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マクロレンズの世界 vol.11 視覚認識(2/2)個人差

※ 9000字あります。

※本号の理解には、前号(1/2)で初出した概念が必要です。
 マクロレンズの世界 vol.11 視覚認識(1/2)基礎 -視覚認識の3段階
 マクロレンズの世界 vol.11 視覚認識(2/2)個人差  ←本号です


『春』 ©Julikis_Seto 2010



視覚認識の個人差


∫1「人は」と括る姿勢を捨てる

1)差があるも、ないも、自然の有姿

近年の科学界の進歩の一つに、 
    「人は」
で、一律に考える方針と決別したことがあります。

昔は、全個体で共通する性質しか扱おうとしませんでした。
典型から外れたデータは、実験の不備で生じた誤差扱いされ、
疎まれ、軽んじられ、ときに、なかったことにされていました。

「人は」で、全体を括りきれなかったら、「人の性質ではない」として、
仮説を棄却するのを通り越して、否定が成立したことにしていました。
(8%の人に見られた性質を、全員持っていない扱いにしてしまう!)

原子番号8、酸素原子Oは、どれでも酸素原子Oです。
酸素分子O2は、どれでもO2です。
原子に区別はありません
(細かくいうと同位体が存在しますが、それはさておき)

ヒトと原子では、様子が違います。
ヒトの個体同士は、共通点、相違点、どちらもある状態で普通です。

ヒトに見られる差異と差分を、なかったことにすることはできない。
研究者たちは、多様な有姿を認め、把握度を高める方向に舵を切りました。

科学は、徹底した有姿主義です。
都合よく感じようと、不都合に感じようと、差があるものはあるのです。
アリかナシかの単純さに魅力を感じても、分布があるものはあるのです。

背丈、顔の造作、罹りやすい病気など、身体特性は個体ごとにばらけます。
成人すると、得意不得意、技量に応じて、無数の職業にばらけます。
好みの食べ物、好みの絵、好みの音楽など、嗜好もばらけます。
優越欲の強さ、積極/消極、社交型/孤独型など、性格もばらけます。

研究者たちが調べれば調べるほど、人は多様だとわかってきました。


2)多様という考え方の源流

◆計算数学の、地味で手堅い貢献
僕は、多様性トレンドの中で論文を刊行した、現代の研究者でありながら、
多様(分布と多型)で考えるトレンドが、どこから発生したか言えません。

どの分野の研究者も、それぞれ自分野の貢献を主張するでしょう。
 生物学者「生物学だ。生態ピラミッドが元祖だ」
 精神医学者「精神医学だ。パーソナリティ障害の分類を見よ」
 医薬品開発者「薬学だ。フォレストプロットを見よ」
 医師「医学だ。治療は昔からカスタマイズだった」
 心理学者「心理学だ。囚人のジレンマを見よ」

統計学者と計算数学者は、「あのぅ・・・」と言ったきり、小さくなる。
数学関係は、成果基準で見ると、地味というか、わかりにくいというか。
数学が応用に貢献を始めるまで、100年1000年の空白があったりもします。

そうだとしても、下流域に氾濫原が広がる前、大河になる前、
湧き水がチョロチョロしたところ、源流に当たる場所に数学はあります。

「接地」と「有姿主義」を矜持として、現物・現象に取り組む「科学」と、
「無矛盾」を矜持として体系を作る「数学」は、戦友の関係があります。

僕の生家は、「サイエンス」誌を購読していました。
当時、同誌には「数学レクリエーション」というコラムがありました。
姉と僕は数学が大好きで、このコラムをいつも楽しみにしていました。
あるとき企画名が「コンピュータ・レクリエーション」に変更になります。
僕らも早速、英数字だけの原始的なマシンでプログラムを組み始めます。

同コラムが紹介した「生存戦略シミュレータ」は衝撃でした。
同誌は、将来、科学者になる、世界中の青少年が読んでいました。
子供たちは10年後、学位を得て、研究機関で本格的に仕事を始めます。
「人は」が払拭されたのは、この辺りが源流かもしれません。
「囚人のジレンマ」は米露冷戦が背景にあるので、想定は2体ですが、
集団の生き残りシミュレーションなら、最低でもn=1000ほしいところです。
千体分のマッチングを、複数回、計算するには、コンピュータが必須です。


