バラと文学と写真論 vol.2 最初の赤いバラ

野獣「恩知らずめ。私のバラを盗むとは!」
『美女と野獣』 ヴィルヌーヴ夫人版(1740年)/ボーモン夫人版(1756年)
翻案 ディズニー版(1991年)ほか
最初の赤いバラ
愛と真実の象徴、赤いバラ
『美女と野獣』には、バラが、キーアイテムとして出てきます。
「役割が象徴だし、恋愛モノだし、このバラはきっと赤だよね」
そう思うでしょう。
ところが。
原作者は、バラの色に言及していないのです。
もし、原作者が赤いバラを見ていたら、赤を指定したかもしれませんが、
1740年当時、欧州に、本当の意味での、赤バラは存在していませんでした。
マゼンタ色のバラ
薔薇戦争のランカスター家を象徴した欧州のガリカローズは赤・・・、
いや、ガリカの色の分類はマゼンタでしょう。
マゼンタ。
イメージしにくいでしょうか。
会場から、#FF00FF、という声が上がりました。
そう、マゼンタの色番は、RGBで、255、0、255。
ITの世界では、極値でした。

いや、バラは、ここまでチカチカした色ではないです

日本人は、赤のハマナスを思い浮かべてもよいでしょう。
赤紫を薄めて明るくしたような、濃いピンクに近い色味です。

f.alba(白花タイプ)もあります。
我々は、赤のハマナス、白のハマナスと表現しますから、
マゼンタを「赤」に分類することは、完全な間違いとは言えません。
しかし、赤バラと言ったとき、現代人が思い浮かべるのは、
もっと赤、真っ赤、深紅、緋赤です。

現代人が思い浮かべる赤バラは、これぐらい赤い。
欧州に赤いバラ到着
西洋人が見た、最初の、本物の、赤いバラは、Slater’s Crimson Chinaです。
Slater’s Crimson China(スレイターズ クリムゾン チャイナ)
1792年、英国東インド会社のプラントハンター、Gilbert Slaterにより
ヨーロッパに紹介された。
バラに赤をもたらした貴重な品種。
現代バラのクリムゾン系のほとんどが、この品種にいきつく。
WEBバラ図鑑より引用、一部修文
中国で赤いバラを発見したとき、スレイター氏は目を剥いたでしょう。
話を聞いて種子を預かった、博物学者や育種家もドキドキしたでしょう。
「クリムゾンレッドか、これはすごいことになるなあ」
※ 学術的には、 スレイターズ クリムゾン チャイナは、
Rosa chinensis 'Slater’s Crimson China' です。
キネンシスは自然交雑しつつ、多様な花容で分布している状態で、
色形に違いがあるとしても、ファミリーとして括るしかないです。
生物学上はひと括りにしますが、園芸上は赤花の遺伝子は特別です。
間に合わなかった、否、間に合った、赤いバラ
ヴィルヌーヴ夫人が『美女と野獣』を発表したのは、1740年。
ボーモン夫人が『美女と野獣』を書き直したのは、1756年。
スレイター氏がCrimson Chinaを西欧に紹介したのは、1792年。
惜しい! もうちょっとでした。
否、惜しくないのかもしれません。
スレイター氏は、どうやら翌1793年に亡くなったようです。
欧州に赤いバラを届けて倒れた、という見方もできます。
ハントの対象である植物は、ごく一部を除いてほぼ安全ですが、
森の中には、獣もいればヘビもいる。寄生虫もいるし、感染症もある。
インド~チャイナの探索行に、村はあっても病院はない。
プラントハンターは、いわゆる「冒険者」です。
彼は、存命中に、聖杯、聖剣、賢者の石、赤バラを発見しました。
帰還も成功、赤いバラの標本(とおそらく種子)を持ち帰りました。
ハンターの名を冠す慣習に則り(※)、こうして名も残っています。
※ 二名法はそんなに急に普及しません。
カール・フォン・リンネの「植物種誌」は、1753年刊行。
リンネの弟子たちが、世界各地に採集旅行に出かけ、
新種を大量に登録して、命名の体を厚くしていきます。
が、その弟子たちも、過酷な探索行で命を落としていきました。
日本担当だったカール・ツンベルクは、軟禁されたものの落命せず、
欧州への帰還を果たし、リンネの後を継いでいます。
ツンベルクが箱根から持ち帰った標本は、今も保管されているとか。
文学を力づける赤いバラ
時代を考慮すると、『美女と野獣』で、両夫人が思い浮かべたバラは、
欧州原産の原種、または、その自然交雑種であるオールドローズです。
ピンクしか植わってなかった時代に、色の指定をする必要はないでしょう。
小説にサクラを出すとき、いちいち何色の桜と指定しないようなものです。

出典: Wikipedia 美女と野獣
裕紀の目には、挿絵の中のバラがRosa canina(イヌバラ)に見える。

欧州原産。花はピンクの中輪で愛らしい。株はこんもり茂る。庭園でよく栽培される。
「ローズヒップ」を採取する代表品種。
『美女と野獣』は、後年、多数の翻案がなされました。
オペラ、バレエ、映画、アニメなど、想像以上に数が多いです。
「翻案件数ランキング」は
『シンデレラ』『ロミオとジュリエット』の次ぐらいでしょうか。
一部の物語には自己複製性があり、原作者の死後も生き続けます。
物語には、記憶に残り、語り継ぎ、共有したくなる魅力があります。
文学を専門としない者でさえ、有名な物語の展開と結末を言えます。
「こうなって、
こうなって、
こうなって、
こうなったんだ」
『美女と野獣』は、主題が繰り返し利用される中で、次第に、
「このバラは赤」という形に落ち着いていったようです。
野獣との組み合わせや、シーンの緊張感を考えると、赤バラがベストです。
原作の作出に間に合わなくても、落着するものは落着します。
スレイターの赤バラは、バラの作出史を動かしただけでなく、
物語のシーン作りにも影響を与えていきました。
後世、さまざまな物語に、赤バラが登場するのはご存じの通りです。
またー(^^)/
トップ画:「美女と野獣」 白水社版 装丁
挿画: Julikis_Seto
[ バラと文学と写真論 シリーズ目次 ]
vol.1 シェイクスピアが見たバラ
vol.2 最初の赤いバラ
vol.3 象徴と象徴性
vol.4 秘密の花園に植えられたバラ
[フォトアルバム 薔薇の季節 シリーズ目次 ]
vol.1 バラの庭園
vol.2 原種1 欧州
vol.3 原種2 日本・中国
