見出し画像

透明人間ルールと石ころ帽子

「透明人間ルール」という仕組みを考案して、いくつかのゲームに応用してきました。

名前だけ聞くと少し奇妙ですが、考え方はシンプルです。参加者がn人いるときに、実際には存在しないn+1人目のプレーヤーを想定するのです。

「七並べ」の新しいルール

もともとは七並べのルールを考えていた時に思いついた発想でした。このルールを最初に公表する機会となったのが『省エネ行動トランプ』でした。

ゲームの中に、その場にはいない誰かを登場させる。そうすることで、それまで見えなかった視点や考え方を議論の中に持ち込むことができます。『省エネ行動トランプ』では、「省エネさん」という架空のプレーヤーを設定し、オープンにした手持ちのカードから何を出すのかを、みんなで決めるのです。

そんなことを考えていて、ふと子どもの頃の遊びを思い出しました。

透明ランナー

子どもの頃、人数が足りないまま野球やキックベースをしたことがありました。そんな時に登場するのが「透明ランナー」です。

例えば、一塁にランナーがいることにする。ヒットが出たら二塁へ進んだことにする。

もちろん実際には誰もいません。しかし、ゲームのルールの中では確かに存在しています。

人数が足りないから遊べない、ではなく、人数が足りなくても遊べるようにするための子どもたちなりの工夫でした。

透明人間の意味

透明ランナーも透明人間ルールも、共通しているのは「いない人をいることにする」という発想です。

本当はいない。けれど、いることにするとゲームが成立する。

その人の立場や視点を想定することで、それまで見えていなかったものが見えてくる。

未来の世代について考えるフューチャーデザインの「仮想将来世代」も、どこか似た発想なのかもしれません。

その場にいない人を、ルールによって参加させるのです。

逆に、いるのにいないことにされる

ところが、透明人間について考えているうちに、逆のことが気になり始めました。いない人をいることにするのではなく、いるのにいないことにされる場合です。

その時に思い出したのが、ドラえもんのひみつ道具「石ころ帽子」でした。

石ころ帽子をかぶると、姿が消えるわけではありません。しかし周囲の人は、その人の存在に気づかなくなります。

そこにいるのに見えない。

話しかけても反応されない。

まるで道ばたの石ころのように扱われてしまうのです。

いるのに見えなくなってしまう人

もちろん、現実に石ころ帽子はありません。しかし、似たようなことは私たちの周囲でも起こります。

教室で発言したくてもできない子ども。

会議で意見を言えない人。

グループの中にいるのに、存在が見落とされてしまう人。

それは必ずしも悪意によるものではありません。けれども、そこにいるのに気づかれないという経験は、とてもつらいものです。

私は以前、『タッチ』についての記事を書きました。そこでは、「不在者の声」を誰が語るのかということを考えました。

亡くなった人。その場にいない人。声を発することのできない人。

そうした人たちの思いを、私たちはどのように受け止めることができるのだろうか、という問いです。

しかし今回は、少し違うことを考えています。

本当に難しいのは、今ここにいる人の声を聞くことなのかもしれない、ということです。

不在者の声と、目の前の人の声

不在者の声を想像することは大切です。
未来の世代のことを考えることも大切です。
参加していない人の立場を考えることも大切です。

けれど同時に、今ここにいるのに見過ごされている人、声を上げられない人、気づかれていない人にも目を向ける必要があります。

透明人間ルールについて考えていたはずなのに、いつの間にか石ころ帽子のことを考えていました。

見えない人をゲームの中に招き入れること。

そして、目の前にいるのに見えなくなっている人に気づくこと。

この二つは、実は同じ問題の表と裏なのかもしれません。

見出し画像は・・・

見出し画像は、ドイツの住宅地で撮影した「譲れ(Vorfahrt gewähren)」の標識です。一見すると、交差点で優先権を持たない側に対して注意を促す標識に見えます。しかし、よく見ると写真の右奥には、優先道路を示す黄色いひし形の標識が小さく写り込んでいます。

交通ルールは、単に「誰が優先か」を定めるだけではありません。同時に、「どこに注意を向けるべきか」を私たちに教えています。優先道路を走る人は脇道への注意が弱くなるかもしれませんし、譲る側の人は優先道路の車の動きを強く意識するでしょう。同じ交差点でも、立場によって見えるものと見えなくなるものが変わるのです。

今回の記事では、「透明人間ルール」とドラえもんの「石ころ帽子」を手がかりに、私たちが気づく存在と気づかない存在について考えてみました。見えていないから存在しないのではなく、存在していても注意が向かなければ見落とされることがあります。その意味で、この写真に偶然写り込んだ小さな黄色い標識は、記事全体のテーマを象徴しているようにも思えます。

文献案内

「省エネさん」は何を出す? ― 透明人間ルールの原点

大富豪・ベーシックラミー・99 ― トランプのルールで社会を描く

#社会心理学
#ゲーム研究
#経験設計
#ドラえもん
#包摂と排除
#ドイツの記憶


いいなと思ったら応援しよう!

杉浦 淳吉 よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!