◆計算アプリの活躍
もしかすると、Excelの開発陣も「トレンドを作ったのは我々だ」と、
名乗りをあげるかもしれません。

Excelを使えば、
 ・2軸の散布図を書けます。(一瞬で)
 ・構成比を示す帯グラフを書けます。(一瞬で)
 ・ヒストグラムを作成し、山の外形を確認できます。(ひと手間)

科学者は、誰でも手軽に、多様な有姿を眺められるようになりました。
さすがに表計算アプリに、詳細分析をやらせるのはどうかと思いますが、
その前段階「対象集団の散らばりを眺める」程度であれば、十分使えます。

[平均値]±[標準偏差]というデータ処理の方法は、
本質的に分布が想定される有姿を、「単化」でやっつける方法です。
平均値の前提、正規分布を仮定できると、どうして決めつけるんですか?
分布は、1山ではなく、2山かもしれません。
ピークが一つだったとしても、片側に偏っているかもしれません。
わずかな外れ値が、猛烈に引っ張っているかもしれません。

「まずはExcelでグラフを書いて眺めてみよう、話はそれからだ」

世界中の科学者が「概形をみてから考えよう」をやり始めたわけで、
世界全体でどれぐらいの影響をもたらしたか、見当もつきません。


◆ばらつきが研究対象として地位を確立
トレンドへの貢献は、各分野の言い分を尊重することにしましょう。

とにかく、以下の流れができました。
 「人は」と単化して、強引に括ることを警戒しましょう。
 個人差がある項目も、ない項目もあるのが、有姿だと承服しましょう。
 データにばらつきがあったときは、「ある」と認めましょう。

ばらつきを認めれば、ばらつきという特性を研究対象にできます。
n数は多く、性質は複数あって、手計算ではきびしいですが、
数学とコンピュータが力を貸してくれるので、くじけてはいけません。


∫2 個人差の背景に遺伝子がある

1)両輪 -遺伝と環境

個人差を産み出している背景は、大きく二つあります。
 ・遺伝子
 ・環境(経験、教育、etc.)

遺伝子は、平たくいえば、設計図です。
設計図が異なると、できあがる建築物は異なります。
ただし、ヒト種では、生まれたあと、伸びていく領分も大事です。

どれぐらい、生まれた後の比重が大きいかというと、
「母語を獲得しなければ、言語で考えることすらできない」
ぐらいです。
今、言語で考えてますよね? なんと、それができないんですよ。

獲得した母語が、言語思考を左右するという仮説を提唱した学者がいます。
サピア=ウォーフの仮説
母語は同じでも、個人によって、語彙の種類や総数が異なります。
[その単語を持っていない]=[その語で言語思考するのは難しい]
です。

細菌に生まれてしまったら、どんなに考えたくても考えられない。
ヒトに生まれても、言語(的なもの)を得なければ、大きな脳は持ち腐れ。

遺伝子と環境、両方とも大切なので、「両輪」と表現されます。


2)DNA配列と多型

遺伝子の研究には、DNA配列の情報が必要です。

大腸菌のDNAはサイズが小さいので、全配列が早期に判明しました。
ヒトのDNAは、細菌に比べてサイズが大きいです。
大腸菌のゲノムサイズは、約500万塩基対
ヒトのゲノムサイズは、約30億塩基対。
ざっくり、ヒトのゲノムサイズは、細菌の600倍。
大腸菌の配列を調べるのに1年かかったのなら、ヒトの配列には600年?!
これはすぐには判明しなさそうです。

研究機関横断で、ゲノムプロジェクトが企画され、
多人数、かつ、持久体制で、ヒトのDNA配列が調べられました。
初期メンバーでやりきれなかったら、世代継承で完遂させるつもりです。
科学ではときどき、この手の大きなプロジェクトが立立ち上がります
幸い、遺伝子工学の進展で加速し、起案者の在任中に完遂しました。

ヒトの遺伝子の多くは、個体間で共通していました。※
しかし、塩基に「ばらつき」が見られる箇所もありました。
塩基配列が全人類で同一でない様子を、専門用語で「多型」といいます。

