見出し画像

「花びら5枚の花はなぜ多い」編集後記vol.2 雄しべの不定性を考える

※ 17000字あります。
  内容は研究者・愛好家用です。画像100枚はどなたでも楽しめます。

 この記事には、以下の初出が含まれます。
  「雌性先行説」
  「雄しべ形成における濃度勾配モデル」
  「雄しべの合離性5段階」「合しべ/離しべ分類」
 独自の創案・命名ですが、先行文献が見つかる可能性はあります。

∫1 はじめに

本編において、「不定性あり」で例示した科は4つです。
 ・ウリ科(ウリ目) ・・・雄しべに不定性がある
 ・タデ科(ナデシコ目) ・・・雄しべに不定性がある
 ・ツバキ科(ツツジ目) ・・・花被に不定性がある
 ・モクレン科(モクレン目) ・・・花被に不定性がある

不定性は4科にしか出現しない、ということではないです。
たとえば、
本編2章では、ロウバイ科、マツブサ科を、
後記vol.1では、ムクロジ科、ボタン科、ヒルギ科を、
不定性が観察される科として例示しています。

今回はウリ科に着目します。
ウリ科の雄しべの、どこがどう不定なのでしょう。


∫2 ウリ科の雄しべの不定性

1)雄しべに、取捨または合着がある

ウリ科の花は、花冠5裂、ガク片5です。
5数性に区分したくなりますが、ちょっと待った。
ウリ科は雌雄異花で、雄しべに不定性があります。

花糸の本数は、種ごとに傾向が異なります。
最頻3本が多く、1本、2本、3本、4本、5本、全例あります。
しばしば、合着したり、裂けたりで、どう数えるべきか迷います。
葯(やく)は、肥大し、形状は不定で、均質性を欠きます。
科の中でばらつく上に、同じ株の中でも揺らぎます。

雄しべの原基は、おそらく5つあるのでしょう。
しかし、花を調べただけでは、
取捨で減数したのか、合着で減数して見えるのか、判明しません。

この様相では、
「多少の逸脱はありますが、ウリ科の雄しべは5本で、数性は5です」
とまとめられないです。
数性は「不定性がある」に区分しました。

Citrullus lanatus cv.(スイカ栽培種、小玉タイプ) ウリ科 雄花♂
肥大した3つの葯。
葯の形状は不定で、数性の基礎となる均一性を欠いています。
Momordica charantia(ゴーヤ) ウリ科
左:雄花♂   右:雌花♀
花糸は2~3本です。
花糸の形状は、少なくとも2本は、板状です。
葯の形は不定です。
花糸の付け根の中心は底穴で、雌しべらしき構造はありませんが、場所だけは空いています。
推定 Cucurbita cv.(推定 カボチャ栽培種) ウリ科 雄花♂
花糸は最頻3本です。
花糸の付け根の中心には穴が空いています。
葯は縦に長く肥大します。
左:推定 Luffa aegyptiaca(推定ヘチマ) ウリ科 雄花 雄花♂
右:推定 Benincasa hispida(推定トウガン) ウリ科 雄花 雄花♂
ヘチマの花糸は、1束~5本分離まで、ばらつきます。
花糸の束の先端は開裂し、形状不定の葯をつけます。
トウガンの花糸は最頻3本で、先端が開裂し、形状不定の葯をつけます。
Trichosanthes kirilowii(キカラスウリ) ウリ科 雄花♂
花糸は3~4本です。
葯は縦に肥大します。通常は、付着しているだけで、花糸ごとに分離できます。
ただし、微妙に合着している花糸では、葯も微妙に合着していて分離できません。
Sicyos angulatus(アレチウリ) ウリ科
左:雄花♂   右:雌花♀
花糸は1本です。
葯は球形です。

身近なウリ科植物の雄花を観察してみてください。
他に、キュウリ、メロン、ヒョウタン、スズメウリ、ゴキヅルがあります。


2)雄しべの不定性の背景に雌しべの不在がある

花冠を根拠として、ウリ科を5数性に区分してもかまいません。
しかし、この雄しべの様子は珍しい。
「進化の現場を目撃している」と思うと、看過する気になれませんでした。

雄しべの合着の背景には、雌しべの不在があります。
雌しべの在りようには、幅があります。

雌しべの在りよう5段階 ](瀬戸による)
 ① 機能:雌しべが座し、機能する
 ② 形骸:雌しべは機能しない。形はほぼ保たれている
 ③ 痕跡:雌しべの形が保たれていない。矮小化した痕跡器官がある
 ④ 空席:雌しべに相当する器官は見当たらない。場所は空いている
 ⑤ 消滅:雌しべがあるはずの場所が、他の組織で埋まっている

