マレビト 4話 突入2 《創作大賞2026年エンタメ原作部門》
人間の体内には、トコヨカグラと呼ばれる霊的器官がある。目に見えないがそれはある。トコヨカグラには28の霊穴が開いている。普通の人間の霊穴は2~3個しか開いていない。イナバのトコヨカグラの霊穴は24個開いている。20個以上の霊穴が開いている人間をセイセキは、マレビトと呼んでいる。稀人。客人。異人。それは福をもたらす来訪者か。それとも零落した神の成れの果てか。トコヨカグラが生成する真気を自在に操り、身体能力を強化し、超常の力をふるう人外の者マレビト。人間の負の想念を喰らい、現世に顕現する邪霊オウマガツ。霊的な力でしか倒すことのできない邪霊オウマガツと人外者マレビトの霊的攻防戦が始まった。
誰も発言しないので、イナバは口を開いた。
「武装って、まさか」
イナバの脳裏にとある事件が浮かんだ。
「その、まさかの高崎事件よ」
高崎事件。13年前に群馬県高崎市郊外で発生した事件。別名、紅羅刹事件(べにらせつじけん)あるいは紅羅刹戦(べにらせつせん)、榛名山戦(はるなさんせん)とも。13年前群馬県高崎市で連続通り魔事件が起きた。
高崎の切り裂き魔。あるいは高崎の吸血鬼なんておぞましい名前がついた。わずか2週間で5人の女性が生きながら解体されるという身の毛もよだつ事件であった。
どういう繋がりがあるのかは、イナバのような下っ端にはわからないが、警察庁からセイセキに非公式に応援要請があったらしい。
らしい、というのもそのへんの動きはイナバ程度じゃわかりようもない。猟奇事件好きのイナバは、テレビにかじりついて、高崎の吸血鬼事件のニュースを見て盛り上がっていた。カイに冷たい目で見られたのを覚えている。
群馬県警が犯人を特定して、確保に動いたのだが、犯人は反撃しつつ逃走。この時点で警察官には大量の死傷者が発生した。 しかもだ、オウマガツの厄介なところは、殺害した人間や動物はシモベにできることなのだ。
逃走した犯人だけでなく、シモベたちにも対応しないといけない群馬県警の混乱ぶりは、想像に難くない。榛名山の山麓に逃げ込んだ犯人のオウマガツを、セイセキの討伐隊が急襲。
いつもなら、これでかたがつくはずであった。ところが、このオウマガツが手強かったことと、なんとこのオウマガツに味方が現れたのだ。銃で武装した謎の集団が、討伐隊を襲撃。
討伐隊は壊滅。この時点で紅羅刹という個体名がつけられた。紅羅刹にたいして第2、第3の討伐隊が榛名山に送り込まれた。紅羅刹とそれを支援する謎の武装集団と、討伐隊の間で激戦が展開された。
最終的に紅羅刹は討伐され、謎の武装集団は全員死亡して事件は解決した、とされる。だが、解決したとはとてもいえない状況である。この事件の最大の謎は、紅羅刹を支援した謎の武装集団とは何者なのか。
これは今もわかってはいない。13年経っても、何もわかっていない。この事件以降、紅羅刹の支援集団を見つけだす、というのがセイセキの最優先事項であった。コサギはこの紅羅刹戦を意識している。
「あの時、歌舞伎町に木宗(もくそう)のサカキがいた。彼は何をしていたのか。偶然いたとは思えない。オウマガツの支援者を追っていたんじゃないのかね。私は最悪のことを考えている。相手は銃で武装している。紅羅刹のときみたいにね」
コサギは意外とキレイな指で、何度か顔にかかった脂っぽい髪の毛を直した。
「最初は結界内を自転車で移動できると考えた。それなら時間が大幅に短縮できる。ユニットを分けずに済む」
コサギは自分の頭に人差し指を何度か押し付けた。考えているというゼスチャーだ。
「結界に自転車や車で入るのは現段階では難しい、というのが結界班の考えだ。私もそう思う。だから、地道で確実な方法を選んだ。移動は徒歩。ユニットは分ける。東と南、同時に行く。分け方と、現場での戦術はそちらにまかせる。突入は14時。以上だ」
ブリーフィングは終わった。壁の時計に目をやるとちょうど13時だ。準備をすることはそんなにないが、アーマーを着こんで調節したりすると、トイレに行くぐらいしかやれることはない。
13時40分。我々は再び廃工場の正門前にいた。イナバの服装は黒のアノラックパーカーの上に物理的霊的両方のダメージを軽減する特殊なアーマーを着込んでいる。