遺伝子ユニット丸ごと、ある/なしで、形質が変わるのはわかります。
「多型」は、もっと微妙な差です。
塩基が一つ変わって、トリプレットのアミノ酸が一つ置き換わる。
その配列が酵素の設計図だった場合、
わずか1個の置換で、酵素活性の強弱が変わってしまうことがある。
酵素の特異性はデリケートです。
人によって、お酒を飲めたり、飲めなかったりする基盤に、
「多型」があることは有名です。

※ 遺伝子の種類は同じでも、発現量で差異が生まれます。
  脊椎動物すべてが「脳」をもっているとして、
 他の動物と、ヒトでは、脳の細胞数や体重比が大きく異なります。
 「形質には発現量も関係する」と耳学問しておいてください。


∫3 視覚の多様性

本号のテーマ、視覚も、遺伝との関係があります。

1)色覚の個人差

研究が先行しているのは、色の認識です。
日本人における、色覚異常の頻度は、男性が女性の10倍以上です。
色覚を作り出す遺伝子がX染色体にあるので、性差があります。

色が、見えるか、見えないかの2分ではなく(違います)、
3波長のどれを ✕ どの程度感知するか、というマトリックスです。
RGBの全部を ✕ 全く認識できなかった場合は、完全な色盲ですが、
大半のケースは、どれか一つの感知が ✕ やや弱めになる、色弱です。

程度は、
 並み外れて識別力(精度、感度)が高い
  ~平均的、人並みに見える
    ~識別力が弱めだが、生活に支障はない
      ~識別できない、配慮してもらえないと困る。
まで、グラデーションです。

差が生じる原因は、
・「視細胞の数」に、多い/少ないがあるか、
・「感光物質の濃度」に、濃い/薄いがあるか、
・「感光物質の化学構造」に、鋭敏/鈍感の違いがあるか、
・「視細胞の発信の強さ」に、強い/弱いがあるか、
あたりでしょうか。
詳しくは眼の研究者にお任せします。

デジカメが普及してすぐ、色の世界が広がったことを覚えています。
フィルムカメラは、メカ好きで裕福な、男性の趣味家の手にありました。
デジカメが普及し、誰でも撮れるようになり、撮影人数が膨れ上がり、
手軽に買える普及機が、色覚が鋭敏な芸術家(しばしば女性)に届いて、
色彩面で優れた作品が数多く投稿されるようになりました。

「男性ではだめ」と言っているのではないです。
(統計的傾向を、その属性の全個体に共通する性質と考えるのは不可)
男性も、モネ並みに色に鋭敏な人は、色を繊細に描こうとします。
ただし、色を鋭敏に感知できる個体の絶対数が少ない。
手段を広く普及させると、鋭敏な人のもとまで届きます。


2)視覚の要素は多数ある

眼球が関わる感知の要素は、色覚だけではなく、複数あります。
たとえば、
 近眼の人は、遠景を主題にしないでしょう。
 両眼の視力差が大きい人は、遠近像を主題にしないでしょう。
 暗視が弱い人は、繊細な暗さを主題にしないでしょう。
 解像力が弱い人は、テクスチャーを主題にしないでしょう。
 視野の左右が狭い人は、パノラマを主題にしないでしょう。
 彫りの深い人は、ふわっとした明るさを主題にしないでしょう。
 目が糸のように細い人は、見上げる摩天楼を主題にしないでしょう。

皆、そうと知らないまま、感知の個人差を食らっています。
全員、生まれてこの方、自分の見え方しか知りません。
生活に不便があるとか、視覚研究の被験者になったとかでない限り、
見えていない人には、自分が見えていないことがわかりません。


3)人類全体としての有利

◆優生思想は、内発不分離障害と依存のセット

特定の要素がよく見える人と、あまり見えない人がいる。
だったらなんだというのです?
その要素の軸で、人の優劣を決めるんですか?
誰ひとり、自分で自分の形質を選んで生まれてくることはできません。
その要素が見えない身体に生まれたのは、自分だったかもしれないのに。

