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マクロレンズの世界 vol.5 ワンダー

Erigeron philadelphicus(ハルジオン)  ⒸJulikis_Seto, 2010
Myosoton aquaticum(ウシハコベ)  ⒸJulikis_Seto, 2010
Magnolia kobus(コブシ)  ⒸJulikis_Seto, 2010
Bromus sp. 推定 B.carinatus(イヌムギの仲間)  ⒸJulikis_Seto, 2010
Schoenoplectus tabernaemontani(フトイ)  ⒸJulikis_Seto, 2015
Hypnum sp.(ハイゴケ属)  ⒸJulikis_Seto, 2015
不詳キノコ  ⒸJulikis_Seto, 2015
Alnus firma(ヤシャブシ)  ⒸJulikis_Seto, 2010
Hibiscus mutabilis(フヨウ)  ⒸJulikis_Seto, 2011
spider web(クモの巣)  撮影地:グアム島  ⒸJulikis_Seto, 2010



センス・オブ・ワンダー入門


1)「センス・オブ・ワンダー」の背景

「Sense of Wonder」という概念は、SF小説で生まれました。

SFでは現在の地球と異なる世界が描かれます。
読者は読むことで没入し、驚きをもって空想世界を堪能します。

そこで描かれた幻想に「Sense of Wonder」という称賛がなされます。

称賛の対象は、
 知的生命体、科学者、数学者、言語学者、心理学者などの演者、
 オーパーツ、ロゼッタストーン、扉を開く鍵などのアイテム、
 遺跡、海底や砂漠、異星の環境、宇宙船、研究所などの舞台、
 その舞台で作る古代感、未来感、異星感、宇宙感、異次元感、
 詩情、調和、優美、ノスタルジー、浮遊、怪異の演出
など、多岐に渡ります。

また、謎に満ちた世界で、終盤、世界の全体像が明らかにされると、
読者は大いに驚愕します。

推理小説に欠かせない、
 「どんでん返し」
 「タネ明かし」
 「伏線のピースが見事な絵になる」
に通じる驚きですが、そこはSF、スケールが惑星規模だったり、
何万年もの時間が絡んでいたりします。

驚くことに喜びがある。

SF作家は、作品に驚きを仕込み、
SFファンは、その妙をあますところなく堪能しました。

この感覚を表す単語は存在しません。
誰が言い始めたかはわかりませんが、
「Sense of Wonder」という表現で賛美されるようになりました。

驚きといっても、大きな音に驚くのとは、違います。
知的に驚く。
・なんと不思議な、奇異な、人知及ばぬ世界なり、と驚く(wonderがある)
・謎が解け、秘密が明らかになり、そうだったのか、と驚く(AHAがある)
です。


2)レイチェル・カーソンの「The Sense of Wonder」


The Sense of Wonder」は、
生態学者レイチェル・カーソンの遺作のタイトルです。

「沈黙の春」の刊行後、科学者は生分解性を調べるようになりました。
化学物質の評価項目が新設されるというのは大変な事件です。
学界も政府もてんやわんやです。

喧騒の中、彼女に死が迫っていました。
「沈黙の春」執筆時点ですでに、ガンの闘病は始まっていたようです。

「The Sense of Wonder」は、限りなく、辞世の句に近い、詩文です。
そこには、
 自然の中で過ごした、驚きと喜びに満ちた日々の記憶と、
 自分、亡きあと、人々がそれらを感じ取ることへの祝福
が綴られています。

いよいよのとき、「世界は美しい」と語るのは、あることでしょう。
無念にも、去らなくてはならない世界が美しくみえる・・・。
何がどうこうでなく、漠然と、美しく感じられる。

