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「ちゃんとして」は伝えたことにならない。やさしい日本語について考えた。

「ちゃんとしてって言ったやん!」

言っている側に悪気はありません。
むしろ何度も説明したつもり。
でも言われた本人は困った顔をしている。
サボっているわけでもやる気がないわけでもない。
ちゃんとが何を指しているのか分からない。

そこの清掃ちゃんとしといてねと言われたとします。

本人は床を掃いた。
でも現場リーダーが求めていたのは、
床を掃いたあとに机を拭いて、ゴミを集めて、
最後に備品を元の位置へ戻すところまでやった。

本人からすると言われたことはやった。
でも現場リーダーから見ると足りない。
これで評価が下がる。

ちゃんとしてだけでは伝えたことにならないんですね。

正直に言うと、僕も普通に使ってしまう言葉です。

「ええ感じにしといて」
「なるはやでお願い」
「前と同じ感じでいいよ」

便利なんですよ。
めちゃくちゃ便利なんです。
便利な言葉が相手には不親切になることがあります。
外国人材支援の現場にいると何度も突きつけられます。

伝えたつもりと分かったつもりの間

外国人材の受け入れが増えてくると、
多くの職場が直面するのが言葉の壁です。

日本語の聞き取り。
専門用語。
敬語。
方言。
現場独特の言い回し。

どれも簡単ではありません。

日本人側の日本語がそもそも難しい。
しかも話している本人にその自覚がない。

「早めにやっておいて」
「前と同じ感じでお願い」
「そのへん、ええ感じにしといて」
「危ないからちゃんとしてね」
「分からんかったら聞いてね」

日本人同士なら、なんとなくで通じることがあります。
たぶん、どの職場にもありますよね。
もはや日本全国共通の職場あるあるです。

外国人材からするとこう聞こえるかもしれません。
早めって、何時ですか。
前と同じとは、どの作業ですか。
ええ感じとは、どの状態ですか。
ちゃんとするとは、何をすることですか。
分からないことが分からない時は、どう聞けばいいですか。

ここにズレがあります。
伝えたつもりと分かったつもり。

この間に現場の疲れが溜まっていきます。
難しいのは同じ絵を見ないまま仕事を進めているからです。

現場リーダーにも余裕がないんです。
人手不足の中で毎回すべてを細かく説明する時間もない。
そこまで言わなあかんの?という気持ちもよく分かります。

外国人材は言われていないことをどこまで察すればいいのか分からん。
この問題を日本語力が足りないだけで片づけたらあかんと思っています。

やさしい日本語は赤ちゃん言葉ではない

やさしい日本語=難しい言葉を簡単な言葉に置き換えるもの、
というイメージがあるかもしれません。
もちろんそれも一つです。

僕はそれだけではないと思っています。
やさしい日本語は相手を子ども扱いする言葉ではないということです。
相手の知性を低く見る言葉であってはアカンと思うんです。

「これ、する」
「あれ、ダメ」
「ここ、行く」

みたいな言い方をすればよいという話ではありません。

それやと失礼な日本語になってしまうかもしれない。
外国人材は若くても立派な大人です。
日本語の学習途中であって、仕事の意欲、人生の経験もあります。
人としての理解力が低いわけではありません。
ここは間違えたらあかんと思うんです。

一文を短くする。
一文に一つだけ伝える。
結論を先に言う。
理由をあとに添える。
曖昧な表現を具体的にする。
誰が・いつまでに・何をするかを明確にする。

相手が動ける順番に並べ直すことなんです。
ここを間違えるとやさしさではなく上から目線になってしまう。

やさしい日本語って相手に歩み寄る技術。
相手に合わせて伝える側が情報を整理し直すことやと思うんです。

日本人のやさしさが逆に伝わりにくい

日本人は相手のことを考えて遠回しに話すことがあります。

いきなり強く言うと失礼かな。
細かく言いすぎると嫌かな。
これくらいは察してくれるかな。

そう考えて、柔らかく伝えようとする。
これは日本のコミュニケーションの良さでもあります。

外国人材に仕事を伝える場面では、
この遠回しのやさしさが逆に伝わりにくさになることがあります。
「できれば今日中に出してもらえると助かります」
日本人なら「これは今日中に出さなあかんやつやな」
と察するかもしれません。

外国人材からすると「できれば」と言われたからできなければ明日でもいいのかな、と受け取ることがあります。

ここで怒ってしまうとしんどくなります。
「普通わかるやろ」
「空気読んでよ」

その普通は文化や経験の共有があるから成り立っているものです。
共有していない相手に最初から同じように察してもらうのは難しい。

「今日の17時までに、この書類を1枚出してください」
このほうが伝わりやすいし動きやすい。
ちょっと冷たく聞こえるかもしれません。
でも相手が安心して動けるようにする配慮になるんです。

