マレビト 2話 初戦2 《創作大賞2026年エンタメ原作部門》
人間の体内には、トコヨカグラと呼ばれる霊的器官がある。目に見えないがそれはある。トコヨカグラには28の霊穴が開いている。普通の人間の霊穴は2~3個しか開いていない。イナバのトコヨカグラの霊穴は24個開いている。20個以上の霊穴が開いている人間をセイセキは、マレビトと呼んでいる。稀人。客人。異人。それは福をもたらす来訪者か。それとも零落した神の成れの果てか。トコヨカグラが生成する真気を自在に操り、身体能力を強化し、超常の力をふるう人外の者マレビト。人間の負の想念を喰らい、現世に顕現する邪霊オウマガツ。霊的な力でしか倒すことのできない邪霊オウマガツと人外者マレビトの霊的攻防戦が始まった。
五行術(ごぎょうじゅつ)
この世には五行という概念がある。陰陽五行なんて言葉がある。セイセキはこの陰陽五行で世界が成り立っていると考えている。
木火土金水(モクカドゴンスイ)の五行。
世界は陰陽五行でできている。人間もまたしかり。人間にも各々五行がある。トビは火行(かぎょう)の人間。火行のマレビトは火宗(かしゅう)に属する。
トビが使う術は五行術の1つ炎術(えんじゅつ)である。華やかでド派手。見映えのよいトビにはお似合いである。
もっとも、こんなに鮮やかな炎術は近年あまり見たことがない。その真気の集中から術の構成までの速度と、構成の緻密さは同年代のマレビトの中ではダントツと言っていい。
トビが焼き殺した男は、人間ではない。かつては人間であったが、今は人間ではない。セイセキの言葉ではシモベと呼んでいる。
さて、他のシモベも狩るとしよう。イナバは右手の数珠に意識を集中した。この数珠は霊具エドゲイン。
イナバの端正でどこか無国籍な容貌に変化が現れる。両目が銀に輝きだした。真気を使う時のマレビトの特徴である。普通の人には見えないが。本物の霊能者なら、イナバの目の輝きに気付いたかもしれない。
イナバの口が動く。
「縛」
声はたいして大きくない。たぶん、本人以外は聞こえなかっただろう。数珠はその場で勝手にほどけて12の珠(たま)に分解された。空中を浮遊する12の珠。小さな真珠ほどの珠は、音もなくスルスルとヒモ状に変化して、5人の半グレに向かって飛んでいく。
数珠が勝手に散らばり、空中でヒモに変化して、スルスルと飛んでいき男たちの体に巻きつく。およそこの世の出来事とは思えない奇妙な光景。これは奇術か幻術か。どれにも在らず。これぞ五行術の金術が1つ、金縛(キンバク)の術。
これは先程のトビの炎術とは違い、物質を直接使用する術なので、霊能力がない人間の目にもはっきりと見える。だから、人前ではなかなか使えない。というか、使ったらアウトだ。
五行術の上位に、陰陽術(いんようじゅつ)という術がある。陰術と陽術。五行術をある程度できないと、習得させてもらえない。しかし、どちらか1つしか修得できない。その人の資質によって、陽術か陰術かが決まる。
浄化や治癒、身体の強化など多岐にわたる陽術と、精神を操る幻術や影を操る陰術。
お前は陰だね。師父にそう言われたときは結構ショックだった。なんとなく陽術のほうがイメージがよかった。同期のカイは陽術。なによそれって感じ。
陰術には、影を使った特殊な術がある。影を使って人を拘束する影縛りとか、影の中を潜る影潜りなんてのもある。
イナバが属する金宗(きんそう)は、剣と刀で斬って斬って斬りまくれの脳筋チンピラ集団である。別名剣宗(けんそう)。
火宗(かそう)は、金宗に並ぶというか、金宗以上のチンピラ集団だ。だが、癪(しゃく)にさわるが、金宗ほどの汗臭さを感じないのだ。どこかスタイリッシュでお洒落だ。いやな感じ。
イナバは腰に着けた刃物を音もなく引き抜いた。刃長1尺3寸(39センチ)の両刃の直剣。霊具幻蔵。剣の形をしているが、霊具である。ただ、普通の剣としても使える。越王勾践の剣を少し小ぶりにした感じだ。
越王勾践剣は鍔(つば)が無いが、幻蔵には鍔をつけている。
イナバは左利きなので、左手でさらりと握った。直剣の刀身が白銀に光輝く。イナバは動いた。何の構えもない。無挙動の瞬身。
瞬く間もなく8メートル先の金髪男の眼前に音もなく移動した。金髪男の黒星(ヘイシン)は沈黙したままだ。何の反応もできない。もっとも反応しようにも、金縛が効いているから何もできない。
イナバは金髪男の目の前で、反時計回りに回転した。高速ターン。1回転すると金髪男の首がスコーンと飛んでいった。高速回転の遠心力が乗りに乗っている状態での剣鉈の一閃。
目にも止まらぬその一撃が金髪男の首をマネキン人形のように切断したのだ。飛んでいった金髪男の首はというと、体から切り離された途端、黒い炎に包まれて一瞬で燃え尽きると灰となって散った。体も同様。燃えて灰になり散って、後には何も残らない。シモベの最後である。
まだ終わっていない。金髪男の首が切り離された時には、イナバはすでに移動していた。隣の坊主頭に向けて左に移動しながらもう1回転した。坊主頭の首が飛び、黒い炎に包まれて灰となって散る。
そのまま止まることなく移動し続ける。坊主頭がいた場所に移動する。目の前には長髪男がいる。こちらを見た気がする。ここまでだ。
