就職活動って自由研究と同じだ!と気づいた時には手遅れだった件(逆転転職vol.01)
僕の就職活動は、「面接20連敗」の一言に代表されるように、散々なものでしたが、今思うと最初の一歩からミスってました。
大学3年生になって就職活動が本格化すると、「まずは企業研究をしっかりやりましょう」と言われるようになりました。
そこで僕は思い当たる会社のコーポサイトをしらみつぶしにアクセスしては、企業の規模や売上高、事業内容をリサーチ。エクセルにまとめていきました。その企業数は100社近くに上りました。
薄々お気づきかもしれませんが、あろうことか僕は「どういう仕事をしたいか」ということをろくに考えないまま、企業研究を始めてしまったのです。これでは小学生の調べ学習と一緒です。
これが「お勉強エリート」の悲劇なのですが、なにかタスクを与えられるとそのクリアに猛進してしまうんですね。自分で何が必要かは考えない。
もう一つ、僕はどうにも「自己分析」ってものが受け入れられなかった。世の中の苦手なものを挙げよ、と言われたら間違いなく一つには入ると思います。当時は「なんかスピリチュアルっぽくて無理」とか言ってましたが、まあ苦手だからやりたくなかったんですよね。
結局、就職活動が本格化するまで、僕は自己分析をろくにせず、目的を持たないまま企業研究を続けました。
ぼんやり「マスコミ系」に行きたいという思いはあったものの、「なぜマスコミなのか」「マスコミで何をしたいのか」ということは全然言語化できずにいました。一般企業に先駆けてスタートした大手メディアの面接はことごとく一次面接で落ちました。
そこでも僕は自分の問題に気づきませんでした。「まあ、どこかには引っかかるだろ」くらいには思っていたのです。企業研究の対象にした会社(多くがいわゆる大企業)のエントリーシートを書きましたが、今思えば読めたものではなかったと思います。ここにも「なぜ」がないのですから。
そして、面接を迎えました。
さすがにデタラメ書いてると思われるかもしれませんが、この時まで僕は「自分が何をやりたいのか」をろくに考えてこなかったのです。
すると、何が起きるのか。
面接官「では、志望動機を教えてください」
僕「え、あ、えーと……」
どんな就活生でも最低限は用意してくるであろう質問すらまともに回答できない。
質問者からしたら、ありきたり中のありきたりの質問なのに、テンパられて、むしろ困惑したのではないでしょうか。
一方、僕はその度に頭の中が真っ白になって、どうすれば良いかわからなくなっていました。
だんだん面接自体が怖くなり、それで余計に回答ができなくなっていきました。
こうして面接は、エントリーシートの通過した21社中、20社で一次面接落ち。20社連続の「お祈り」でした。
21社目は、某テレビ局。
一次面接で初めてまともに話せた感触があり、ようやく面接とはどういうものなのかがつかめました。もともとマスコミ志望ということもあったので、「最後の最後に、こういうのが縁ってやつか」と呑気に考えていました。
が、現実は甘くはありませんでした。
続く二次面接の結果は不採用。
これで僕の就職活動は一旦、終了しました。
そのテレビ局から通知のメールが来た夜、僕はひとり馴染みのラーメン屋で自棄食いしていました。普段ならゼミの仲間と飲みに繰り出す火曜日にもかかわらず、まわりの誘いを振り切り1人きりになりたかったのです。
現実が受け入れきれず、涙もこぼれない。
ラーメンをひたすらすすりながら、ふと自分の過ちに気づきました。なぜ、他の会社がダメで、最後の最後にテレビ局だけ一度面接を通過できたのか。
それは、「自分のやりたいこと」が多少は話せていたからです。
そのとき、自分という人間が「自分のやりたいこと」を選択することが非常に苦手だったことを思い出しました。
その象徴が、「夏休みの自由研究」です。
勉強好きな僕は、7月中に宿題をほとんど終わらせるようなこどもでした。けれど、「自由研究」がどうにも好きになれなかった。
なにをしたらいいのか、がわからなかったからです。
自分でテーマを決められないでいるうちに、見かねた母が「自由研究のテーマが見つかる本」を買ってきて、しまいには親にテーマを決めてもらう始末。
テーマが決まれば、一生懸命頑張れるので、毎回先生には褒められました(苦笑)。そういうこともあり、「まあ、これでいいか」と思って毎年やり過ごしていました。
けど、全然よくなかった!
結局、僕は「自分でテーマを決める」=「やりたいことを見つける」ということにおいて、決定的に欠落した人間になってしまっていたのです。なまじ勉強ができた分、それで困ることもありませんでした。
そんな自分の一番苦手な部分が、就職活動という人生の大きなターニングポイントで露呈してしまったのです。
正直、このゲームルールを恨みました。
足が遅いとか、整理整頓ができないとか、なんなら人の気持ちがわからないとか、そういう欠点は誰でもひとつやふたつあるものです。けれど、それが就職活動において決定的にビハインドになることはありません。
でも、「自分のやりたいことが見つけられない」という僕の欠点は致命的でした。なぜ、自分だけがこんな目に遭わないといけないのか…。いろんなものを逆恨みしました。
ただ、その時の僕は正直言って「青かった」部分もあります。
別に誰もが明確な「やりたいこと」を強く持っているわけでもないのです。でも、就職活動という「やりたいことが求められるゲーム」の中で、最適な回答を見つけて、それを面接に向けて準備してきているのです。
僕はどこかで、「面接の準備なんて姑息なことは必要ない」と思っていました。犬養毅じゃないですけど、「話せばわかる」と。青いですね〜。要は、就職活動というものがてんでわかっていなかったのです。
自分がいかにトンチンカンだったか、21社もの会社に「お祈り」を食らってから、ようやく気づくことになりました。22年も生きてきて、なんだったのだ…と思いました。
けれど、社会人になって、それなりにまともな会社員として10年近く働いてきてわかったのは、あの時悩んで苦しんできたことなんて、働く上では99%意味がないということです。
企業も就活生も、「やりたいことがある」風を装い、「自己PR」なるもので評価するというゲームルールでゲームをしているだけなのです。そのゲームの出来不出来と仕事の能力は全く関係ない。一流企業に、自己プロデュース力だけやたら高いトンデモ新人が入ってくるのがその証拠です。
面接で落ち続けてたときは、本当に辛くて、自分はもう社会に出られないのではないか、そもそも社会から必要とされていないのではないかと、真剣に思いました。でも、そもそもそういうことじゃなかった。
自分はどこか能天気で、社会のゲームルール(=仕組み)を全く理解していないだけだ。
結果的にこれが大きな転機になりました。
社会をサバイブするために「社会の仕組み」とどう向き合うかを考える大きなきっかけになったのです。
その後の僕のある「選択」についても、記事に書きました!こちらもあわせてお読みください
(有料記事ですが、ほぼ無料で読めます)
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