科学者は、自然の有姿とその諸現象に目を向ける研究者です。
彼女の胸には、自然を享受した日々が去来していました。

 大気、大地、海。
 雨、小川、岩、土、砂浜。
 動物、植物。
 春、夏、秋、冬。

世界は、漠然とではなく、実体ある姿と、実体ある現象をもって美しい。

大海原、大山脈、大渓谷、大瀑布に、感動する人は多いでしょう。
それらは自身より大きいゆえに、畏敬(畏怖)の念が湧きやすい。

彼女が感じていたのは、しばしば、もっと小さく繊細なものでした。
価値に気づかない人が、考えなしに、傍若無人に振る舞うだけで、
あっさり壊れてしまうような何か。

彼女が小さな命たちの行く末を案じていたのは確かです。
しかし、嘆きはしても、叩きはしませんでした。
人々が持つ、自然を感じる心の力を信じていたように見えます。


SFの魅力である「Sense of Wonder」と、
カーソンが提示した「The Sense of Wonder」には差異があります。

前者は、創案し、作り込み、驚きを楽しむ、アート(人為)の妙です。
後者は、見過ごしそうな自然の妙に驚く、鋭敏な感性の価値観です。

かたや創作世界、かたや地球の自然。
対象は異なりますが、「驚き」と「喜び」の感覚は共通しています。


3)マクロ撮影とセンス・オブ・ワンダー

自然に宿る輝きを、感知し、驚嘆し、賛美し、慈しむ。

自然物を対象とするマクロ撮影は、
 ① 小さなものに目を向ける
 ② 驚嘆、賛美する
という点で、カーソンの価値観と親和性が高いです。

自然を感じる心は、何で表現しても構いません。
詩文、音楽、絵画など、複数ある手段の中に「カメラもあるよ」です。

写す対象はなんでも。
花や蝶や鳥でなくても、気にとまったなら、なんでも。

撮っているうちに、認識の解像度が上がることがあるようです。
それまで気にとまらなかった小さな生き物や、細かい造りが見えてくる。

まずは一枚。
標準レンズより難度は高いですが、きっと写りますよ。



追記 2024年9月12日

「wonder」は訳しがたいです。
悶々としていたところ、他の研究者さんの表現を見つけました。
 >「イマジネーションの外」

なるほど、日本語には「想像の斜め上を行く」という定型句があります。

ただし、「wonder」には、
  ・(その人の)認識に織り込み済みでない(surprising)
  ・(その人に)感知(sense)および享受(enjoy)の自覚がある
  ・(評価軸において)素晴らしい(amazing, beautiful, splendid)
の3要素を併せ持つニュアンスがあって、やはり完全には訳しがたいです。



写真解説

① ハルジオン(キク科)
 ハルジオンとヒメジョオンの識別には、花期と蕾の向きが使われます。
 自然観察のレクチャーは、プラクティカルであることが大事なので、
 実用的であれば、どの特性を取り上げてもかまいません。
 写真に写っている蕾の花茎はツヤツヤしています。
 しおれているというより、ストレッチかダンスをしているように見える。
 実況アナウンサー「二番手の蕾がアップを始めたようです」


② ウシハコベ(ナデシコ科)
 画像をチェックしていて、影法師を見つけることがあります。
 「この影法師を撮るぞ」と思って撮ったことは一度もないです。
 「立体物の陰影」は認識していても、「影法師」の認識はない。
 視覚処理の工程で、認識からはじかれている気がします。
 ヒトの脳における視覚処理は謎に満ちています。
 視覚認識について、現時点で判明している知見を知りたい方には、
 セミール・ゼキの「脳は美をいかに感じるか」を勧めます。


③ コブシ(モクレン科)

 もけ、もけ。
 (めでたし、めでたしの音で)


④ イヌムギの仲間(イネ科)

 イネ科にイヌムギ、ネズミムギ、カラスムギ、ハトムギの名が見えます。
 地方名で、サルムギ、スズメムギ、ウシムギ、ウマムギもあります。
 こんなにたくさん動物が登場するのに、なぜかネコムギはない。
 ネコの名前で「ムギちゃん」というのはよく聞きます。


⑤ フトイ(カヤツリグサ科)
 茎がカクカクの平行脈の草を見つけたら、カヤツリグサ科でOKです。
 イグサ科とカヤツリグサ科は、分類学的に隣合わせで、分別しにくい。
 本種の和名にもイという音がついています。
 雌性期に柱頭2裂を確認できるといいですね。
 分別は植物検索研究会の類似3科の図解区別一覧がわかりやすいです。


⑥ ハイゴケの仲間(ハイゴケ科)
 僕の「写したが、写っていない写真」の多くがコケです。
 コケは暗いところを好み、同定に使う胞子体は小さいです。
 近年、デジカメが高ISO化しました。
 マクロレンズと高ISO機のセットで、写りがよくなるといいのですが。


⑦ キノコ不詳
 若き日の楽しかった思い出として、ペンションきのこの滞在があります。
 小宮山勝司氏のレクチャーつきの山歩きは最高でした。
 後年、東大の生協で小宮山氏のエッセイを見つけて即買いしました。
 該当書「キノコの魅力と不思議」の中身は、はっちゃけています。
 「自分は学者じゃない」と言い張る「小宮山節」全開です。


⑧ ヤシャブシ(カバノキ科)
 「・・・そんなにアップで撮らないで・・・・・・恥ずかしい・・・」
 「いや君はきれいだよ」
 マクロ撮影って背徳感がありませんか。
 すみません、忘れてください。


⑨ フヨウ(アオイ科)
 逆光にすると毛が映えます。(注:毛は生えません)

「 逆光は とにもかくにも 毛が写る 」


⑩ クモの巣
 
ホテル・ニッコー・グアムの私有地にはトレッキングコースがあります。
 細い坂道を登っていくと、植栽でない植物と虫の宝庫でした。
 南の島でトレッキングする(農園探訪含む)人は、虫除けを忘れずに。
 空港の売店で、機内持ち込み制限に抵触しない虫除け剤を買えます。
 

[マクロレンズの世界 シリーズ目次]
親しむ編
 マクロレンズの世界 vol.1 細部
 マクロレンズの世界 vol.2 集合と配列
 マクロレンズの世界 vol.3 陰影
 マクロレンズの世界 vol.4 光
 マクロレンズの世界 vol.5 ワンダー
 マクロレンズの世界 vol.6 アーティファクト
 マクロレンズの世界 vol.7 色
 マクロレンズの世界 vol.8 アート
 マクロレンズの世界 vol.9 アーカイブ
 マクロレンズの世界 vol.10 トリミング
学ぶ編
 マクロレンズの世界 vol.11 視覚認識(1/2)基礎 -視覚認識の3段階
 マクロレンズの世界 vol.11 視覚認識(2/2)個人差
 マクロレンズの世界 vol.12 作画工程(1/3)基礎 -アートの通学路
 マクロレンズの世界 vol.12 作画工程(2/3)マクロ撮影
 マクロレンズの世界 vol.12 作画工程(3/3)レタッチ
 マクロレンズの世界 vol.13 作例(1)覗くように
 マクロレンズの世界 vol.13 作例(2)抽象