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【書店に通う訳】今日は本屋で『グレートギャツビー』が輝いていた

こんばんは。
今日も本屋を徘徊してきました、
読書ときどき愛とカレーです。

今日は会社に行くと、
ほとんどの人がお盆休みらしいとわかり、
私も散歩?ダイエットのつもりで、
東京堂書店へいざ。
歩いて15分。ちょうどいい距離。

さて。
今日は前から気になっていた
村上春樹の工場見学エッセイを
まずは手にとりました。

なんでだろうか?
最近、無性に春樹の初期の本が
気になるんです。

若い頃の春樹は
呑気で鋭くて、で、無駄も多く
それがまたいいんです。

なんでだろう、
オフビートなのに勢いはすごくて。

とかなんとか
村上春樹の初期事情について
アレコレ考えていたら、
今度は春樹つながりで、
『グレート・ギャツビー』が
気になり出しました。

今、新潮文庫で出てるのは
野崎孝さん訳です。
さすがにずいぶん前から
出ているものだから、
文体は至って古い。古臭い。
本を見たら、昭和49年刊行とある。

村上春樹訳も嫌いじゃないですが、
きちょうめん過ぎて、
読んでいく勢いが加速しない
という難点があります。

それで、
光文社古典文庫の訳はどうかと
手にしたら、あら?なんだか、
野崎孝訳と春樹訳の
中間のような味わいです。
訳者は小川高義というベテランさん。

でも、なんだか、
小説としての生き生き感は
村上春樹ほどはないんですよ。
小説が小説らしさを失ったら
ダメですよね?(汗)。

うーん、迷いますが、
古臭いけど、新潮文庫の野崎孝訳で
また読み返しますわ。

だいたい、
『グレート・ギャツビー』は
101年前に刊行された古典ですからね、
古臭い文体が似合うんですよ。

それにしても
もう101年前も前に書かれた小説とは
とても思えませんね。

100年前というと、
日本なら宮沢賢治や川端康成が
新人として活躍してる頃なんです。

日本で川端康成『伊豆の踊子』が
出ていた時代に、
アメリカでは『グレート・ギャツビー』
とは恐れ入りますね。

日本文学はまだまだ素朴な青春を
迎えていた頃に、
アメリカでは形容すべきか分からない、
実にクールな新しい文学が
誕生していた訳です。

今日はギャツビーの、
古さと新しさについて
考える回になりましたか?

本屋さんにいると、
思念が次から次から湧いてくる。
ああ、これがまるで
読書してる時と同じような
一種の脳内快楽がもらえる。

だから、やっぱり
本屋さんには来たくなるんですねえ。

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