【岩村城】残念すぎる日本の名城 第94回|登ってこそ胸に残る、日本三大山城の気高き不便
はじめに
岐阜県恵那市にある岩村城(いわむらじょう)は、日本三大山城の一つに数えられ、日本100名城にも選ばれている名城です。標高717メートルの城山に築かれ、江戸諸藩の城としては最も高い場所にあったともされます。霧が立ちやすい土地柄から「霧ヶ城」とも呼ばれ、その名のとおり、どこか幻のような気配をまとった城でもあります。

けれども、この城の魅力は、平地の城のように「門をくぐればすぐ絶景」というわかりやすさにはありません。むしろ、歩いて、登って、息を整え、石垣を見上げて、ようやくその真価が見えてくる城です。だからこそ、行ってみると「すごい城だ」と感じる一方で、「これはなかなか大変だ……」という"残念さ"も、はっきり伝わってきます。

今回は、そんな岩村城を「残念すぎる日本の名城」シリーズとして見つめながら、実際に足を運んだ人ほど共感しやすい不便さや戸惑い、そしてそれでもなお心をつかまれる見どころを、前向きに紹介していきます。
1. 岩村城の歴史
岩村城の創築は文治元年(1185年)と伝えられ、加藤景廉がこの地の地頭となったことに始まるとされています。その後は遠山氏の居城となり、鎌倉・室町・戦国・江戸という長い時代を通して受け継がれてきました。その歴史はおよそ700年に及び、日本の城の歴史のなかでも特に長い部類に入ります。

(岩村歴史資料館駐車場の案内板)
戦国時代には、織田氏と武田氏の争奪の舞台となりました。とくに岩村城の戦いはよく知られ、東美濃の要地としてこの城がいかに重視されていたかを物語っています。現在見られる遺構の中心は、関ヶ原合戦の前後を経て、1601年に城主となった大給松平氏による近世山城としての整備の成果です。つまり岩村城は、中世の山城の記憶と、近世の石垣の完成度が重なり合った城でもあるのです。
また、岩村城は「女城主」の物語でも広く知られています。戦国の動乱のなかで、おつやの方がこの城に深く関わったことは、岩村城を語るうえで欠かせません。歴史そのものが濃く、しかも悲劇性と気高さをあわせ持つため、ただの"山の上の城跡"では終わらない厚みがあります。こうした歴史の層の深さが、岩村城を特別な存在にしています。
2. 残念すぎる岩村城
2.1 とにかく登る。しかも想像よりしっかり登る
岩村城のいちばん有名な"残念ポイント"は、やはり登城の大変さです。最寄りの明知鉄道・岩村駅から城跡までは徒歩約60分、岩村歴史資料館から本丸でも徒歩約20分、駐車場から本丸まで徒歩30分とも案内されています。数字だけでも大変ですが、実際には坂と山道がじわじわ脚にきます。平城や平山城の感覚で出かけると、「思っていた登城と違う」と感じる人は少なくないでしょう。

しかも、岩村城は"登ったら終わり"ではありません。帰り道もあります。登り切った達成感のあとに、下りで脚が笑う。これもまた、現地に行った人ほどわかる残念さです。ですが、この苦労があるからこそ、石垣が見えた瞬間の感動は大きくなります。岩村城は、少々足腰に要求が厳しいかわりに、感動の利子を高く返してくれる城なのです。
2.2 建物がないので、想像力がないと"ただの石"に見えかねない
岩村城には現存天守がなく、建造物も基本的には残っていません。天守は築かれず、本丸には二重櫓があり、三の丸大手口の三重櫓が実質的な天守の役割を果たしていたとされますが、それらは現在失われています。つまり現地では、石垣や曲輪、地形を手がかりに城を読み解く必要があります。

城好きにとってはたまらない魅力ですが、予備知識なしで行くと、「すごい石垣なのはわかるけれど、どこをどう見ればいいのか」が少し難しい城でもあります。豪華な御殿や復元天守がある城のような、ひと目で伝わる華やかさはありません。だからこそ、岩村歴史資料館で絵図や資料を見てから登ると、理解がぐっと深まります。逆にいえば、それをしないと岩村城の真価を取りこぼしてしまいやすいのです。
2.3 麓の城下町が魅力的すぎて、主役が分散する
これはぜいたくな悩みですが、岩村は城下町そのものが非常に魅力的です。岩村町本通りは重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、城下町の町人町と近代の発展過程を伝える町並みが一体となって残っています。つまり、城に行く前から、あるいは城から下りたあとも、見どころが続くのです。

