AIで教材はつくれても信頼関係は自動生成できない。定着を支えるのはこの人になら話せるという関係性
外国人材の日本語教育は以前よりずっと便利になりました。
生成AIに指示を出せば、教材のたたき台が出てくる。
難しい文章をやさしい日本語へ変えることもできる。
昔なら何時間もかかっていた作業です。
便利やなと思います。
僕もAIには助けてもらっています。
でも、準備が早くなったからといって、
人材が勝手に成長してくれるわけではないんですよね。
それで全部解決するなら、
僕もAIに営業成績を自動生成でお願いしたいです。
今のところ、そこまでは面倒を見てくれません。
教材が完成しても現場ではまだ何も始まっていない。
実際に言葉を使うのも人。
うまく伝わらずに悩むのも人。
少しできるようになってうれしくなるのも人。
AIがどこまで進化してもその先には人にしかできない仕事が残ります。
外国人材が現場で成長していくときに
人にしか支えられない部分はどこにあるのか。
今回は弊社が支援をしている介護現場で実際に起きていることから考えてみたいと思います。
介護人材が慣れてきた頃にぶつかる壁
何やと思いますか?
介護の専門用語?
もちろん、これも難しいです。
僕が介護施設の担当者から繰り返し聞く課題は少し違います。
「基本的な介護業務はできています」
「日常業務で使う言葉も、ある程度は理解できています」
「簡単な指示であれば、問題なく動けています」
ここまではできているんです。
では、何に困っているのか。
利用者さんの状態に合わせた声かけ。
ご家族への状況説明。
職員同士の細かい申し送り。
介護記録の表現。
夜勤中の緊急対応。
介護福祉士の取得に向けた学習です。
外国人介護人材がつまずいているのは、
必ずしも介護の仕事が分からないからではないんです。
基本的な業務はできる。
簡単な会話もできる。
でも、相手や状況に合わせて言葉を選ぶ段階になると一気に難しくなる。
この「できている。でもまだ任せ切れない」という時期が、
本人にとっても、現場にとっても、しんどい部分なんやと思います。
今はAIを使えば、介護用語の教材も記録の練習問題も会話例もつくれます。
でも、教材をつくれることと、本人が学び続けられることは別です。
学んだ言葉を現場で使えるようになることとも、また別なんです。
日本語ができないで終わらせていいのか
介護施設での定期面談や商談機会でこんな話を聞きます。
「利用者さんとの会話が広がらない」
「いつもと違う様子を報告するのが難しい」
「夜勤中に何か起きたとき、自分の言葉で説明できるか不安です」
「介護福祉士を目指してほしいけど、試験になると理解できなくなる」
どれも介護現場にとっては切実な悩みです。
利用者さんの安全や尊厳に関わります。
日本人職員の負担にもつながります。
本人がもっと頑張ればいいでは済まされません。
その課題を全部まとめて、
まだ日本語ができないからの一言で終わらせていいんかな、と。
本人は母国で日本語を学んできた。
介護の技能試験にも合格した。
家族と離れて稼ぎに日本へ来た。
専門用語を覚え、利用者さんの名前や介助方法も覚えてきた。
そこまでたどり着いた人に日本語が足りないからだけで評価してしまうのはちょっと勿体無いかなと思います。
日本語能力に課題があることは事実かもしれません。
でも、これって足りないのは本人の努力だけなんかな。
どの場面でどんな日本語が必要なのか。
誰かが具体的に教えたのか。
練習する時間をつくったのか。
できるようになったことに誰かが気づいて褒めてあげたんでしょうか。
そこを見ずに「もっと日本語を勉強してください」とだけ伝えても、
本人は何から始めればいいか分からないとなってませんか。
僕も20代の時にもっと営業を頑張って数字をあげてください。
と抽象的に努力と結果を求められていたらきっと困ってたと思います。
どこへ行くねん。
誰に会うねん。
何を提案するねん。
どうやって売るねん。
せめてそこは教えてほしい。
日本語教育にも同じことを言えると思うんです。
正しい日本語と相手に届く日本語は違う
介護の日本語は利用者さんに立っていただく場面。
「立ってください」
日本語としては間違っていません。
でも利用者さんの状態によっては、
「こちらにつかまれますか」
「慌てなくて大丈夫ですよ」
「ゆっくり立ってみましょうか」
と伝えたほうが、安心してもらえることがあります。
同じ介助でも相手によって必要な声かけは違います。
声の大きさも違う。
説明する量も違う。
短く伝えたほうが分かりやすい方もいれば、
次に何をするのかを順番に説明したほうが安心できる方もいます。
日本語として正しいことと、相手に届くことは同じではないんです。
これは日本人職員にとっても簡単なことではありません。
相手の表情を見る。
反応を待つ。
伝わっていなければ言い方を変える。
現場で何度も経験しながら少しずつ身につけていくものです。
教材を一度読めば全部できるようになる。
そんな都合のいい話ではありません。
最初に覚える表現。
仕事に慣れながら、少しずつ広げていく表現。
利用者さんに合わせて、使い分ける表現。
段階を分けて学ぶ必要があります。
一段ずつ上がるしかないんです。
教材を渡して教育したつもりになっていた
じつは私たちクリエでも自社で働く特定技能が増えた頃、
日本語学習用のeラーニングを契約したことがあります。
費用も抑えられる。
スマートフォンで使える。
時間や場所を選ばない。
導入したときは、これは便利やな~と思いました。
これで仕事が終わったあとにみんな自分で勉強してくれる!
