熱き少年野球 その幕開け【ドジママの子育ては、なぜか東大につながっていた】
野球か、サッカーか 少年たちの選択
2006年8月、日本中の人々がテレビの中の
白球をめぐる熱き闘いに釘付けになりました。
第88回全国高校野球選手権大会、夏の甲子園。
3連覇を狙う駒大苫小牧付属高校と
伝統校の早稲田実業高校との決勝戦は、
伝説とも言える名試合となりました。
そうです。
駒大苫小牧のエースは、のちにメジャーリーグで
大活躍したマーくんこと、田中将大投手。
早稲田実業のエースは、白いハンカチがまぶし
かったハンカチ王子、もとい斎藤祐樹投手。
子どもも皆、夢中になりました。
当時、小学生男子にはサッカー派と野球派の
2大勢力がありました。
どちらの道に進むか?
と葛藤があったか…、いやなかったでしょう😚
我が家の男子は、2人とも野球⚾を選びました。
あの夏の甲子園は、多くの少年達を野球へと
向かわせたのではないかと思います。
自治会の野球チーム
正確に言うと、野球をしたい、と言い出したのは
小4の長男でした。
近隣で野球チームを持っている自治会があり、
聞いてみると、小4の長男だけのつもりが
「弟もいるの? 小1?
じゃあ弟も連れて来てください」と
兄弟2人でお世話になることに。
練習は、土日の朝7時から正午まで、
朝ごはんは、グラウンドで食べるおにぎり🍙
という謎のお約束があり、忠実に守りました。
母親はおやつ当番があり、お財布が回ってくると
前日にスーパーで人数分のおやつを買っておき
飲み水とおやつを持参し、陽の光の中
ひたすら練習する子ども達を見守りました。
ひょろひょろとした手足の長男は、
ボールが飛んできても⚾下がって行って…
ポトンと落とす🫣
という事を繰り返していました。
身体の大きいジャイアンのような
野球の上手い少年や
小柄でもしっかりと捕球する少年。
ウチの長男は、そのいずれでもなく
ボールを落として、泣いていました。
あ、県代表を競う大会とかではなく、きわめて
のどかな練習時に、監督がゆる~く打ちあげる
ボールをキャッチする、というものでありました。
土埃が舞う、そんな平和な小学校のグラウンドで
長男は一人、晴れ渡った青空を見上げて
うっうっと、涙をこぼさないように声を上げて
泣くのでした…。
母は…😅
見守っていました。
終わった後に、泣くことないよ、と
励ましたのは覚えています🙂↕️
こんなことくらいで…とは言いませんでしたが、
いや、言ったかな…?
でも、子ども本人にとっては、最初の挫折だったかもしれません。
学校とはまた違う社会で、力不足、ふがいなさを
感じ、他の年齢の子ども達の中でもまれ、監督、
コーチといった大人達に指導され、そうした経験で
社会性を一つずつ身につけていったのでした。
この時点では、少年野球との付き合いが
まだしばらく続くとは思っていませんでした。
☆野球少年は中学受験と高校受験で、ある選択をしました。
☆「のんびり野球少年の母親が、気になりだしたこと🤔」は、こちらから↓
★この子育てエッセイを書こうと思った経緯などに
ついては 序章をご覧ください。↓
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