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マクロレンズの世界 vol.13 作例(1)覗くように

※ 5000字あります。


∫1 マクロ写真の魅力 -遠近像-

1)マクロレンズの5つの得意技

マクロ写真の魅力は、複数あります。

① ボケアート [大口径レンズ]>背景ボケ、被写体ボケ
 主たる被写体/ボケ背景に整理された画像は、
 主たる意識と背景励起で構成される認識の世界と合致性が高いです。
 背景色のグラデーションに美の感覚が湧くことがあります。
 被写体がボケる様子を「痛くない」「心象的」と好む人も多いです。

② 動植物の構造がよく見える [拡大]>細部構造、テクスチャー
 マクロレンズは、自然観察の道具として大活躍します。
 自然は大きく見ても小さく見ても美しい。
 花とキノコは色彩豊かで人気があります。
 虫写真はややマイノリティになります(虫が嫌いな人がいるためです)。
 図鑑は科学の領分で堅固なジャンルです。

③ 小物のデザインに着眼できる(物撮り) [単像]>造形美、カタログ
 小さい世界の造形は多様で、観察しがいがあります。
 対象は、時計の針、宝飾品、ボタン、眼鏡、カトラリー、ペンなど。
 デザイン要素は、(取っ手などの)曲率、角の丸め方、傾斜の付け方、
 フチの付け方、みぞ飾り、間隔/余白、アスペクト比など。
 単像を並べると、デザインを比較できるカタログを作製できます。

④ 料理写真  [斜め上接写]>食卓シミュレート(テーブルフォト)
 マクロレンズで料理を前にする様子を再現できます。
 コーヒー、紅茶、カップスープ、お味噌汁は、口元に運んで飲むので、
 寄ったほうがそれらしくなります。パンも近づいて撮ることが多いです。
 料理は彩りもよく、画像を見ているだけでワクワクします。
 写りが料理の売れ行きを左右するため、商用撮影が成立しています。

⑤ コロボックルの世界 [実寸不詳性]>疑似インスタレーション
 小さな世界に遠近が展開するアートです。
 創作分野に、空間創作(インスタレーション)というのがあるのですが、
 ホールをレンタルして、大がかりな製作ができる芸術家はごく一部です。
 写真が有する実寸不詳性を利用すれば、
 小人になって世界を見ているような感覚を味わえます。

 今回は、おそらく最もマイナーであろうジャンル、
 「コロボックルの世界」を解説します。


2)マイナーな感覚

遠近を精緻に感知し、主題に据える人は、おそらくマイノリティです。

遠近という要素に、かなり鈍感であるからこそ、
平面芸術(絵画、写真、映画など)が成立するともいえます。
鋭敏すぎたら、耐えがたい違和感で平面描写を受け入れられないでしょう。
その場合、美術館は絵画を減らし、立体作品の収蔵と展示に努めそうです。

アートは多数決ではないので、マイナーであることは気にしないように。
「アートの三本意」に他者は出てきません。

 ① これを表現したいと思い立ち(表現欲)
 ② ああでもない、こうでもないと吟味して作り上げ(作為)
 ③「これで表現できた」と出来栄えに納得したら(成立宣言)
アートです。

アートの三本意 瀬戸による

感知する頻度が低い要素には、ブルーオーシャンの有利があります。
[わかってもらえない何か] ⇒[それを描けるのは自分だけかも?]
です。

アートの域にしたければ、感知だけでなく、表現も必要です。
遠近がよく見えていない人にも伝わるぐらい、明瞭に表現します。
「よく見えていない人」は不詳の存在であり、目標にできないので、
実務上の目標は、作り手自身にとって得心のいくレベル、です。

「誰にもわかってもらえない」は
真のアーティストでは、プラスに作用することが多い気がします。
オリジナリティの有利の話ではなく、創作姿勢の問題です。

・自務心:「自分が感知し、自分が描くしか道はないんだ」
・自給体勢:「『表現できた』という成立の感覚が私にとっての報酬だ」
・受容が作る落ち着き:「他者にはわからないはもう前提ということで」

「他者にわかってもらいたい」は、作画の動機になりえますが、
評価に依存する甘ちゃんな体勢で創作活動を継続できるかは微妙です。

着眼する要素がマジョリティ的だと、期待値が高くなりがちな気がします。
「わかってもらえるはずなのに、わかってもらえない」
「私の写真のほうが上なのに、どうして受賞したのは別の作品・・・」
勝手に期待し、勝手に不満を募らせ、筆を折ることになりかねない。

