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マレビト  3話 突入1 《創作大賞2026エンタメ原作部門》

人間の体内には、トコヨカグラと呼ばれる霊的器官がある。目に見えないがそれはある。トコヨカグラには28の霊穴が開いている。普通の人間の霊穴は2~3個しか開いていない。イナバのトコヨカグラの霊穴は24個開いている。20個以上の霊穴が開いている人間をセイセキは、マレビトと呼んでいる。稀人。客人。異人。それは福をもたらす来訪者か。それとも零落した神の成れの果てか。トコヨカグラが生成する真気を自在に操り、身体能力を強化し、超常の力をふるう人外の者マレビト。人間の負の想念を喰らい、現世に顕現する邪霊オウマガツ。霊的な力でしか倒すことのできない邪霊オウマガツと人外者マレビトの霊的攻防戦が始まった。

あらすじ


イナバはテイクアウト用の容器の蓋を閉めた。ちょうど、昼飯を食べ終わったところである。オフィスに置いてあるような、徹底的にデザインをそぎ落とした、無個性な丸い時計だけがかけてある殺風景な白い壁。



マンションの1室だが、生活用ではなく何かの事務所として使われているのであろう。生活臭のない部屋であった。



セイセキが元々所有していた物件なのか、それとも臨時で借り上げたのかは知らない。例の廃工場の大通りを挟んだ向かいに建っているマンションの五階の1室である。



時計の針が12時40分をさした。テレビからは、早朝に新宿歌舞伎町で起きた奇妙な騒乱事件について騒ぎ立てていた。当分連日連夜この騒ぎでどんちゃん騒ぎをするであろう。



いわく、早朝、歌舞伎町で複数の若い男女が乱闘を起こした。ここまでは、まあ、別に奇妙でもなんでもない。よくあるかはともかくとして、なんてことのない暴力事件である。ここまではよい。



奇妙なのは、歌舞伎町の中心地であるにも関わらず、あれだけ多数の防犯カメラがあるにも関わらず、その防犯カメラがほぼ作動しなかった。乱闘の中心となった東方シネマ周囲の防犯カメラは全てシステム障害を起こしていた。




人為的な何か、中国の秘密の電子兵器の実験だと言う人、中国ではなく、アメリカだという人もいる。ひと昔前なら、ここにロシアないしはソ連の名前が加わったことだろう。多数の人がいたにも関わらず、目撃者の数が妙に少ない。




また、目撃者の証言が、あまりにも荒唐無稽であったことが騒動に拍車をかけた。曰く、手足が引きちぎられた。曰く、人間がみるみる干からびてミイラになっただの、B級のホラー映画じみていた。誰も信じるわけがない。




そのうち目撃者の多くは嘲笑されるだろう。数時間後には、目撃したことを否定する者も現れるだろう。当時、眠かった。体調が悪かったなどなど。



現場の状況は酸鼻を極めていた。シネシティ広場は血の海であったとか。実際にこの目で見ていないので断言はできないが。シネシティ広場に設置されていた8メートルを越える大型街路灯が根本からへし折られ、向かいのフライドチキン専門店のガラスを突き破って店内に深々と突き刺さっていた。




このフライドチキン専門店は営業前のため、当然、死傷者はゼロ。普段、この早朝6時台に、このへん一帯にはそこまで人がいないのだが、昨夜、若者向けのイベントが新宿であった。



そのイベントに参加した若者たちが、夜通し盛り上がり、一部の若者たちが歌舞伎町にも流れ込んでいた。現場の惨状から、多数の負傷者がいると考えられるが、この騒乱に加わった人物は1人も見つかっていない。死体が何体か出てきても不思議ではないのに。



真相が明かされることはない。これはどう見たって、我々、セイセキの事案である。ワイドショーは朝から、このニュースでもちきりであった。それよりも月曜日に三鷹市下連雀で発生した奇っ怪な猟奇事件が気になったが、もうほとんど報道されていない。あ~あ、楽しみにしていたのにな。










「うまいじゃん」



その言葉を何度も連呼した。そして、別の小皿に麻婆豆腐を山盛りに盛るとイナバの方に寄越した。気に入った、ということだろう。イナバは、仕事の前の飯はなるべく自分の好きなものにしている



