マクロレンズの世界 vol.3 陰影









マクロ撮影 中級
1)カメラを花の高さに近づける
花の撮影で、高さを合わせると、独特の効果が生まれます。
①「あなたを壊しません」という尊重の心で、対象に接する感覚
② 自分が小人になって世界を眺める感覚(インスタレーション効果)
マクロレンズで写した被写体は、大きい/小さいがよくわかりません。
「サイズ不詳」の造形物に対して、日常生活の認識が外挿されます。
マクロレンズでは、ミクロの世界が日常風の「遠近」で展開します。
構造物に入り込んだ、小人の眼で見た世界です。
ますむらひろしの「アタゴオル物語」は巨大植物の世界に見えますが、
もしかすると、登場人物のほうが妖精かもしれませんよ。
視覚認識を揺さぶるという点で、マクロ写真は単純な拡大ではないです。
高さを近づけると、これらの効果を強く反映させることができます。
ここでひとつ問題が。
花には「花芯」という強力なターゲットがあります。
そもそも花は虫寄せに特化した器官であって、花芯はその的(マト)です。
上向きの花を高さ合わせで撮ると、花芯が見えないという不満が湧きます。
そこで、高さが近めで、花芯も見える、斜め上が好んで選択されます。
花は咲きたい高さで咲き、撮影者はそれに合わせます。
必要に応じ、ファインダーを覗かない、画面撮影も使います。
ナチュラリストたちは、花芯そっちのけで裏側を狙うかもしれません。
センス・オブ・ワンダーにおいて、定型構図などどうでもよいことです。
「この植物のここがいい」という偏愛を大事にします。
2)暗いときは暗く撮る
暗いときは暗く撮ります。
一般に、暗い状況で、露出をマイナス補正せずに撮ると、
彩度が低いのに不自然に明るい、白く霞んだような写真になります。
実際、どれぐらい暗いのか、現地で意識に上らせることは難しい。
ヒトの視覚は自動で補正がかかっています。
後日、画像を確認したとき、白くて不自然だったという経験を通して、
暗いときに露出を下げることを習慣化します。
暗めになるシーンは、具体的には以下があります。
・建物の日陰
・山の斜面の日陰側
・林床、樹下
・曇天
・未明/黄昏時
やっと確保できた休日が、曇天のこともあるでしょう。
印象派の絵画ような、光あふれる写真は撮れそうにありません。
しかし、強光がない状況は、感度曲線が鋭敏な領域全体を使って、
明暗のグラディエーションを展開するチャンスだったりします。
まぐれでレンブラント。
中級になると、そういうラックもあったりします。

曇天で露出のマイナス補正を忘れると、低コントラストで白っぽく写る。
白く霞ませた絵が欲しかったとして、後日、画像処理でそれを作るのは簡単です。
原データは、感度曲線における階調が鋭敏な範囲で取得したほうがよいです。
写真解説
① バラ(バラ科)
出版社との打ち合せを終え、バラ園に到着すると、閉園30分前でした。
「あと30分ですが、いいですか」と守衛さんに念を押されて入場します。
ベストな時期に1枚撮れれば、それで十分な気がします。
② ハナモモ(バラ科)
僕は幾何学図形に惹かれるのか、モモの花を撮ってきませんでした。
ある日、園芸家の婦人から、くしゅくしゅの花の魅力を力説されました。
そういわれれば、かわいいかも(タジタジ)
以来、くしゅくしゅ系の花も撮影対象に加えています。
美学名は、「くしゃくしゃ」ではなく「くしゅくしゅ」です。
服飾に起源を持つオノマトペらしいです。
僕が撮るより、「くしゅくしゅ推し」のご婦人の手で撮ったほうが、
魅力的に映るのではないかと想像しています。
③ ウメ(バラ科)
梅の花では、「咲く」以外に、「ほころぶ」という表現も使われます。
英語には存在しない表現で、なんとも英訳しようがありません。
loosen? relax? unravel?