そんな淡い期待がありました。
1ヵ月後。
利用者はゼロになりました。笑
見事なくらい、やりませんでした。
最初はシステムの不具合かと思いました。
違いました。
正常に動いていました。
一番まじめに働いていたのはログイン画面です。
24時間、いつでも学習者を待っていました。
毎月届く請求だけが皆勤賞です。
後から考えると使われなかった理由は分かります。
次に何をすればいいのか分かりにくい。
画面を開くたびにどこの学習をするか迷う。
勉強しても成長した実感がない。
誰にも評価がもらえない。
できるようになっても誰も気づかない。
何より本人たちにとって面白くなかったんです。
その時の私たちは手軽に導入できるを見ていました。
学ぶ本人が続けたいと思えるという視点が足りていませんでした。
これは私たちの失敗です。
教材を契約した。
IDを発行した。
利用方法を案内した。
それで日本語教育をしたつもりになっていました。
教材を渡したことと、学習が続いたことは同じではありません。
学習が続いたことと、現場で使えるようになったことも同じではない。
そこを失敗して知りました。
特定技能1号の義務的支援に日本語学習の機会を提供することが含まれています。ただ、制度上の形を満たすことと、支援が本人へ届くことは別です。
教材を案内した。
でも、誰も使っていない。
それでは名ばかりの教育になってしまいます。
本人のやる気だけを責めても前には進みません。
支援担当者の努力不足でもない。
続けられる仕組みを最初からつくれていたか。
必要な日本語を具体的に示せていたか。
成長を確認する場があったか。
そこまで含めて考えないと本当の原因にはたどり着けへんのやと思います。
3か月に一度の面談だけで本音を話せる?
特定技能1号の支援で外国人本人とその監督をする立場の方に対して、
3か月に1回以上の定期面談を行うことが求められています。
マストで必要な支援です。
ただ、制度上の定期面談だけで関係をつくろうとした場合、
仮に一回30分の面談時間なら一年間で合計2時間。
たったの2時間…。映画を1本見たら終わる時間です。
その関係の中で、
「職場で孤立しています」
「上司に質問するのが怖いです」
「夜勤に入るのが不安です」
「家族への送金で困っています」
「本当は転職を考えています」
そんな人生に関わる相談ってすぐに話してもらえるでしょうか。
面談担当者が悪いという話ではありません。
面談時間を長くすれば解決するという話でもない。
大切なんはその30分が始まる前に、
どれだけ関係ができているかなんです。
「何か困っていることはありませんか?」
「大丈夫です」
外国人材支援でこの大丈夫ですほど難しい言葉はありません。
本当に大丈夫なのか。
質問を十分に理解できていないのか。
困っているけれど説明する日本語が分からないのか。
会社へ迷惑をかけたくないのか。
話しても何も変わらないと思っているのか。
大丈夫ですの後ろには、ときどき大丈夫ではない話が隠れています。
こちらから見えへんように、きれいに身を潜めてます。
相談窓口を案内したから相談してくれる。
何でも話してくださいと伝えたから、本音を話してくれる。
人間関係はそんなに簡単な仕組みにはなっていないんですよね。
クリエが施設ごとに授業をつくる理由
最近、私たちクリエの日本語教育サービスについて、
介護施設からご相談をいただく機会がかなり増えています。
多いのは、基本的な業務はできるようになった。
その次をどう育てるかという相談です。
利用者さんとの会話を広げたい。
ご家族への対応力を高めたい。
申し送りや介護記録をもう一段正確にしたい。
夜勤時の報告や緊急時の説明を任せられるようになってほしい。
将来は介護福祉士を目指してほしい。
これはある意味では前向きな課題やと思います。
何もできない人への相談ではありません。
現場で仕事を覚えた人にもう一段成長してほしい。
という期待が生まれているからです。
私たちクリエではまず施設の担当者から細かく話を聞きます。
外国人材の現在の日本語レベル。
現場ですでにできていること。
職員が困っている場面。
本人が苦手にしている業務。
今後、任せたい仕事。
介護福祉士への育成方針。
とりあえず日本語教えてください。では授業はつくれません。
何ができないのか。
いつ困っているのか。
誰との会話で困っているのか。
聞く力なのか。
話す力なのか。
読む力なのか。
記録する力なのか。
ここまで細かく見ていきます。
施設で実際に使われている表現をもとに、申し送り、介護記録、利用者さんへの声かけ、ご家族への対応、夜勤時の報告などを授業へ落とし込みます。
分かったかどうかだけではなく、
現場で使えるようになったか。です。
「昨日、利用者さんと方言でお話しできました」