氷川流という剣術をベースにしたイナバ独自の剣術である。この駒のような高速ターンは他の剣術にはない独自の動きだ。イナバはこれを氷川流陽式と呼んでいる。攻撃に特化した型だ。陰式と呼ばれる防御的な型もある。
ミョウコウが巨大なタクティカルアックスで2人の首を紙屑のように瞬斬していた。4人の半グレは全て灰になった。
さて、1人だけ生かした。その意味は簡単だ。聞き出せる情報は聞き出したい。
「まあ、わかってるよね」
イナバは直剣の切っ先で長髪男の頬を優しくなぞった。
「へへへへ、なんでも言います。なんでも聞いてください。俺、大村翔と言います。でも、みんなはマッキーって呼んでます。でも、ショウって呼んでほしいな。あとさ、そちらの姉さん、めちゃくちゃキレイですね」
長髪男はこれ以上ないほど卑屈にしゃべるのだが、信じられないぐらい図々しかった。トビはなにも言わなかった。長髪男を見もしなかった。アタシはその男とコミュニケーションをとる気は一切ない、とその後ろ姿が語っていた。イナバはこの軽薄な男との会話を続けた。
「じゃあ、ショウ君と呼ぶよ。君に聞きたいことがあるんだ。いいかな」
「いいっスよ。兄さんイケメンだからなんでも聞いてスよ。ねえ、兄さんと姉さんはつきあってんの? どうなの? 美男美女でお似合いじゃん」
どこまで本当か知らないが、つい反応してしまった。
「ウソ? 似合ってる?」
「マ~ジ~よ。マジもマジ。大マジよ。うらやましいねえ。やりまくってんだろ。いいな、いいな。俺も混ぜてクリクリ。げっへへーー」
止める間もなかった。トビの鉄拳が、大村翔と名乗る長髪男の顔面を打ち抜いた。マレビトの驚異的な身体能力で、人間の頭部を殴れば大怪我なんてレベルでは済まされない。
いや、普段のマレビトならともかく、真気を循環させた戦闘状態なら、簡単に殺せるだろう。首の骨がへし折られるか、あるいは頭部がザクロのように弾けるか。何にせよホラー映画顔負けの惨事になるであろう。
だが、この男は人間ではない。我々の言葉で言うところのシモベと呼ばれているヤツだ。見た目は人間だが、人間ではない。自称大村翔は、首も折れていないし、頭蓋が割られてもいない。鼻がへし折れた以外はたいして気にもしていないといった感じであった。
「わおー、超激しいっス。やりてぇ。めちゃくちゃやりてぇっス。姉さん、ハメハメしてえよ。ハメハメ波! 何でも聞いてよ。何でも教えるよ。そのかわり、姉さん、やらしてよ。それとも兄さんがやる? 俺、どっちもいけるス。バイで~す。バイバイで~す。兄さんなら、すっげーサービスしちゃうぜ。ひゃっほい!」
残すヤツを間違えた。こいつはさっさと殺るべきだった。真ん中の金髪男を残すべきだったかも。頭痛くなってきた。
「いいだろう。お前が答えたら、こっちのニット帽の兄ちゃんを好きにしろよ。前も後ろも何でもお前好みでな」
ハスキーボイスというほどではないが、ほんの少しだけざらつくトビの声。語尾がほんの少し、かすかにざらつくのだ。このざらつきが妙に心地いい。
トビは生き生きとしている。なんか阿吽の呼吸という感じだ。ちょっとおかしくないか。このままだと、とんでもない方向に行きそうなので、釘を刺す。
「ちょっと待て、オレ、いやいや、知らないぞ。男とやったことないぞ。どっちがどっち?」
「そこ?」
珍しくミョウコウが発言した。イナバとミョウコウの発言を軽くスルーするとトビは話を進めていった。
「質問はシンプルだ。お前のボスはどこにいる? あの工場の跡地のどこにいるよ? 私らはそれが聞きたい? ボス? それとも主(あるじ)かな。まさか、上司? 社長とか。先生、校長。お前が何て言っているのか知らないけどさ。いるだろ? 知ってるよ。あたしらは、そいつをぶっ殺しにきたんだよ、」
やべえ、カッコいい。自称大村翔のへし折れた鼻がいつの間にか元に戻っている。まだ数分も経っていない。回復速度が桁外れに早い。人外の化物(ばけもの)。
「クィーンか。クィーンに会いたいってか。まあ、たぶん、そうだろうなとは思ってたよ。クィーンに言われたよ。自分をぶっ殺しにくるヤツらがいるから、そいつらに会ったら案内しろってよ」
いったん、しゃべるのをやめた。そして、うんと溜めてから、また口を開いた。
「食堂で待ってるよ。我らがクィーンがよ。もっと知りたかったら、色々サービスしてくれよな。わかってるだろ。まず、ふぇーー」
直剣が一閃した。頭と胴体が一瞬で離れ、同時に黒い炎に包まれた。炎は一瞬明るく燃え上がったが、それはほんの一瞬であった。
あとは灰になって散った。本当はもう少し話すべきなのだろうが、この男がしゃべると頭が痛くなる。シモベでよかった。これが人間ならさっさと殺せない。
イナバは直剣を素早くしまった。現実世界で警察に見られたら一発アウトである。
直剣をしまったところを確認したミョウコウは、地面に置いていたスマフォを拾い上げた。今まで、特殊なアプリを起動していたのだ。そのアプリを停止した。
視界はなにも変わらないが、音が一気に増えた。車の走行音と鳥の鳴き声がする。トビが背伸びをしていた。
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