見出し画像

『実は、性病になった』焼肉屋のカウンターで、出禁が決まった夜

同期会があった。新橋の海鮮居酒屋に十人、開始は十八時半。グループLINEには、二十年以上見ていない名前もある。

十六時すぎ、グループLINEが鳴った。

「もう行ける」

送り主は、いつも誰より早く仕事が終わる同期だ。いまはもう、退職している。

僕は、別の店の名前と食べログのリンクと、かつおのたたきの写真を添えて返信した。

「もうここで飲んでる笑 これたら来て」
「笑 早っ」
「自主サマータイム制導入してます。14時上がりの予定が1時間残業でした」
「残業は辛いね。お疲れ様」
「若さを失った。明日は13時上がり」

誰も来なかった。

十八時半前に店へ行くと、先に三人が来ていた。
うち一人とは、僕が新卒で入った会社を三年半で辞めて以来だから、二十年以上ぶりだった。

「ジョセフ君、LINEを見て昔を思い出したよ」

高知にいた頃は、在宅勤務だった。勤務中は、市場調査という名目で外に出た。
自転車で、ハルウララの連敗記録を見に行った。
一人でプレイし放題のゴルフ場にも行った。
四時には仕事を終えて、夜は連日、繁華街のスナックへ繰り出した。
接待のこともあれば、ただ飲みたいだけのこともあった。

「人間、そんなに変わらないんだよ」

会社は合併を重ねて、いまは別の名前になっている。
数年前に社長がコンプライアンス違反で交代して、社内は年々厳しくなり、飲み会は一次会で解散するのが基本になったという。

自転車の話になった。

「ジョセフ君は、いまロードバイクをやってるんだよ」

同期の一人が、僕の代わりに説明を始めた。
Stravaというアプリがあって、GPSで走りを記録して、坂の区間ごとにタイムを競える。歴代の最速には、称号が与えられる。
キング・オブ・マウンテン。

僕は、付け加えた。

「決して、キング・オブ・もっこりではない」

場は、盛り上がった。

飲み会は一次会で解散する時代である。目の前には、女性が二人座っていた。

一人は、昔の同期会で男性の誰かが脱いだとき、両手を顔の前に持ってきて、わざと指を広げて「見えてない、見えてない」と言った人だ。
その人がいま、もっこりで笑っている。

今年で四十八になるらしい。

「BBA48」と、笑いながら自分で言う。
「Forever48だね」
「そこはForever24と言ってよ」

ちなみに、女性の最速にはクイーン・オブ・マウンテンが与えられる。
頭の中に、別の称号が浮かんだ。
クイーン・オブ・マン——。

口には出さなかった。

たぶん、この場なら受け入れられた。
それでも、言わなかった。

もう一人の女性とは、縁が深い。結婚式に来てもらったし、婚約したときには最初に妻を紹介した。

独身の頃、僕は学芸大学に住んでいて、彼女は武蔵小山に住んでいた。互いの街の店を、交互に行き来して飲む仲だった。

ある晩、武蔵小山の焼肉屋のカウンターで、隣に座った彼女の顔が、いつもより深刻だった。

「どうしたの」
「実は、性病になった」
「それは大変だね」
「いま、六股してるんだよね」
「六人は、思ってたより多いね。武蔵小山ナンバーワンかもね」

そこからは、疫学だった。

感染源は六人のうちどこか。誰にどの順番で、どう伝えるか。相手ごとに性格が違うから、伝え方も変わる。
肉を焼きながら、延々と議論した。

会計のとき、彼女はトイレにいた。
店員さんが、僕にだけ小声で言った。

「お話の内容が、内容ですので。もう、来ないでいただけますか」

伝える相手に、僕が選ばれた。

人生で最初の出禁だった。いまのところ、最後の出禁でもある。

あの夜、性病になったのは、僕ではない。相対的には、まともだった。

二十年後の新橋で、場が盛り上がっている。
クイーンを飲み込んだ今夜も、僕は相対的に、まともである。

表面的にはだめ。内面は、たぶん、まともだ、相対的に。
そう思いたい。

「季節が君だけを変える」という歌が、昔あった。
季節は、誰のことも、変えなかった。


いいなと思ったら応援しよう!