上半身は肩から腕にかけてはむき出しで、胴体の主要部はアーマーで覆われている。もっとも、比較的体にフィットしているので、アーマーという言葉は相応しくないかもしれない。遠目には武装しているようには見えない。
上半身のアーマーは、下半身にまで伸びている。股間から左の太ももにかけてスカート状にアーマーが展開されていて、アシンメトリーなエプロンを着けたような感じに見える。
両腕の前腕には、肘までを籠手が護る。下半身はなにもつけない。なにもつけないと下半身丸出しの変態に思われるから、一応説明する。えんじ色のゆったりとしたズボン以外は何も着けていないという意味。
このズボンは特殊な作りで、霊的な攻撃に対する防御力はある。ただ、物理的な攻撃にたいしてはちょっと強度の強い布でしかない。
頭はグレーのニット帽。このニット帽も霊的防御が施されている。腰に剣鉈のリジーボーデン。背中には刃長(はちょう)1尺3寸(39センチ)の両刃の直剣。名前は幻蔵(げんぞう)を背負っている。
この幻蔵は剣に見えるし、剣として使うのだが霊具である。鍔は簡素な丸型。剣身は若干太めでなんとなくずんぐりむっくりとした印象である。
手には銃身を短くしたショットガン。銃の中ではショットガンが一番使いやすい。銃器に興味もなく詳しくもないイナバは知らないが、モスバーグ社製のショットガンである。
トビは上下とも装いを新たにしていた。黒のパンツに、黒のワンピース、というよりは貫頭衣(かんとうい)か。膝下までのワンピースみたいな服。その貫頭衣みたいな服の上からアーマーを着込んでいる。
イナバと同じくベストタイプで、肩から腕以外は上半身をピッチリと覆っている。首もしっかりと覆っている。前と後ろにエプロン状のアーマーがふんどしみたいに垂れ下がっている。
イナバと同じく腕には籠手が。足には脛当を着けている。アーマーは全て紺色。背中に50センチほどの茶色の木の棒を背負っている。
長さも太さも中途半場で、武器にしては頼りなさそうな棒。いまどきのヤンキーだって、もっと凶悪な武器を使うというのに。
手にはオーストリアの銃器メーカー、グロック社のグロック21が握られていた。グロックの中でも、大口径の45口径を扱える大型ピストル。
シモベを霊力無しで倒すには、頭部を破壊するか、首を切り落とすか、心臓を破壊するかしかない。通常の9ミリ弾ではなかなか死んでくれない。
通常の9ミリ弾で、シモベやオウマガツにダメージを与えるには、真気を込めた弾丸でないとダメなのだ。実戦の場でいちいち真気を込めるというのは現実的ではない。また、事前に真気を込めて用意しておくという方法があるにはあるのだが、真気を込めても、あまり長時間真気を保っておけない。
半永久的に真気を維持しつづける特殊な物質があるにはあるが、それを消耗品としては使えない。メチャクチャ貴重品だからだ。
普通の銃弾なら、せいぜい1日といったところか。しかも、1日目には真気が抜け出し始めている。これがせめて1週間か10日間保っていられるのなら、話は変わってくる。
弾に込めた真気を1日で回復するのは、ギリギリである。まあ、入れる量にもよるが。1個、2個ならともかく、だ。つまり、真気の残量が微妙な状態で実戦を迎えなくてはならなくなる。
それは、まともな神経のマレビトなら絶対にやらない。まあ、まともじゃないマレビトは多数いるけど。自分も含めて。
オウマガツとの戦いは、ある意味真気の残量との戦いでもある。
ミョウコウは、イナバやトビとはまたちょっと違う戦闘服を着込んでいた。首をきっちりと覆ったピッタリとしたオリーブ色のインナーにピッタリとした黒のアーマー。下は黒色のズボン。黒の籠手と脛当。
全体的にスッキリとしている。土宗(どそう)は素手の戦闘がメインなので、比較的身軽な服装になる。土宗のメイン業務は、土地の浄化と結界の構築や修復である。戦闘はあくまでもサブ業務。
戦闘と護衛が、メイン業務なのは火宗(かそう)と金宗(きんそう)である。背にはバックパックと片手用のタクティカルアックス。アックスが異様に似合う。グロック21を左右両手に別々に持っている。2丁拳銃。わぉー、かっこいいぜ。ミョウコウ。
「もうすぐ14時だぞ」
コサギが、デカデカと表示されているデジタル時計をこちらに見えるように見せた。
行く。
つづきはこちらから↓