ギレン「この要素は表現しても少ししか『いいね』がつかない。何故だ!」
シャア「マイナーだからさ」

端からマイナーな感覚と割り切っていれば、
評価不満に惑わされることなく、感知と作画に集中できます。


3)二種類の遠近

話を遠近に戻します。

写真の作画における遠近は、対象の遠近/背景の遠近、2種類あります。

① メインの被写体の遠近
奥行きのある被写体を見るとき、前後に遠近差を生じます。
遠近に鋭敏な人は、遠近の感覚をつかって、奥行きを捉えます。

物体の奥行きという、わずかしかない距離差を神経質に感知しているのは、
遠近に鋭敏な一部の人だけみたいです。

常人は立体の認識を、主として対象物の明暗で成立させているようです。
明暗を潰されると、前後関係を把握できなくなることがあります。
明暗があっても光源の位置情報がないと(vol.11 視覚認識(1/2)基礎
凹なのか、凸なのか、混乱したりもします(クレーター錯視)。
物撮りの写真家がライティングに腐心するのは、
常人の「明暗依存」を理解しているからでしょう。

② 環境が持つ遠近
被写体を取り囲む環境にも遠近があります。

常人も、日常生活における遠近はわかります。
この感覚を欠損していたら、生活に困るでしょう。
物を取ろうとするとき、その距離の見積りで必要です。
ぶつからないように歩くのにも必要な感覚です。
常人「日常距離なら任せとけ!」

じつは、細かすぎ、大きすぎ、どちらも遠近の感覚は働きにくいです。

僕は、遠くにある巨大物で、感覚がバグるのを感じます。
スカイツリーは634m。距離を正しく把握できません。
亀戸からすぐそこに見えてしまい、歩いて行ったら遠かったです(笑)
(スカイツリーを訪れるなら、錦糸町駅がよいです)

新幹線から見る富士山は40km離れていて、容易にアプローチできません。
しかし、駅から町バスに乗るだけで行けそうに見えてしまいます。
富士山の高さは3,776 m、裾野は東西に39kmだそうです。

日常距離から外れた遠近の感覚は、オプションということでしょう。


4)遠近を感知するしくみ

①肉眼
肉眼における遠近の感覚は、主に、2つの眼球で得た画像を、
脳内の視覚野で差分計算することで生まれます。
片眼で見る方法では、距離がうまく掴めません。

事情があって、片眼で見ることを強いられたときは、
脳は、立体物の明暗、眼球のピント調節、前後のレイヤー関係など、
情報を総動員して遠近の把握に努めるのですが、危なっかしいです。

遠近の認識には主に、以下3つの要素が使われます。
[視差を使った距離の検出] +[ 像の大小] +[ 視野内の位置]

鋭敏な人は、遠近に鋭敏 ≒ 視差計算の有効桁数が多め、でしょうか?
視覚野が具体的にどんな処理をしているかは、よくわかっていません。
(復習: vol.11 視覚認識(1/2)基礎 -視覚認識の3段階
(復習: vol.11 視覚認識(2/2)個人差

二眼の間隔は個体で微妙に異なるため、
視差量にも個人差があるかもしれません。

②カメラ
普及機のカメラは2眼ではないです。
1眼のカメラを使って、本物の3D映像を撮ることはできません。
音響が、ステレオ音源でなく、モノラル音源であるようなものです。

しかし、1眼のカメラであっても、
・寄って撮ったときの像と
・引いて撮った上で拡大した像
は異なります。

像は、以下の変化をします。
・遠いほど、小さく(線分の場合は短く)見える
・遠いほど、視野の中央に寄って見える(視野における位置がずれる)

一眼のカメラでは、3つの要素のうちの2つを確保できます。
[視差を使った距離の検出] +[ 像の大小] +[ 視野内の位置]

③ピンボケ
肉眼で見たときに生じるピンボケも、遠近の感覚を助けていそうです。

カメラのレンズの口径は、眼球にはまっているレンズよりはるかに大きく、
絞り開放時に生じるボケは、遠近を強調するように作用します。


∫2 被写体の遠近を写す

『ロマネスコ』 ⒸJulikis_Seto, 2012

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