ワインのGIってサステナブルですか?~わこさんのワイン片手の経済視点~
(第八十一回)地理的表示がマーケティング・ツールだとして、それを使い続けられる?
前回は、ネイチャー・ポジティブのお話
前回は、上場企業に求められる自然環境との関わりについての情報開示とその延長線上でのネイチャー・ポジティブ、というお話をしました。言葉で言うのは簡単ですが、実質的には何が「ネイチャー・ポジティブ」なんだ?ということから始まっていろんな問題に派生します。でも、地球上に存在している以上、企業が自然に対して負っている債務の返済努力は義務として続けていただきたいですよね。
ワインの地理的表示などというお勉強みたいな話
今回は、久しぶりにワインのお勉強っぽい話を。ワインのお勉強を始めると、ブドウの品種とともに産地のお話が出てきます。そこでワインの「産地証明」(必ずしも個々のワインのクオリティとはリンクしないのですが)としての地理的表示、つまりGI(Geographical Identification) ってヤツが現れます。
用語説明
EUの制度ではPGI(Protected Geographical Identification:保護地理的表示)にあたり、その上位の格付けがPDO (Protected Designation of Origin:原産地保護呼称) になって、国によっていろいろとさらに格付けが上乗せされます。フランスワインでAOC(Appellation d'Origine Controlee:原産地統制呼称、本当はPDOのフランス語表記でAOPって言わなきゃいけないんですが)とか言ってる、アレです。
結局ある種のお墨付き
例えばワインのエチケットにAppellation Bordeaux Controleeとか書いてあったりします。これが書いてあると、このワインはフランスのワイン法で定められた栽培方法や収穫量や醸造方法に従って造られた、ボルドーの地域特性を表現したと認められるワインです、ということになります。ある種のお墨付きですね。
消費者と生産者の情報ギャップを埋めてくれる
ですから、消費者が「ボルドーの赤ワインが飲みたい!!」と思ったら、この表記があるワインを選べば、とりあえず外れはないです。生産者もとりあえずその格付けを取得すれば、ボルドー・クオリティのワインだとお墨付きを得られることになります。生産者のことを知らなくても、大体こんなワインが飲める、という情報のギャップを埋めてくれるのがこの制度ということになるでしょう。
お勉強する人は格付けピラミッドを覚える
そこからさらに上(例えばAC Margaux、マルゴー村産であるという上位の格付け) を目指すとなると収量を絞ったりといろんな条件がありますが、地域名格付けよりも高級感を醸し出してお値段を高くしやすかったりするので、マーケティング的にはプラスになったりします。なので、お勉強するときにはその格付けの「ピラミッド」を頑張って覚えたりします。
マーケティング・ツールとしてのGI
黙って美味しく飲んでりゃ良いものを、下手にWSET Diplomaなんて資格を取ったもんですから、わこさんはどうしても産業としてのワインのことを考えたりするわけです。ワインメーカーがサステナブルにワイン造りを続けていくためにはどうするか?当然ワインを売らなきゃいけなくて、売るためにはマーケティングが必要です。
そのマーケティング・ツールとしてこのGIってのが、使えるわけです。「ピラミッド」を見せて、一番下層だけどフランス産ワインなので普通に美味しい、その割に下層なのでお手頃価格です、とかやったりします。
一方で今年もエルニーニョが発生しそう
一方で、気候変動の影響がヒタヒタと迫ってきています。2026年、エルニーニョ現象が発生しそうだと4月24日にWMO(世界気象機関)が発表しました。エルニーニョが発生すると、異常気象が頻発しやすくなったり、世界の気温が高くなりやすくなったりするとされています。
気候変動の下でGIはマーケティング・ツールとして使い続けられる?
ワイン産地で大雨や干ばつ、森林火災などの異常気象が発生したり、気温が上がったりすると、これまでと同じブドウ品種で同じクオリティのワインを造ることが難しくなってきます。こうした問題に多くのワイン産地が直面しています。その時に、GIという「産地証明」が引き続きマーケティング・ツールとして使い続けられるんでしょうか?というのが今回の問題意識です。
「金科玉条」になると…
特に、GIが「守るべき伝統」であるという立場に立つと、話は難しくなりそうです。つまり、「変えてはいけない金科玉条」ということになると、産地として変化に適応できなくなります。
EUのPDOはレシピの固定化になっている
PGIはともかく、EU(ワインでいう旧世界)のPDO制度の(あえて言いますが)問題点は、それが単なる「産地」の定義ではなく、「レシピ(品種、栽培方法、醸造規定)」の固定化になっているということでしょう。「この畑で、この品種を、こうやって作れば、この産地の特徴を活かしたスタイルのワインが造られる」という図式が出来上がっているわけです。
単一品種を看板とするPDOは厳しそう
ところが、この「産地」の環境が気候変動によって変化しているわけです。特に深刻なのは、ブルゴーニュのピノ・ノワールやバローロのネッビオーロのように、「単一品種」を看板にするPDO(バローロはDOCGになりますが)です。これらの産地は、特定の品種が特定の気候条件で完璧に熟して最上級のワインが造られるという絶妙なバランスの上に成り立っています。しかし、気温が上昇すると、このバランスが崩壊します。
気温上昇でかつてのスタイルの表現が難しく
例えば、これまで冷涼な気候のおかげでエレガントな酸を保てていた産地が、猛暑によって糖度が上がりすぎてアルコール度数が高くなって酸は失われ、かつての「その土地らしさ(テロワール)」を表現することが物理的に難しくなってきています。
でも変えられないと?