「申し送りできちんと報告できました」
「分からないときにもう一度お願いしますと言えました」
こういう報告が出てきたとき、本人の表情は少し変わります。
できなかったことができるようになる。
それを誰かに気づいてもらう。
ここに学習を続ける理由が生まれるんです。
日本語授業で見ているのは言葉の正誤だけではありません。
いつもより返事が短い。
表情が少し暗い。
急に職場の話をしなくなった。
普段は質問する人が今日は黙っている。
継続して顔を合わせているからそんな小さな変化にも気づけます。
昨日までのその人を知らなければ今日の変化には気づけません。
僕の考える日本語授業ってJLPTだけを教える場所ちゃうんです。
成長を見る場所。
困りごとが表に出る場所。
本人が安心して話せる人を増やす場所でもあるんです。
施設ごとに授業をつくる。
外国人材ごとに課題を見る。
講師と打ち合わせをする。
本人の成長に合わせて内容を変える。
正直、めちゃくちゃ時間がかかります。
市販教材を送って、
「これで日本語の勉強してください」
と案内するほうが圧倒的に楽です。
面倒です。
大事なことなんでもう一回言います。
めちゃくちゃ面倒です。
でもここを省いたらあかんと思っています。
外国人材が困っている場面は施設ごとに違うからです。
利用者さんも違う。
業務の進め方も違う。
職員の教え方も違う。
本人の得意、不得意も違う。
支援×教育の価値はどれだけ手間をなくせたかだけでは決まりません。
必要な手間を誰が引き受けるのか。
そこにその会社や支援機関の姿勢が出るんやと自分に言い聞かせてます。
支援は何でも代わりにやるではない
ここまで読むと、外国人材には何でも手厚くしてあげればいい
という話に見えるかもしれません。
そういうこととちゃうんです。
外国人材本人にも責任があります。
学ぶこと。
分からないと伝えること。
失敗したら報告すること。
教えてくれた人への感謝を持つこと。
そこは必要です。
受入企業が日本語教育も生活相談もすべてを現場に丸投げすると
間違いなく既存の日本人職員が疲弊します。
通常業務をしながら日本語を教える。
文化の違いを説明する。
困りごとを聞く。
問題が起きれば間に入る。
そこまで現場へ任せておいて、
外国人材の受入れは難しいなと言う。
いや、そら難しくなりますよ。
全部、現場へ丸投げしてますから。
僕が守りたいのは外国人材だけではありません。
受入企業の担当者も一緒に働く日本人職員も大切です。
誰か一人の善意と我慢で成り立つ受入れは長く続きません。
支援する側も支援される側も。
教える側も教わる側も。
お互いに責任を持つ。
お互いに感謝する。
その関係をつくるためにも日本語教育が必要なんやと思っています。
AIで減らした時間を人に使う時間へ
AIやシステムで効率化できることは増えていますよね。
教材づくり。
翻訳。
テスト作成。
記録作成。
学習状況の確認。
機械に任せられることは任せたらいい。
僕もAIは使います。便利です。
ただAIでは分からないことがあります。
なぜ、その人が今日は黙っているのか。
答えを間違えるのを怖がっていること。
日本語が分からないのではなく、
職場で質問しにくくなっていること。
大丈夫ですと答えた表情がいつもと少し違うこと。
これは普段からその人と関わっていないと分かりません。
自分の成長をずっと見てくれていた人から、
「前よりできるようになったね!」と言われるとやっぱり違います。
「できなかった」が「できた」に変わる。
「できた」が「褒めてもらえた」に変わる。
「褒めてもらえた」が「この職場に必要とされている」に変わる。
その積み重ねが職場への愛着につながります。
AIを使う目的は人との接点をなくすことではない。
事務作業を減らして人にしかできない時間を取り戻すことやと感じる。
顔を見て話す。
小さな変化に気づく。
できるようになったことを褒める。
間違っていることは、きちんと伝える。
困ったときに一緒に考える。
ときには一緒に笑う。
AIか、人間か。
どちらを選ぶかという話ちゃうんです。
AIに任せられる仕事は任せる。
そのぶん僕たちは人にしかできない仕事をする。
教材は学び始めるきっかけをつくってくれます。
AIは準備を速くしてくれます。
働く外国人材が「ここでもう少し頑張ってみよう」と思えるかどうか。
「困ったときは、この人に話してみよう」と思えるかどうか。
それは日々の人間関係の中で決まります。
AIで教材はつくれても信頼関係は自動生成できない。
便利な時代になったから最後に問われるのは、
目の前にいるその人とどう向き合ったか。
そこなんやと思います。
──外国人材、現場からは以上です。
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