この条件ではこの方法は避けた方がよい」


という判断が生まれる。


これは既存のマニュアルを読んだだけでは獲得できない。


現実との相互作用から生まれた知である。


つまり、


実践 → 経験 → 判断 → 暗黙知


という流れが存在する。


AIが暗黙知を抽出できるようになればなるほど、


その源泉となる、


良質な実践経験


の価値が高まる可能性がある。


---


これは少し皮肉な構造である


AI以前は、


知識を持っている人が強かった。


しかし生成AIによって、


「知っていること」


そのものは急速にコモディティ化していく。


一方で、


まだ誰も経験していない問題に入り、


観察し、


仮説を立て、


試し、


失敗し、


修正し、


結果を確認する能力は、


依然として人間に大きく依存する。


つまりAI時代には、


知識を保有している人


から、


新しい知識を生み出せる人


へ、


価値の中心が移る可能性がある。


---


暗黙知の次に重要なのは「実践知」かもしれない


私はここが、これからかなり重要になると思う。


企業はいま、


「ベテランの暗黙知をどう残すか」


に注目している。


もちろん重要である。


しかし同時に、


次の世代が新しい暗黙知を生み出すための実践機会をどう作るか


を考えなければならない。


何でもAIに聞けば答えが出る環境になると、


若手が、


自分で観察し、


迷い、


仮説を立て、


失敗し、


修正する機会が減る可能性もある。


すると、


形式知へのアクセスは増えたのに、


暗黙知を形成する実践経験は減る、


という逆説が起こり得る。


---


「暗黙知をAIに学習させる」を言い換える


現在よく使われる、


「ベテランの暗黙知をAIに学習させる」


という表現。


歴史を踏まえて、もう少し正確に言うなら、


熟練者の行動・判断・発話・結果を観測し、その一部を再利用可能な知識表現として抽出する。


となる。


これなら、


AIでできることと、


AIでは完全に置き換えられないことを区別できる。


暗黙知を全部データベースへ入れるのではない。


暗黙的な判断の一部を、他の人が利用できる形へ変換する。


そのくらいに捉えた方が現実的だと思う。


---


暗黙知70年史が教えてくれること


暗黙知という言葉は、


時代とともに意味を変えてきた。


最初は、


人間はどのように世界を知るのか


という認識論だった。


それが、


技能や熟達の研究


へ広がり、


さらに、


企業が知識をどのように創造するのか


という経営学へ移った。


そして今、


AIによって人間の経験をどう抽出するか


という問題になっている。


整理すると、


認識の問題

→ 技能の問題

→ 組織知の問題

→ データ化の問題


へ変化してきたと言える。


---


しかし、原点に戻ると見えるものがある


ポランニーが約60年前に示した、


«We can know more than we can tell.»


という言葉は、生成AI時代だからこそ重要なのかもしれない。


どれだけAIが高度になっても、


人間の活動のすべてが、


文章、


ルール、


データ、


プロンプト


に変換できるとは限らない。


そして、仮に大量の知識をAIへ移せたとしても、


新しい状況に直面し、


そこで新しい判断を生み出す活動そのものは残る。


---


これから価値が上がるのは「暗黙知を持つ人」だけではない


AI時代を考えると、


もっと重要なのは、


暗黙知を新しく生み出せる人


ではないかと思う。


未知の場所へ行く。


現物を見る。


違和感を持つ。


試す。


失敗する。


修正する。


結果を見る。


そして、


「この条件なら、こうした方がいい」


という新しい判断をつくる。


AIはその経験を整理し、比較し、他者へ伝えることを強力に支援できる。


しかし最初の経験そのものは、


現実世界で誰かが行わなければ生まれない。


だから生成AI時代には、


「暗黙知をAIに入れる」


という議論だけでは足りない。


同時に、


人間が新しい暗黙知を生み出せるだけの実践機会を、組織としてどう残すか。


ここまで考える必要があるのではないだろうか。


---


最後に


暗黙知という言葉の歴史をたどると、


単なる「ベテランノウハウ」の話ではなかったことが分かる。


ライルは、


説明できることと、できることは違う


と考えた。


ポランニーは、


人間は語れる以上のことを知っている


と考えた。


野中郁次郎は、


それを企業の知識創造へ発展させた。


そして生成AIは今、


人間の判断や経験の一部を、これまでにない規模で形式化し始めている。


だが、その先に残る問いは意外に古い。


人間は、どのようにして新しいことを知るのか。


AIによって知識へのアクセスが容易になるほど、


実際に現実へ入り、


経験し、


判断し、


新しい知を作ることの価値は、


むしろ上がっていくのかもしれない。


だから私は、


「暗黙知をAIに移す時代」の次には、「実践知を生み出せる人の価値が上がる時代」が来るのではないか


と考えている。


---


参考文献・関連文献


- Ryle, G. (1949). The Concept of Mind. Hutchinson.

- Polanyi, M. (1958). Personal Knowledge: Towards a Post-Critical Philosophy. University of Chicago Press.

- Polanyi, M. (1966). The Tacit Dimension. University of Chicago Press.

- Kuhn, T. S. (1962). The Structure of Scientific Revolutions. University of Chicago Press.

- Reber, A. S. (1989). “Implicit Learning and Tacit Knowledge.” Journal of Experimental Psychology: General.

- Nonaka, I. (1994). “A Dynamic Theory of Organizational Knowledge Creation.” Organization Science, 5(1), 14–37.

- Nonaka, I., & Takeuchi, H. (1995). The Knowledge-Creating Company. Oxford University Press.

- Tsoukas, H. (2003). “Do We Really Understand Tacit Knowledge?” In The Blackwell Handbook of Organizational Learning and Knowledge Management.

- Michael Polanyi, The Tacit Dimension, University of Chicago Press.

- Stanford Encyclopedia of Philosophy, entries related to scientific knowledge, skill, technology and scientific revolutions.

いいなと思ったら応援しよう!