それでもPDOのルールは「その品種を使い続けろ」です。結果として、かつての味わいを再現できないにもかかわらず、名前だけは「ブルゴーニュ」や「バローロ」になっちゃったりします。これでは、消費者が求めている「信頼のラベル」としての機能は果たせないかもしれません。
制度から離脱する有名生産者も
また、ボルドーではポムロールの有名どころ、シャトー・ラフルールが、気候変動への適応(品種選択や栽培法の変更)を自由に行うために、あえて伝統的なAOC(フランスの原産地呼称)の枠組みから離脱しました。これは固定化されたPDO制度がワイン造りの阻害要因になっているということの象徴になりそうです。「産地証明」が意味をなさない状況になってきているということでしょう。
PDOが限界に
これは、EUのPDOの限界を露呈しているとも言えます。「伝統」を守るために品種や栽培法を制限し続けると、ワインの品質は低下し、市場価値が落ちて売れなくなります。かといって、気候変動に適応するために耐暑性のある新しい品種を勝手に植えたり、栽培方法を変えようとしたりすれば、それはPDOの規定違反となり、格付けを剥奪されるリスクが生じます。
土地は動かない
ブルゴーニュではブドウ畑を気温が上がりにくい丘の上の方に広げたり、ボルドーでは一部新しい品種の使用を認めたりして品質を維持しようとしていますが、土地が動かない以上、産地全体の栽培環境を維持することはできません。そうした中では、EUワイン法の下で「伝統を守る」ことは非常に難しくなってきているように見えます。
アメリカのGIは産地を規定するだけ
このGIという産地証明ですが、アメリカではその設定の考え方が大きく違うように見えます。アメリカのGIはAVA(American Viticultural Areas)ですが、AVAが規定しているのは「地図上の境界線」だけです。栽培品種や栽培方法、醸造方法といった「ワインのレシピ」は決められていません。
特定のエリアをAVAとして認定してほしい場合、申請者は「その土地が周辺とどう地理的に異なるか」を科学的に立証し、米国連邦政府のTTB(Alcohol and Tobacco Tax and Trade Bureau:アルコール・タバコ税務貿易局)に「請願書(Petition)」を提出します。地形や気候、土壌や物理的境界などでその土地の特徴を立証するわけです。
で、TTBが審査し、認められればAVAとし定義されます。土地の特徴なんてモノは言いようですから、いろんな境界が引けます。なのでアメリカワインの勉強をすると、縦横斜めにいろんなAVAが重なっていて訳わかりません。
一旦認められれば最適解を常に追求できる
それはともかく、一旦AVAが認められれば、例えばナパ・バレーというAVAの中でカベルネ・ソーヴィニヨンを作ろうが、シャルドネを作ろうが、樽熟成させようがしまいが、すべて合法です。AVAが保証しているのは「ブドウ畑がナパである」という産地の事実のみです。その結果、生産者は「その土地で何を作れば高く売れるか」というマーケティング的最適解を常に追求できるわけです。
マーケティング的に非常に都合が良い
これは極めてマーケティング的に都合の良いシステムです。
消費者が「ナパ・バレーのワイン」という地図上のブランドを欲しがるなら、そのブランド価値を最大化するように中身を自由にアレンジできます。実際にやるかどうかはともかく、もし気候が変われば、適切な品種や栽培、醸造方法を変えればいいわけです。非常にレジリアントでしなやかな制度と言えます。もちろんナパはナパで、そんなことを上回るような干ばつや山火事のリスクに直面しているわけですが。
格付けの階層がない分価格差を説明するツールにはならない
ただ、AVAにはEUのPDO制度のピラミッドのような、格付けの階層がありません。モンダヴィとかキスラーとかいう造り手に値段はつくとしても、客観的な格付けに基づく価格のピラミッドが作りにくいわけです。新世界ワイン産地の多くでは地域名をGIとしていますが、それだけで価格差を付けられるようなマーケティング・ツールにはできていないところが多いのではないでしょうか。
アルゼンチンなどはハイブリッド戦略
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