「特別公務員暴行陵虐罪」報道だけでは見えない刑務所の中の現実
刑務官時代、職場の仲間や同僚(先輩・後輩)が逮捕される現実も見てきました。
残念ながら、刑務所の外で犯罪を犯し、逮捕・免職となった職員もいます。
しかし、私が今回書きたいのは、そのような事例ではありません。
毎日同じ職場で働き、同じ制服を着て、受刑者と向き合ってきた仲間が、職務に関連して逮捕される――。
テレビのニュースなどで、警察官や刑務官といった公安職が逮捕されたという報道を目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
その中でも、刑務官に関する報道で比較的多く耳にする罪名が、
「特別公務員暴行陵虐罪」です。
あまり聞き慣れない罪名かもしれませんが、簡単に言えば、刑務官や警察官などの公務員が、その立場を利用して、被収容者などに違法な暴行や虐待を加えた場合に問われる犯罪です。
名古屋刑務所では近年、刑務官による受刑者への暴行などが問題となり、多数の職員が懲戒処分を受けました。また、そのうち13人は特別公務員暴行陵虐などの容疑で書類送検されましたが、その後、全員が起訴猶予となっています。
受刑者に対する違法な暴行は決して許されるものではありません。
非難されるべき行為であることは間違いありません。
しかし、どのような事柄にも、ニュースや報道だけでは伝わらない現実が存在するのではないでしょうか。
刑務官は、真面目に規律を守って生活している受刑者に対して、そのような対応をすることは通常ありません。
特に工場で真面目に就業している受刑者との間には、お互いに一定の信頼関係が築かれていることも少なくありません。
一方で、現場には規律違反を繰り返す受刑者や、意思疎通が極めて困難な受刑者、精神的な問題などから集団生活への適応が難しい受刑者もいます。
そのような受刑者への対応は、刑務官にとって大きな精神的負担となります。
私が何度か記事にしている通りです。
毎日のように暴言を浴びせられ、挑発されることもあります。
刑務官としてできることには限界があります。
人権への配慮が強く求められる現在では、刑務官が取れる対応にも大きな制約があります。
何を言っても会話にならない。
注意しても意味がない。
同じことを何度も繰り返す。
そのような相手と毎日向き合っていると、こちらもある意味では「馬鹿にならなければやっていられない」と感じることがあります。
真面目に受け止め続けていては、自分自身の精神がもたないこともあるのです。
だからと言って、違法な暴力や不適切な処遇が許されるわけではありません。
名古屋刑務所の件についても同様です。
しかし、現場で何が起きていたのか、どのような背景があったのかまで含めて考えなければ、本当の姿は見えてこないのではないかと私は思っています。
報道では、「刑務官が悪だった」という印象だけが一人歩きしてしまうことがあります。
ただ、現場を知る者として、報道だけでは伝わらない現実や葛藤も存在することを知ってほしいのです。
例えば、受刑者が注意されたことに腹を立て、刑務官に暴行を加え、さらに攻撃を続けようとしたため、刑務官が制圧したとします。
その制圧の過程で、受刑者が床に足を強く床に打ち、怪我をさせたとします。
結果だけを見れば、「刑務官が受刑者に怪我をさせた」という事実になります。
場合によっては、「制圧が過剰だった」と指摘され、細かく検証されます。
間違いなく、国に対して慰謝料を求めて提訴するでしょう。
しかし、その出来事に至るまでの経緯はどうだったのでしょうか。
最初に刑務官へ暴行を加え、職務を妨害したのは誰だったのか。
その受刑者は普段からどのような受刑態度だったのか。
規律違反を繰り返していたのか、それとも突発的な出来事だったのか。
どのような犯罪歴を持ち、どのような経緯で刑務所に収容されていたのか。
こうした背景まで含めて初めて、現場で何が起きたのかを正しく理解できるのではないでしょうか。
しかし、報道では「受刑者が怪我をした」「刑務官が暴行した」という結果だけが大きく取り上げられ、その背景や現場の状況まで詳しく伝えられることは決して多くありません。
他にも、口数の少ない真面目な職員がいました。
受刑者の夕食前後から、刑務官の夜勤勤務が始まります。そこから翌朝まで勤務が続きます。
この時間帯は、やるべき業務が集中する最も忙しい時間帯の一つです。
そのような多忙な時間帯にもかかわらず、わざと刑務官を困らせるような申し出を繰り返したり、普段から職員の指示に従わず、問題行動を繰り返していた受刑者がいました。
その受刑者にも、食後の薬を服用させる必要があります。
薬を隠匿されて不正に使用されないよう、服用確認までが業務です。
しかし、その受刑者は薬を受け取っても服用せず、わざと飲むふりをしたり、刑務官をからかうような態度を取り続けました。
他にも対応しなければならない業務が山積している中、その受刑者は執拗に業務を妨げ続けます。
そのときなぜか、彼は怒りを抑えきれなかった。コントロールできなかったのでしょう。
怒りを抑えきれず、受刑者に対して扉越しに暴行を加えてしまいました。
もちろん、その行為は職務として許されるものではありません。彼自身もその責任を負うことになりました。
その行為が発覚した後、彼はその場にうずくまり、肩を落として「やってしまいました……」と力なくつぶやきました。
私は、うなだれる彼の姿を今でも覚えています。
彼は決して乱暴な刑務官ではありませんでした。
真面目で、口数も少なく、職務に誠実な職員でした。
そんな彼でさえ、一線を越えてしまった。
私は、この出来事をもって刑務官の違法行為を正当化したいわけではありません。
職務として一線を越えてしまえば、その責任を負うのは当然です。
しかし同時に、現場では何が起きていたのか、その背景にはどのような事情があったのかまで知った上で判断してほしいとも思っています。
報道で伝えられるのは、多くの場合「結果」です。
しかし、その結果に至るまでの過程には、現場でしか分からない葛藤や苦悩、人間同士が向き合う中で生まれる現実があります。
刑務官も、受刑者も、「人間」です。
だからこそ、感情があり、限界があります。
もちろん、その感情に任せて違法な行為に及ぶことは決して許されません。
感情に任せて行動して良くなることは少ないように思います。
私も現場で腹が立った回数は数えきれません。
しかし、何事にも冷静でなければなりません。
長年刑務官として勤務してきた立場から、善悪だけでは語ることのできない現場の現実があったことを、できる範囲で伝えていきたいと思っています。
