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アメリカの「脱・脱炭素」ってサステナブルですか?~わこさんのワイン片手の経済視点~

(第八十三回)看板を下ろしても進むものは進む

前回は「環境表示ガイドライン」改訂のお話

前回は、3月に改訂が発表された環境省の「環境表示ガイドライン」についてのお話でした。単に「環境にやさしい」とか「サステナブル」などというイメージ戦略が通用しなくなって、実際のデータで裏付けることが求められる、というお話です。これを「やらされ仕事」としてとらえて社内にBSJ(ブルシットジョブ:クソどうでもいい仕事)をはびこらせるか、差別化のための攻めの手段とするかによって、企業の行く末は変わります。そのかじ取り自体がガバナンスですよね、というお話でした。

アメリカでも環境関連情報開示ルールが転機

環境ネタが続いて恐縮なのですが、アメリカでも環境関連の情報開示のルールが転機を迎えました。2026年5月4日に、米SEC(証券取引委員会)が、バイデン政権下で制定を目論んでいた気候開示規則の撤回案を米政府に対して提出しました。これまでトランプ政権は、再エネ開発の補助金を停止したり、反ESG投資に関する指令を出したりと、脱炭素の動きに対して外堀を埋めた形となっていましたが、それに追い打ちをかける、場合によってはとどめを刺すような話に見えます。

バイデン政権下での規制案が葬られる

そもそも、この環境関連開示規則は、バイデン政権下でSEC委員長だったゲンスラー氏が、企業のGHG(温室効果ガス)排出や気候変動対策を促進するためにルールを策定しようとしたものでした。原案ではScope3(取引先などサプライチェーン全体)のGHG排出量を開示するようにという話までありました。

脱・脱炭素の一つの象徴です

ただ、これに対しては企業側が、自分たちが訴えられたらどうする?とSECに対して訴訟を起こしたため効力を停止していて、トランプ大統領になってからはこの規則を事実上放棄していました。ですから、今回の話は実質的にはサプライズではなく、一つの象徴ということだとは思います。

GHGの開示には訴訟リスク

Scope3の測定や開示とかって、いろんな仮定を積み上げて試算するという部分があるので、「不正確だ」ということで訴えられるリスクは否定できないわけです。で、Scope1+2(自社で直接・間接に排出するGHG)だけでの開示ということになったのですが、これに対しても測定精度などについてガタガタありました。

国家ベースでは開示は義務にならない

日本企業を含めて、グローバルに活動する企業としては、TCFD(気候変動関連財務情報開示タスクフォース)に準拠して情報開示を行っている企業が増えているわけですから、Scope1+2の開示は義務、それをどう減らしますか&温暖化が進んだ場合の企業としての戦略的な対応(機会とリスクの分析)はグローバルスタンダードになっています。いずれにしても、今回の撤回によって、アメリカで国家ベースではこうした開示が義務にならない、ということです。

脱炭素が後退しているわけではない

脱炭素の情報開示の義務化が連邦法的に無くなった、ということで、脱炭素に向けた動きが後退あるいは葬られたという印象を持たれがちですが、そう簡単じゃないところが面白かったりします。トランプ大統領が石油や天然ガスを「掘って掘って掘りまくれ」と言っているので、電力ソースとしての化石燃料が増えているのか、と思いきや、この10年で化石燃料の比率は減少しています。

風力・太陽光の発電シェアが石炭を抜いた

2015年には電力の3分の2(約67%)が化石燃料由来でした。ところがこの10年で風力や太陽光が急拡大し、2024年には風力・太陽光のシェア(約17.9%)が石炭(約15.7%)を年間ベースで初めて追い抜くという歴史的逆転が起きています。自然環境のおかげでもあるのですが、2025年3月には、一月だけですが風力・太陽光・原子力・水力の合計が50%を超えるという状況にもなりました。最大の理由は再エネの発電コストが低下して、化石燃料よりも安くなってきていることです。