玄関で音がした。誰かが来た。廊下から50代の生活に疲れた顔をした女が顔を出した。コサギ。イナバたちよりは1世代以上離れたマレビトである。



コサギは、外見は50前後だが、実年齢は100歳を越えている。コサギはいつも疲れた顔をしている。



コサギが口を開いた。低く心地好い響きのアルトヴォイス。



「昼飯は終わったね。みんな朝早くからお疲れさま。さて、ブリーフィングを始めるよ」



緊急招集を受けたのは朝の7時である。この時点では、騒乱の首謀者は歌舞伎町から撤退を始めた後であった。この集団はのうのうと電車に乗り、ここまでやってきた。こちらとしても手を出そうにも出せずに様子を見るしかなかった。



コサギの後ろからコソコソと歩いてきた男が、セコセコと機械をセッティングしていく。プロジェクターやらPCやらが、テーブルの上に並べられた。気がつけばテレビのスイッチが消されていた。




「紹介しよう。高橋氏。技術部の人間だ。今後ともちょくちょく顔を合わせることになるだろう。よろしくね」



「高橋と言います。よろしくお願いします」



それだけを言った。それだけ言うと、高橋はコサギと軽くいくつかの会話をして、そして、こちらと目を合わせることもなく、こそこそと部屋を出ていった。



今後とも顔を合わせるかもというコサギの言葉が気になった。というのも、高橋が予想以上にイケメンなのだ。技術部にあんなイケメンいていいのか? 



シュッとした醤油顔。スッキリ爽やかな笑顔が似合いそうな男である。どこかで会ったことがあるような気がした。



「では、始めよう」



白い壁にプロジェクターの光がさす。壁に地図が浮かび上がる。



「これが、あそこの廃工場の地図だ」


そう言うと、コサギは窓を見た。正確には窓の向こう側に目を向けた。そこに例の廃工場がある。


「この地図を見てわかるが、とにかく広い。工場といっても、建物が1つあるわけではない。ここに歌舞伎町で大暴れしたオウマガツが逃げ込んだ。なぜ、ここだったのかは本人に聞かないとわからない。まあ、ここに逃げ込んでくれて助かったよ」



シモベとは、オウマガツに魂を喰われた人たちだ。魂の代わりにオウマガツの邪気をもらう。マレビトは真気で、オウマガツは邪気。


シモベは主であるオウマガツには逆らえない。操り人形みたいな存在だが、程度の差こそあれ、自我はある。さきほどの長髪男がまさにそうだ。生前と変わらないと言えば変わらない。だが、体は死んでいるのだ。



「プロフィールを伝える。本名園村美月。(ソノムラミツキ)年齢18歳。千葉県在住。都内の高校に在学。ただし、始業式以降学校に姿を見せず。つまり、2週間以上学校に行っていない」


オウマガツ。殃禍津。漢字で書くと、その禍々しさが伝わる。殃も禍もわざわいのことを表す。


殃禍(おうか)という言葉は、わざわいそのもの。セイセキは、殃禍津と書いてオウマガツと読ませる。わざわいをもたらす存在。それがオウマガツである。


ナニモノで、ナンナノか、そして、どこから来きて、どこへ行くのか。何もわからない。わかっているのは。あれは敵で、殺らなければ殺られる。そういう存在である。


オウマガツに関しては、澱んだ気がやがて邪精となり、この邪精が長い時を経て、あるいは人間や生物のネガティブな感情を吸収して邪霊になりオウマガツになったという説がある。


もう1つ説がある。古河説。古河与兵衛(こがよへい)という昭和初期の人物が提唱した。古河は民俗学者折口信夫(おりぐちしのぶ)に師事した人物で、折口史観をベースにしている。


マレビトという言葉も彼が言い始めたのである。古河は、現世であるこの世とは別にトコヨ(常世)と呼ばれる異界があると考えた。異界。他界。死者の国。オウマガツはこのトコヨからやってくる超常の存在と古河は考えた。


古河説の最大の難点は、トコヨはあるのかどうか。この1点に尽きる。何しろ誰も見たことがないのだ。いや、まったくいないわけではない。見たよ、という人もチラホラいる。


というのも、マレビトの多くは臨死体験をしている。していない人もいるが、ほとんどのマレビトは瀕死の重傷、あるいはほぼ死んだよねという経験をしている。


イナバは、中学校1年生の夏に、ミニスカに見とれてトラックに轢かれた。極めてマヌケな話だ。重傷というか、即死であった。体はぐちゃぐちゃだったらしい。霊安室で息を吹き返した。