言葉を尽くして解説したとして、語感までは伝えられそうにないです。
梅の花は、ほっこりほころぶものでして。
英訳といえば、「詫び寂び」をどう訳すかの話題はよく出ますね。
SF「ニューロマンサー」に出てくるAIの名前である「winter mute」や、
「empty」を推す手もあったのですが、wabi sabiに落ち着いたようです。
音楽界において、「サウダーデ」や「ブルー・ノート」はそのままです。
歴史背景を知った上で使用すれば、他国の奏者が口にしても大丈夫です。
詫び寂びは「諸行無常」「盛者必衰」「冬の静寂」「無飾」を含みます。
単純な「万物は流転する」とは質が違う。
消えてしまう、無くなってしまう、寂しい、寄る辺ないあたりが近い。
ヴァニタスとも違う。
ヴァニタスは、上から目線で「死を忘れるなかれ」とエグく戒める。
詫び寂びで寂しく虚しいのは自分で、そこに儚さや切なさの美がある。
僕の手元には「翻訳できない世界のことば」という絵本があります。
あ、まずい、言語クラスタ向けの記事を書いているのではなかった。
④ ヒメキンセンカ(キク科)
時は流れ、詩人は忍びの者になりました。
本種の選抜種は「冬知らず」という名で販売されています。
響きがよく、ヒメキンセンカという標準和名をかすませそうな勢いです。
⑤ ヤマブキ(バラ科)
花びらも雄しべも花粉も全部、ヤマブキ色(=カロテノイド色)です。
のっぺり感を回避しようとして、あれこれ撮ります。
想像以上に、しべが愛らしかった。
⑥ アジサイ(アジサイ科)
梅雨がなかったら、日本の夏はもっと過酷だったと言われています。
暗くて構いませんので、ダムにたっぷりの水をお願いします。>雨雲さん
⑦ バイカウツギ ベルエトワール(アジサイ科)
フランス語で、ベルは美しいの意、エトワールは星の意です。
ありがたい品種名ですが、本種で特筆すべきは、形ではなく香りです。
花を見つけたら是非、香りを嗅いでください。
フルーティで、甘くて、レモン感、ハニー感があるとてもよい香りです。
⑧ ヒルザキツキミソウ(アカバナ科)
むかし、むかし。通信が写真を扱えるようになる前の時代。
「トゲナシトゲトゲ」について語った記事がバズりました。
その記事をきっかけに、トゲトゲは多くの人が知るところになりました。
生物学者「なにゆえトゲハムシが?! めっちゃ地味やん?!」
筆力が突出した人の手にかかると、こんな番狂わせも起きます。
そんなこんなで、昼咲き月見草です。
⑨ マメ科植物の芽生え
撮影しているとよく、「何を撮っているのですか」と尋ねられます。
「芽です・・・」「樹皮です・・・」「苔です・・・」
尋ねた人は後ずさりしながら消えていきます。ヒロシです・・・。
[マクロレンズの世界 シリーズ目次]
親しむ編
マクロレンズの世界 vol.1 細部
マクロレンズの世界 vol.2 集合と配列
マクロレンズの世界 vol.3 陰影
マクロレンズの世界 vol.4 光
マクロレンズの世界 vol.5 ワンダー
マクロレンズの世界 vol.6 アーティファクト
マクロレンズの世界 vol.7 色
マクロレンズの世界 vol.8 アート
マクロレンズの世界 vol.9 アーカイブ
マクロレンズの世界 vol.10 トリミング
学ぶ編
マクロレンズの世界 vol.11 視覚認識(1/2)基礎 -視覚認識の3段階
マクロレンズの世界 vol.11 視覚認識(2/2)個人差
マクロレンズの世界 vol.12 作画工程(1/3)基礎 -アートの通学路
マクロレンズの世界 vol.12 作画工程(2/3)マクロ撮影
マクロレンズの世界 vol.12 作画工程(3/3)レタッチ
マクロレンズの世界 vol.13 作例(1)覗くように
マクロレンズの世界 vol.13 作例(2)抽象