米EIA(エネルギー情報局)のデータから作りました

再エネ投資は共和党地盤の州が積極的

以前の回でも書いたと思うのですが、こうした再エネ投資は共和党が地盤としているテキサスやジョージア、サウスカロライナといった「赤い州(Red States)」で積み上げられていたりします。トランプ大統領がワシントンで「ESGは詐欺だ」と叫び、SECルールを撤回させる圧力をかける一方で、共和党議員は地元で経済合理性を追求して安価な電力とそれに関連する雇用創出を追求しているわけです。政治や行政がやっているわけではなく、民間企業がやっていることだとしても、議員さんと大統領、同じ方向は向いていないですよね。

カリフォルニアはワシントンに反旗

一方で、環境政策でワシントンに明確に反旗を翻しているのが、ワイン生産国カリフォルニア州です。州法で、カリフォルニアでビジネスをやる企業に対して、「Scope3」の完全開示と気候関連の財務リスク開示を求めています(SB253/261)。

カリフォルニアの経済規模は無視できない

SB253はカリフォルニア州で事業を行う、年間総収入が10億ドル(約1,500億円)以上の企業が対象です。こうした企業に対して、2026年8月にScope 1・2の報告、2027年にはScope 3の報告義務がスタートすることになっています。さらに、将来的には第三者保証もつける形でデータの正確性を担保することも視野に入っています。

また、SB261は、カリフォルニア州で事業を行う、年間総収入が5億ドル(約750億円)以上の企業に気候財務リスク開示を求めています。カリフォルニア州は、州だけのGDPを国として比較すると世界5位という統計もあるくらいですから、ここの経済力は無視できません。

伝統的に環境問題に前のめりなカリフォルニア

もともと民主党が強い州だということもありますが、カリフォルニア州は伝統的に(?)環境問題に前のめりです。1940年代に工業排煙によるスモッグの被害が深刻になり、環境対応が死活問題になりました。これによって、連邦政府に先んじて厳しい独自基準を導入する伝統が確立しました。1970年クリーンエア・アクト(マスキー法)制定時にも、歴史的な背景から「連邦より厳しい独自基準」を設けるための特権を勝ち取りました。ワインが山火事で煙臭くなるから、ということではないわけです。

カリフォルニアの燃費・排ガス規制が全米標準になった

カリフォルニアという巨大市場を失いたくない(勝ち取りたい)自動車メーカーが燃費改善や排ガス規制対応を進め、それが事実上の全米標準になりました。また、その対応に成功した日本の自動車メーカーが米国での販売を伸ばしました。(それが日米の貿易不均衡につながって、トランプ大統領のMAGAにつながってもいるわけですが)

現代版マスキー法?

同じようなことがSB253/261への対応に関しても起きると考えるのが自然でしょう。いわば、現代版マスキー法です。SECやワシントンが義務化を撤回しても、これがアメリカでのデファクト・スタンダードになる可能性はあります。ただし、上にも書きましたが、GHGの測定は不正確な部分があることは否定できず、株主などから「虚偽開示」として訴えられる可能性があるため、特にScope3についてはどのように開示されるのかは不透明なところがあります。

気候変動による天災の影響は米家計にとって死活問題に

とはいえ、多くのアメリカ国民は、気候変動による天災の頻発で苦しんでいます。脱炭素の議論は、よく『未来の地球のため』という綺麗事で語られがちです。しかし今、アメリカの一般家庭にとっては、それが『明日の生活が破綻するかどうか』の死活問題になっているとも言えます。

住宅の無保険世帯が増加

例えば、住宅への保険料が高騰し、無保険の人たちが増えていて影響が懸念されています。気候変動による天災の頻発で、アメリカでは住宅保険料が文字通り『暴騰』しています。あまりの高さに保険を解約し、丸腰で暮らす『無保険世帯』は今や全米で7世帯に1世帯(約13.6%)に達しています。すごくないですか?

住宅金融の前提が揺らいでいる

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