着道楽のステップは見るに堪えない
トルソーと手を取り合い、踊るように死んだ父を、焼き払ってやった。
齢五十五で死んだ父の早生を悔やむ服飾業界関係者で、斎場はすし詰めだった。
派手好きの父はきっと喜んだろう。それが憎かった。
父は生前「俺の葬式には、インスタ画面風の枠を作ってフォトスポットを作ってほしい」だの「YMOのライディーンを流してほしい」だの散々言っていて、遺言書まで作っていたわけだが、喪主の私はそれに従わなかった。
憔悴を演じながら、慰めの声を掛けてくる人々をやり過ごし、親族控え室に入る。
畳の上に寝転がろうとして、頭に邪魔なものを載せていることを思い出した。
似合わないトークハットをむしり取る。黒いネットが肌に刺さった。
この小さな傷ひとつで十年後の私の肌が少しでも劣化していたら、許さない。
ごろりと寝転がると、ようやく私は自由になれたのだと思った。
両親が出会ったのは、大学二年のころらしい。
名門私大のテニスサークルで、父はおしゃれな人として有名だった。
母は田舎から出てきて素朴な女性で、父が気に入ったのだという。
おしゃれで素敵な人だと思っていた男が重度の着道楽だと気づいたのは、私が生まれたあとだったそうだ。
そもそもバブルだから、服やらジュエリーやらをやたらに買うのは当たり前だったのだと思う。
でもそういうのって普通は、子供が生まれたらぴたりと止んで、子煩悩一直線で自分の服はどうでも良くなって、企業戦士として働く間に禿げて太って、「昔はお父さんかっこよかったのよ~」なんて母親が愚痴をこぼすような中年になるのがセオリーじゃないか。
娘の運動会よりも、スーツの採寸の予約を優先するような父親だった。
家族写真は、妻や子供の写りの良さよりも、服の皺の入り方の良し悪しで選んでいた。
ホームパーティーをよく開いた。他人を招くためのものだ。娘のドレスに月給を使い果たしていた。
全て、大人になって人から聞いたことだ。
父の死因は、毒殺だった。
夕食のあと、着道楽の極みのような広すぎるウォークインクローゼットの中で毒が回り、十数万円の開襟シャツをガリガリとむしりながら苦しみ、口の端から泡を吹き、ついにトルソーにしがみついて倒れて死んだ。
踊るようだったと、掃除に入った私は思った。
最期にカッと目を見開いた、その瞬間こちらを見ていたのは、私の顔を見ていたのではなかった。
私のメイド服の袖が少し濡れていた、そのことが気になっただけだと思う。
殺人の容疑で、父の正妻と娘が逮捕された。
私の母――大学時代から支え続けていたのに、社会的成功とともに敢えなく棄てられた悲しい女――は、もう十年も前に、過労で倒れてそのまま帰らぬ人となっている。
そのことを知らせようと思った十六歳の私は、無謀にも屋敷に忍び込んだ。
正妻や娘に会ったらどうしようと怯えていた私を見つけたのは父だった。
父は微笑んだ。私はほっとした。しかし父は、私が棄てた娘であることに気づいていなかった。
ただただ、黒いスカートが似合いそうだと言って、私を使用人として雇うことにしたらしい。
畳に肘をついて無理やり起き上がると、部屋の隅にある姿見が目に入った。
娘のために用意した、とびきり高い喪服だ。
金銭と物質で満たされた父の正妻と娘は幸せそうに見えたが、結局彼女らも、父のわがままが嫌だったし、用意されたこの喪服を着るのもまっぴらごめんということだったのだろう。
トルソーと一緒に死んでくれて助かった。
あの世にいる私の母が、間違って父に近寄ってしまったら困る。
父にはあの世で未来永劫、裸の人間と踊り続けてもらって、母は、まあ一瞬くらいは見てもらって、あとは幻滅してほしい。
生前の母は眠る前、父からもらったハンカチを握りしめて、よく泣いていた。
もう泣かないで、お母さん。あなたがずっと想っていた男のダンスは、たいそう下手だったよ。
この作品は 古賀コン7 に参加しています。
お題『ダンスをご覧ください』
制限時間:1時間
2024/12/14追記
人気投票 6票・2位でした。
お読みいただいた皆様、ご投票いただいた皆様、ありがとうございました!
以下、毎回恒例にしたい、古賀コンのみの特別あとがきです。
実はトルソーって、手がないんですよね。
服をディスプレイするためのマネキンは手足頭がありますが、洋服を制作するためのトルソーは、首〜胴体〜腰までしかありません。
それでも「私」には、父がとトルソーが手を取り踊るように死んだと感じられた。
よほどもがき苦しんでいたのか、はたまた、「私」の記憶や憎しみがそう見せたのか――。
真相は、あなたにお任せします。
それでは、また古賀コンでお会いできたらうれしいです!