要素は多数あります。
どの個体も、ある要素は授かり、ある要素は授からないデコボコ状態です。
認知できる(=目立つ)形質など、30億塩基対の一部でしかない。
限られた軸を取り上げて、どうこうは短絡です。
生の優劣と絡めた取り上げ方をしたがるのは、優越欲の奴隷だけでしょう。

有体にいって、優生思想は、
・優越欲との内発不分離(障害)
   ⇒不分離のままだと制御意識が成立しない。駆り立てられるまま。
・条件代行型自己肯定(依存)
   ⇒何かの条件に自己肯定を肩代わりさせる依存をやめられない
のセットです。


◆個人差は、多様な作品の母

創作活動において、感知の強弱がどう奏功するかは、予見できません。

鋭敏な人には、その要素を主題にして繊細な絵を作れる有利があります。
何かの感知が弱い人には、その刺激に攪乱されない有利があります。

ある要素に攪乱されないことで、別の要素の活用が進む実態があります。
目の見えない人が、並み外れて聴覚の世界を充実させるように、です。

見え方の個体差を背景として、多様なアートが生まれそうです。

僕は、
 絵画も、写真も、
 カラー写真も、白黒写真も、
 風景写真も、人物写真も、料理写真も、
 立体的に見える塗画も、輪郭で表した線画も、
 遠近感のある絵も、面を構成するコンポジションも、
 精緻な質感を楽しむ写実画も、単純化を極めたピクトグラムも、
すべて、この世に存在してほしいです。
一つの認識、一つの画風しかない芸術界を、つまらないと思いませんか。


◆生きにくいとしても

鋭敏な人は、しばしば強すぎる刺激で苦しみます。

僕の左耳は、高音域がよく聴こえるタイプです。
ブラウン管時代のテレビ売り場は、高音の大音量で耐えがたかったです。

色覚鋭敏の場合、「目がチカチカして耐えがたい」状況になります。
僕は、解説の必要上、自ら色番上のマゼンタを画面に表示して
あまりの苦痛に、速攻で面積を小さくしました。
(小さくしましたが、まだ痛いです^^;)

ヒストグラムにおいて、最も生きやすい中央部の左右に、
 鋭敏すぎて生きにくい裾野と、
 鈍感すぎて生きにくい裾野が広がります。

前者は、刺激が強すぎるときの悶絶と、その苦痛を理解されない孤独。
後者は、感知できない不便と、「なぜ判らない?」と非難される苦痛。

両裾に生まれた個体は難儀ですが、
人類の存続という視点では、個人差はあったほうがよさそうです。
そのほうが人類全体では、たくさんのものが見えるでしょう。
集合知ならぬ、集合視です。

生きやすさが最大となる位置は、ときにずれることがあります。

地球の寒冷期は、寒さに強い個体が有利でしたが、
現在は、暑さに強い個体が有利です。

視覚でいえば、
サバンナの生活では2km先が見えることが有利だったかもしれませんが、
現代は、手元のノート、スマホ、PCがよく見えたほうが有利です。

科学者がオゾンホールの発生に気づかなかったら、
人類は見えない紫外線に、皮膚はもちろん、眼もやられてしまい、
虹彩が黒くて眼が細い人だけが、視力を維持する状況になっていたかも。

個人差は、長い目でみて、ヒト種の環境変動耐性を支えています。


∫4 視覚処理、想起網も多様


個人差は、眼球だけでなく「視覚認識の3段階」すべてに想定されます。
 1.情報入力(眼)
    ⇒ 2.視覚処理(脳の視覚野)
     ⇒ 3.想起網(大脳皮質)

視覚認識の3段階 (瀬戸による)  再掲


1)想起網に個人差が想定される

人によって想起内容が異なることは、vol.9のアーカイブでお話ししました。
おばあちゃんと孫娘では、脳に格納されている情報が異なるので、
同じ桜を目にしても、心の動きは異なります。
一般人、報道写真家、生物学者では、想起する学識の内訳が異なります。

vol.8の「美」の感覚も、想起網扱いとします(脳における座は未判明)。
「ずっきゅーん。ハートを射抜かれた! これは撮らなくては!」
になるか否かは、個人によって異なります。
虫嫌いの人は、色鮮やかな蝶を目にしても、美しいと感じないようです。
乳房に魅力を感じるかには、性差がありそうです。