はっきり、最後まで、短く

外国人労働者への安全衛生教育では「はさみ」という考え方があります。

はっきり。
最後まで。
短く。

この3つです。
これものすごくわかりやすいと思います。

危険作業で「そこ、気をつけてな」だけでは足りません。

何に気をつけるのか。
何をしてはいけないのか。
どうなったら危ないのか。
事故が起きるとどうなるのか。

ここまで伝えないと本人は正しく動けないのかもしれません。
特に「気をつけて」は便利な言葉です。

「そこ、気をつけて」ではなく、
「ここに手を入れないでください。機械が動きます。けがをします」
このほうが伝わります。

ちゃんと確認してではなく、
「作業の前に電源が切れているか見てください。見たあと言ってください」
このほうが動けます。

言葉が曖昧なままでも作業は進んでしまいます。
曖昧なまま進んだ作業はどこかで事故や誤解につながります。

安全に関わる場面はなんとなく分かるやろは通用しません。
というか通用させたらあかんのです。

難しいのは話しながら言葉を探ること

相手の表情を見る。
返事の仕方を見る。
本当に分かっているかを見る。

その場で言い換える。
これが難しい。

日本人は説明している途中で相手が分かっていなさそうでも、
つい最後まで話し切ってしまうことがあります。
とりあえず全部説明したから、あとは理解してねって感じです。

やさしい日本語は伝える側の一方通行ではなくて、
相手の理解に合わせて、言葉の高さを調整していくイメージ。
結論、行動、理由の見える化です。
単に言葉を削ることではなく相手が動ける順番に並べ直すことなんです。

外国人だけのものではないかも

僕はやさしい日本語がもっと色んな人や世代に広がってもいいなと思っています。

新人社員とか。
高齢者とか。
行政手続きに慣れていない人。
みんなに効くと思うんですよね。

子育て世代に届く通知。
お金や保険や税金に関する案内。
行政から届く通知や申請書類。

あれ、なかなか手ごわくないですか?
漢字が多い。
文字が小さい。
説明が長い。
どこに何を書けばよいのか分かりにくい。
結局、何をいつまでにすればよいのか見えにくい。
お金が絡む手続きほどなぜか難しく見えることがあります。
僕でもたまに読みながら思います。
「これほんまに読ませる気あるんかな?」

もちろん行政文書には正確性が必要です。
法律上、どうしても固い表現になる場面もあると思います。

そこは理解しています。

ただ読み手の立場からすると、
正確であることと、分かりにくいことは別の話なんですよね。

高校生が読んでも分かる。
高齢者が読んでも迷いにくい。
外国人が読んでも次の行動が分かる。
子育てや介護で余裕がない人でも必要な情報にたどり着ける。

そういう設計が増えたら助かる人は多くなると思いません?

最近、僕も老眼が進んできました。
小さい文字を見るたびに思います。
これは案内やなくて視力検査やんと。笑

こういう場面ってやさしい日本語だけでなく、
文字の大きさ、余白、色、視線の流れ、設問の分かりやすさも大切です。

伝わるかどうかはたぶん言葉だけじゃないですよね。
情報の見せ方も含めて相手への配慮なんやと思います。

察してほしいが摩擦を生む

日本の職場では良くも悪くも察する力が重視されます。

空気を読む。
先回りする。
言われる前に動く。

これは日本人の強みでもあります。
でも最初からそれを求めすぎるとお互いに苦しくなります。

受け入れ側はなんで分かってくれないと思う。
本人は何を求められているか分からないと不安になる。

この間に静かな溝ができます。
その溝は放っておくと大きくなります。

だから最初は言葉にする。
言えば分かる状態をつくる。

新人にも伝わりやすい。
高齢の社員にも伝わりやすい。
部署が違う人にも伝わりやすい。

やさしい日本語は外国人のためだけではなく、
職場のコミュニケーション品質を上げるスキルになるかも。

相手を尊重する技術

言葉だけを聞くときれいごとに聞こえるかもしれません。
伝わらないことで本人が困る。
伝えたつもりの側も疲れる。
だんだん空気が悪くなる。
最後は外国人は難しいという結論になってしまう。

本人が悪いわけでも現場が悪いわけでもなく、
間にある言葉が曖昧だっただけかもしれない。

曖昧な言葉は、誤解を増やします。
誤解は、不満を増やします。
不満は、関係性を壊します。
関係性が壊れると、定着にも影響します。

やさしい日本語だけで全てが解決するわけではありません。

日本語教育も
母語での支援も
現場の受け入れ体制も
本人の努力も
企業側の理解も必要です。

それでも言葉を少し整えるだけで防げるすれ違いはあります。
大きな改革ではありません。
小さな積み重ねが定着を左右することがあります。
人と人が同じ方向を向いて働くために現場の負担を減らす言葉で外国人材が安心して働き続けるための土台です。

「ちゃんとして」
そう言いたくなったときにその中身を少しだけ言葉にする。
そこからでええと思うんです。
その一手間を軽く見ないこと。
僕はそこに外国人材受け入れの現場力が出ると思っています。

──外国人材、現場からは以上です。

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外国人材、現場からは以上です。|柏手真治 note 共感いただけた方は、応援いただけると嬉しいです。現場のリアルを伝える原動力として、大切に活用します!