【元祖迷列車】こうしてサンパチは生まれた
鉄道ファンであればyoutubeやニコニコ動画などでおなじみ、”迷列車で行こう”シリーズ。2009年にニコニコ動画で誕生したこのフレーズはいまや多くの鉄道解説チャンネルなどで動画が制作されており、多くの派生も誕生した。
今回は、2009年に登場した最初の”迷列車で行こう”シリーズの主役となった113系3800番台ことサンパチがどのようにして生まれたのかを書いていきます。
種車から"迷"
113系3800番台の種車となった車両は福知山電車区に所属していた車両で、この車両ももとを正せば113系0番台を国鉄末期に改造した車両になります。

さらにこの車両たちは最初から副内山にいたというわけではなく、国鉄末期に各所から寄せ集められた車両たちの巣窟だったのです。
なぜここまでして車両をかき集めなければならなかったのか。1986年、福知山線福知山宝塚間と山陰本線宝塚城崎間が電化開業したことが発端となります。この際に国鉄の財力があればよかったのですが、この頃の頃の国鉄は財政事情が厳しく、更に民営化まで時間もない状況。更に電化した区間は冬になれば雪が降るほど寒いことから、115系のような車両を転属させるのが妥当だったのですが、余剰もない上お金もない。

そこで各地で余っていた113系や車両の玉突きで生じた113系を各地の工場で改造、一部の中間電動車は先頭車へ改造(クモハ112,113形)するなど、国鉄が最後の力を振り絞った車両でもあるのです。
この際の改造として、
・乗降陽ドアに取っ手を取り付ける
・ベンチレーターの一部に鉄板を取り付け、冷気が入りこまないようにする
・一部車両の冷房化と、それに伴うMG(電源)の取り付け(特急型車両の廃車発生品)etc…
などの改造を小倉、大船などで受けることとなり、4両編成と2両編成が登場しました。
JR西日本へ
1987年に国鉄からJR西日本に引き継がれた113系800番台ですが、その後も混沌としていくことになります。
まず塗装を黄色と青からクリーム色ベースの茶色帯の新福知山色へ変更。一部の車両への冷房化も進めることとなりますが、1988年からは分散冷房のWAU102に、更に途中からはバス用冷房のWAU202での冷房化が行われ、早速バリエーションが増えていきました。

js3vxwの鉄道管理局より引用(転載禁止)
七尾線電化
福知山から遠く離れた七尾線。七尾線では1991年の電化に合わせて気動車から電車への切り替えが必要になったのですが、その際にネックとなったのが、七尾線は途中で直流から交流が採用されることになりました。交直両用の車両は高くなりがちで、当時のJR西日本としてもあまりお金はかけたくない。

js3vxwの鉄道管理局より引用(転載禁止)
そこで目をつけられたのが113系800番台で、改造に当たっては交流直流両方に対応していた特急型車両の485系から機器類を移植するという力技に出たのです。

js3vxwの鉄道管理局より引用(転載禁止)
組み換えに当たっては221系に置き換えられた4両編成の113系0番台と2両編成の113系800番台で電動車ユニットを交換し、3両編成を2編成組成。このうちクモハ113形が先頭となる編成を415系800番台へ改造。こうして415系800番台は11編成が登場しましたが、初の運用場所は七尾線では無く福知山線でした。というのも改造が七尾線電化完了より早く終わった編成は余裕ができたため、新福知山色に塗って期間限定で走ることになったのです。

js3vxwの鉄道管理局より引用(転載禁止)
その後415系が旅立つと、113系800番台の3両編成化は止まる…かと思いきや余剰となった113系0番台のクハを追加で3両改造。同時に他のクハにもシールドビーム化も行われますがクハ111-819のみ103系のライトを装備し4灯化(その後は後述する簡易シールドビーム化)。ですが途中から簡易的な改造にとどまるようになり、とうとう改造されない車両も登場しました。
転用
1996年には2両編成から増結されていたクハ111を解結し、ワンマン改造が行われる編成が登場しました。この編成は5800番台へと改番し、電化開業した山陰本線園部福知山間へ転用されます。

js3vxwの鉄道管理局より引用(転載禁止)
当所の予定では113系5300番台で全編成を補う予定でしたが、阪神淡路大震災に伴い車両が不足し、113系800番台から不足分を補ったという経緯があります。
また、この際に余剰となったクハは3両編成に増結して4両化、一部は他線区へ転属していきました。その際に転属した車両の中には、広島地区で活躍したクハ111-811,812もいます。
サンパチ誕生
2000年、山陰本線福知山城崎間と福知山線篠山口福知山間の輸送力適正化に合わせ、113系800番台3両編成から改造車両が登場します。改造に当たっては改造費用を抑えるため元の車体形状を活かすこととし、運転台はクハから移植するなど、徹底的に節約する方針で改造され、9編成が改造されました。こうして113系3800番台は誕生したのです。

置き換え
ですが2008年に223系5500番台が登場し、老朽化の進んで浮いたサンパチと5800番台は置き換えられることとなりました。もとを正せば113系0番台初期車からの改造車ですから、この時点で相当な車齢に達しています。最終的にサンパチは2008年10月に、5800番台は翌年6月に廃車となり、形式消滅しました。
こうやって見るとサンパチの生涯というのはとても複雑ですね。そのような背景もあってこそ、サンパチは”迷列車”になれたのかもしれません。
この記事が面白いと思ったら、フォロー&スキよろしくお願いします!
この他レイルラボとyoutubeもやっていますのでぜひ覗いて行ってください!
関連記事はこちらから⇓
※当記事の写真は転載禁止です。