想起網は、ブラックボックスなりに、まだ動作を推定できるほうです。
意識上のことは、その気になれば、当人が説明してくれますので。
(意識に上らない励起は、生じていても語られることがありませんが)


2)視覚処理に個人差が想定される

視覚処理のブラックボックスぶりには、本当に困惑します。
しかし、どれだけわからなくても、個人差は存在するとしか言えません。

◆遠近像の認識
こう発言する人がいます。

「マクロレンズって必要ですか?
 高解像度で撮って画像を拡大すれば済む話ですよね?」

ごふっ。マクロレンズ勢、吐血です。
寄って撮った像と、拡大した像が同じに見えるなんて、そんなばかな・・・。
遠近像~立体系の視覚認識が弱い人では、こういうこともあります。

遠近像に鋭敏な特性は、おそらく低頻度です。
僕は、カイユボットが丁寧に描き込んだ遠近が好きですが、
カイユボットが画家として人気上位かというと、そんなことはないです。


◆水平の認識
水平線や、建築物の撮影では、「水平」の感覚が活躍します。
鋭敏な人は、0.1度未満の傾きにも不快感を覚えるようです。
鋭敏でない人は、後日、外枠と平行にするやり方でデータを補正しますが、
鋭敏な人は撮影時に念入りに整えるので、補正の必要がないぐらいです。

建築物の撮影では、水平の感覚が必要。
左下のビルに収差が出ており、外枠と平行にするやり方は使えない。
中央の軸に集中する。

僕は、建築を主題にする写真家ほど、水平に鋭敏ではないです。
0.2°傾けば「傾いてしもた」ですが、0.1°未満だとよくわかりません。
それでも、外海で日の出を撮ったときは、苦しかったです。
船が揺れて、カメラを支えても、最低限の水平を確保できないのでした。
きちんと撮ろうと、見ることに注意を集中すると、酔う酔う・・・。

酔いは三半規管のせいという話もありますが、僕の酔いは視覚が原因です。
3Dゲーム酔いがひどいです。
ワンダと巨像』は、酔ってしまい、嘔吐しながらクリアしました。
映像美がすばらしすぎて、嘔吐してでもやりたかったという(阿呆)
『8番出口』は吐き気でリタイアしてしまい、最後までできませんでした。
平気な人が多数派なので、僕はマイノリティです。

ところで、ここで関係しているのは、水平認識だけでしょうか、
僕は、縦スクロールタイプのシューティングや音楽ゲームでも、
夢中になりすぎると、世界が慣性的にスクロールする認識異常が出ます。
縦スクの水平は一定なので、おそらく動き関係の視覚処理です。
最初に視覚で酔うと気がついたのは、遊園地の視覚アトラクションでした。
視覚処理、一体、何をしているんだ・・・。


◆輪郭の認識
輪郭の認識が、がっつり立ち上がるタイプの人もいるでしょう。
輪郭に鋭敏な人は、漫画、線画、イラスト方面で活躍していそうです。

日本から漫画の秀作が次々生まれるのは、
日本人に輪郭の認識が強い人口が多いからかもしれません。
恋愛、冒険、スポーツ、学園、仕事現場、医療、料理、歴史、SF、etc。
一人の作家でさまざまな舞台や視点をフォローするのは無理です。
絶対人数が多ければ、多様なドラマをフォローできます。

ジャポニズムは、モチーフのみならず、視覚特性の驚きでもありました。
西欧に到着した江戸時代の浮世絵は「輪郭アリ」が標準だったのです。

明治時代の新機軸「朦朧体」は、当時の日本で人気が出なかったそうです。

僕は絵を習う中で「見なさい、輪郭なんかない」教育を受けていますが、
それは西洋絵画の伝統であって、日本画の伝統からは外れます。
当時、朦朧体派が叩きに遭った様子に、印象派の弾圧を想起します。
「こんなのは印象にすぎない」「こんなのは朦朧だ」