イナバは、臨死体験はしていないが、1度死んだことは間違いない。たぶん、この時の衝撃でトコヨカグラの霊穴が一気に開いたと思う。


話が反れた。オウマガツの話を続けよう。オウマガツそのものには形はない。形もなければ、実体もあるのかないのか。不定形の煙のような存在だ。禍々しい漆黒の煙。オウマガツそのものは何もできやしない。


問題はこれが人間や動物に憑くのだ。人間に憑くと悪さを始める。誰にでも憑くわけではない。憑くのは、ネガティブな思念に囚われた人たち。憑く人間の思念の強さでオウガマツの強さも変わる。ただ憑いただけではそこまでの脅威にはならない。


日が浅ければ、人間の体から追い出せばいい。オウマガツが適応できない人間もいる。この場合はオウマガツがその人間の体から出ていってしまう。


怖いのは同化した個体だ。こうなるとマレビトの真気による霊的攻撃でしか倒せない。厳密に言えば、霊的な方法でしか倒せない。つまり、マレビトの出番だ。


あの廃工場に逃げ込んだオウマガツは同化した個体。ちょっとヤバいタイプだ。個体には名前はない。みんな単なるオウマガツ。


ただし、1回の討伐で倒せなかった個体には名前がつく。比較的よくつけられる名前は、人型だと○○夜叉とか、○○羅刹。あるいは○○の悪鬼とか。獣型は○○の魔獣とか○○の妖獣。



この○○にはだいたい地名が入るか、あるいは特徴とかが入る。今回、イナバたちがしくじれば、歌舞伎町の悪鬼、ひばりヶ丘の夜叉、あるいは新座羅刹なんて個体名がつくだろう。



このオウマガツが、歌舞伎町からなぜここまで移動したのかは謎である。


オウマガツの母体となった女子高生の地元とかならわかるが、母体の地元は千葉県である。なんとなく手引きをした者がいるのではないのか。なんて考えてしまう。それにしても、暴発した割には、その後は妙に冷静なのが気になる。


「結界が若干不安定である。規模が大きいということと、龍脈から少し遠いことが原因だ。そのため、結界内の滞在時間は2時間30分」



「歌舞伎町のあの場にはマレビトが1人いた。木宗のサカキ。彼はたまたまあの場にいた。別件だ。たまたま居合わせて、ヒトバラを起動した」


簡易結界ヒトバラリン。人払いだから、ヒトバラリン。略してヒトバラ。廃工場前でミョウコウが、スマフォで使っていたアプリだ。どこかの製薬会社の商品名みたいな名前だが、何の関係もない。


このアプリを起動すると、ある一定範囲の空間を、人が認識しずらい空間に変える。しかも、電気製品にも干渉し、妨害する。画期的な発明品である。このヒトバラのおかげで、街中でも活動しやすくなった。



ヒトバラは結界の簡易版なので時間も範囲も限定的である。今、あの廃工場に施している結界は、それの大規模バージョンだ。それも相当でかい。



我々がオウマガツの討伐に失敗した場合、より本格的な結界を築いて、当面の間か半永久的にか、個体名を冠したオウマガツを封じることになるだろ。


「情報では、食堂にいるそうだな」


コサギは地図の下のほう、つまりもっとも南にある建物を指で指した。意外ときれいな指なのでビックリした。そんな指をいちいちチェックする自分の不気味さにもビックリだ。


「食堂が2つある」


「本当ですか?」


「本当だ。食堂は2つある。それは間違いない。厄介なのは、思ったよりも離れていることだ。しかも、よりによって敷地内のもっとも南の建物に1つある。これを南食堂としよう。もう1つは正門から東に進んだ場所にある。こちらの建物の4階に食堂がある。こちらの食堂のほうが大きいね。数倍以上ある。こちらを東食堂と呼ぶ」


コサギは一旦しゃべるのをやめた。何か理由があるわけではなく、単に疲れただけのようだ。


「東食堂が最有力ではある。だが、100パーセントの確証はない。まあ、それを言えば、そもそも食堂にいるという話自体、確証の無い話だけれども。東食堂ではなかった場合を考える」


コサギの指がエジェクターで映し出された地図の上を行ったり来たりしている。



「その場合、次は南食堂に行くわけだが、食堂間の移動は20分。正門から東食堂まで20分。東食堂から南食堂まで20分。これで40分のロスだ。滞在時間は2時間30分。残りは1時間50分。食堂から正門まで20分。つまり、撤収の最短時間が20分。これで、残りは1時間30分。交戦時間は1時間30分しかない。オウマガツ本体だけではなく、相当数のシモベがいると考える。しかも、だ。ある程度武装しているはずだ」



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