ウリ科の花の性分化は、生化学的に制御されているようです。
 参考文献 ウリ科植物の花の性分化のエチレン制御と遺伝モデル
      植物の生長調節 2012 年 47 巻 1 号 p. 24-33

何かの成分の濃度で雌雄を分けるとして、濃度は些細なことで変動します。
雌性の強弱は、雄性部品の工事に、余地的生合成的に、影響しそうです。

ウリ科の区分は、「不定性がある」ではなく、
「雌雄特化型で、数性で考えにくい」としてもよかったかもしれません。

左:Aucuba japonica(アオキ) アオキ科 雄花♂
雌しべがあるはずの位置が空席になっています。
最頻4ですが、5や6も出ます。

右:Daphniphyllum teijsmannii(ヒメユズリハ) 科 雄花♂
雌しべがあるはずの位置が空席になっています。
雄しべの数は8~10本で不定です。

雌雄異花を一つの数性で括ろうとすると、実態とずれてしまうことが多いです。
しばしば、空席タイプの雄花♂が安定しません。
「最頻いくつ」「何~何個」などの表現で、実態から離れないように気をつけます。
特定の数が出現することだけでなく、数性が乱れることも立派な特徴です。
Trichosanthes kirilowii(キカラスウリ) ウリ科
左: 雄花♂
右:雌花♀ 花筒と花柱を折り取った状態
雄花♂には、痕跡状態の花柱が、雌花♀には、痕跡状態の雄しべが
それぞれ見つかることがあります。
偏らせているだけで、潜在的には両性花なのでしょう。


∫3 合しべ/離しべ分類

ウリ科をきっかけとして、雄しべの合着を考えます。

1)花弁ではなく、しべで考える

ひと昔前まで、合弁/離弁は、進化の分岐点と考えられていました。
合弁/離弁で、2章に分けた図鑑を持っている人もいるでしょう。

近年になり、「合弁/離弁は進化時計にできない」と判明しました。
花弁の離集は、どちらの方向にも動くようです。
合弁花、離弁花、両方が現存する以上、淘汰圧も弱そうですしね。

現代科学は、恣意性を問題視します。
「花びらは目立つし、わかりやすいので、花びらで考えましょう」
それはいけません。
ヒトの目を惹くからといって、その形質を特別扱いする理由がないです。

18世紀の人、リンネも、花弁を使った分類案を棄却しました。
リンネが重視したのは、しべでした。

リンネは、まだ、しべが受粉用の器官と判明していなかった時代に、
「しべは婚姻の器官に違いない」と、しべ性器仮説を立てました。
受粉という語が存在しなかったので、表現は「婚姻」(汗)。
最初に思いついたのは、同時代の別の学者らしいのですが、
リンネは、「これは婚姻です!」と述べて衆目を集めました
リンネには、キャッチコピーの才能があったようです。
(コピーの才がなければ、種を命名していけないでしょう)

科学は、現在、形に頼って判断することから自由になろうとしています。
いや、今も形は大事です。形の情報を放棄するのではないです。
入手可能な情報を全て有効として、総合的に判断することにしました。

[現代科学で、種の系統判断に使用する情報]
 ① 肉眼で見える形(目立つ器官を特別扱いすることを警戒)
 ② 肉眼では見えないが、顕微鏡を使えば観察できる細部の構造
 ③ 視覚的にはわからないが、分析すれば判明する成分
 ④ 構造や成分を作り出す酵素、その設計図である遺伝子
 ⑤ 形質に反映されることなく、内々に保持されているDNA配列

本号では、雄しべに着眼します。
合弁花/離弁花と考えるように、合しべ花/離しべ花と考えてみます。

カール・フォン・リンネ(1707-1778年)
果敢に調査し、命名していきます。
プロモーションもばっちりで、講座に学生が殺到する人気教授です。


2)分化発生学における濃度勾配仮説

分化発生学における重要な概念に「濃度勾配仮説」があります。

 ・組織上の距離が、
 ・形成に関わる成分の濃度勾配の支持体となって、
 ・成分濃度が、分化および器官形成のスイッチになる。
これが発生学における「濃度勾配仮説」です。

濃度勾配仮説を提唱したのはWolpertで、素材はショウジョウバエでした。
若き僕は、ニワトリの手羽の発生で習いました。

一度、分化すると、未分化細胞には戻らない動物の細胞と、
分化後も条件次第でカルスに戻る植物の細胞には差異があるでしょう。
そうだとしても濃度勾配は随所に・・・。否、逆です。
細胞が全分化性なのに、濃度を使わないとしたら、そのほうがおかしい。
全分化性の細胞だからこそ、同じ細胞から異なる器官を造成するために
濃度スイッチを多用する必要があります。

今回、着眼する雄しべには、

ここから先は

13,344字 / 52画像

¥ 100