輪郭の有無を高く評価したり、叩いたり。
視覚の要素一つを取り上げて何をやっているんでしょう。


◆視覚処理は、おそらく多様
視覚処理における遺伝(生得)/文化の寄与率は、はっきりしません。

視覚特性の民族差は、推定で「ある」です。
嘘つきアーニャの真っ赤な真実には、東欧の視覚要素が出てきます。
自分が育った地域の視覚特性は、全人類の標準ではないです。
文化の外からみると、驚きの民族性である可能性があります。

「民族差」だけでなく「個人差」も、推定で「ある」です。
何かの視覚要素がひときわ強く立ち上がり、それを描くマイノリティは、
アーティストとして活躍する素地があります。

視覚処理は脳内の動作です。
極端な話、神経細胞に励起があれば、それが実在でなくても見えます。
視覚野に発生する不定性の励起(幻覚症状)を、芸術に高めた人もいます。
草間彌生は不屈でした。
「幻覚を芸術に生かした」より、「芸術活動で幻覚症状に耐えた」に近い。


写生の課題をやったとき、生徒間で出力物が異なるのはふつうです。
「手技の巧拙」と考える人は多く、もちろん手技は確実にあるのですが、
それ以前の、視覚処理の工程にも、おそらく違いはあります。

・立体の認識
・水平の認識
・輪郭の認識
・上下左右の位置認識
・遠近の位置認識(2視が重なる範囲と差分の情報処理)
・色の認識(単色および配色の感覚)
・光源の角度認識
・図形の認識(線分の長さ、曲率、平行、交差の角度、接弦など)
・3次元ベクトルの認識(顔の向き、身体の向き、花の向きなど)
・テクスチャーの認識
その他、よくわからないけど、たくさん!

各認識は、独立とは限りません。
別の感覚との配線で安定化され、認識に上りやすくなっている人もいます。
励起が浮き駒であるより、聴覚、温覚、触覚、気分と繋がっているほうが、
揮発しにくい。
配線の短絡が、生得であるケースは「共感覚」と呼ばれます。
意味不明の励起は混乱するほどではなく、創作や鑑賞に寄与するだけです。
共感覚は、個人差の領域です。
経験に基づいて後天的に配線が接続されるのは脳の常態で想起網扱いです。


該当する項目に、視覚認識が成立することで、
「この情報をしっかり描こう!」と思い立てます。


視覚認識 まとめ


Part 1
 ① ヒトの視覚には、物理基盤、しくみがある。
 ② 視覚認識は、1.情報入力、2.視覚処理、3.想起網の3段階

Part 2
 ③ 情報入力、視覚処理、想起網、3段階すべてに個人差が想定される。

視覚認識の個人差は、視覚芸術(絵・写真)の出力に影響します。
僕はこの世に、多様な絵・写真がある状況を好ましいと思っています。

みんなちがって、みんないい。

『私と小鳥と鈴と』 金子みすゞ


トップ画:Grevillea alpina ©Julikis_Seto 2011


[マクロレンズの世界 シリーズ目次]
親しむ編
 マクロレンズの世界 vol.1 細部
 マクロレンズの世界 vol.2 集合と配列
 マクロレンズの世界 vol.3 陰影
 マクロレンズの世界 vol.4 光
 マクロレンズの世界 vol.5 ワンダー
 マクロレンズの世界 vol.6 アーティファクト
 マクロレンズの世界 vol.7 色
 マクロレンズの世界 vol.8 アート
 マクロレンズの世界 vol.9 アーカイブ
 マクロレンズの世界 vol.10 トリミング
学ぶ編
 マクロレンズの世界 vol.11 視覚認識(1/2)基礎 -視覚認識の3段階
 マクロレンズの世界 vol.11 視覚認識(2/2)個人差
 マクロレンズの世界 vol.12 作画工程(1/3)基礎 -アートの通学路
 マクロレンズの世界 vol.12 作画工程(2/3)マクロ撮影
 マクロレンズの世界 vol.12 作画工程(3/3)レタッチ
 マクロレンズの世界 vol.13 作例(1)覗くように
 マクロレンズの世界 vol.13 作例(2)抽象

※ 本号の既読表明(スキで代用)が20に達したら、
  次号(作画工程(1/3))を解禁します。

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