その結果、時間配分が難しくなります。朝から城だけに集中すべきか、町並み散策や資料館、酒蔵見学も組み込むべきか。あれもこれも見たくなって、気づけば日が傾いている。登城そのものが体力を使うので、城下町まで含めて"全部しっかり楽しむ"には意外と計画性が必要です。うれしい悲鳴ではありますが、現地で「あ、時間が足りない」となりやすい点は、立派な残念ポイントです。

蔵開きを楽しむ人たち
2.4 六段壁まで来ると、写真を撮る手が止まらず前に進めない
六段壁は岩村城を代表する見どころで、段々に積み上がる高石垣は圧巻の迫力があり、現地では「写真で見たよりずっと大きい」と感じる人が多いはずです。ところがこの名所、あまりに見応えがあるため、つい立ち止まり、見上げ、横からも撮り、少し離れてまた撮る……ということになりがちです。

つまり、登城の流れがそこで止まります。良い意味で足止めされるのです。山城では、体力と時間の配分がそのまま旅の質になりますが、岩村城では見どころが強すぎて進行管理が乱れます。これは城が悪いのではなく、見どころが本気すぎるから起きる"残念"だと言えるでしょう。
2.5 霧ヶ城の名にふさわしく、天気や季節で印象がかなり変わる
岩村城は霧が立ちやすい土地に築かれ、「霧ヶ城」と呼ばれてきました。城内の霧ヶ井にまつわる伝説も残っています。こうした自然条件こそが岩村城の個性ですが、裏を返せば、訪れる日の天候や時間帯で印象がかなり変わるということでもあります。

晴れれば遠望が開け、霧が出れば幻想的になりますが、足元や見通しには注意が必要です。季節によっても暑さ寒さの感じ方が違い、山城としての厳しさが出やすい。ベストな姿を見せてくれる日もあれば、少し手ごわい日もある。この"自然込みの名城"であることは、魅力であると同時に、万人向けの見学先ではないという意味でもあります。
3. それでも魅力的な岩村城の見どころ
3.1 六段壁をはじめとする石垣の完成度が圧巻
岩村城最大の見どころは、やはり石垣です。現在見られる遺構は大給松平氏期の整備によるものとされ、山上にこれだけ大規模で整った石垣群が残ること自体、きわめて貴重です。なかでも六段壁は岩村城の象徴と言ってよい存在で、山城の荒々しさと近世城郭の技術が一体となった景観を見せてくれます。

本丸北側
石垣はただ高いだけではありません。地形に合わせて無理なく連なり、曲輪の構成を美しく見せています。現地で歩くと、「守るための石」であると同時に、「見せるための石」でもあったことが実感できます。岩村城は、石垣を見る城です。そう言い切ってよいほど、石の表情が豊かな名城です。
3.2 山上の城と麓の町が、一つの歴史としてつながっている
岩村城の魅力は、本丸だけでは完結しません。麓には藩主邸跡に建つ岩村歴史資料館があり、絵図や岩村藩関係史料が展示されています。さらに周辺には復元された正門、太鼓櫓、御殿茶室などがあり、藩校知新館の正門も移築されています。つまり、山上の城跡と麓の施設がセットで岩村城の世界を形づくっているのです。

また、城下町の町並みもよく残り、城だけでなく「城と町の関係」を実感できるのが岩村の大きな強みです。山上の厳しい防御と、麓の落ち着いた生活空間。その対比が美しく、戦う城と暮らす町の両方を感じられるのは、岩村ならではの魅力です。

3.3 女城主の物語が、城の印象に深い陰影を与えている
岩村城は、単に古い山城というだけではなく、「女城主」の城として記憶されている点で特別です。おつやの方にまつわる戦国史は、岩村城の名を全国に広めた大きな要素であり、この城に悲劇的で気高い印象を与えています。歴史好きでなくても、人物の物語がある城は記憶に残ります。岩村城はまさにその典型です。

登城していると、石垣や山道の向こうに、合戦や決断や裏切りの気配が立ち上がってくるようです。風景だけでなく、物語が見えてくる。これが岩村城の強さです。景色を見に行ったはずなのに、いつの間にか歴史の重みに心を持っていかれる。そういう城は、実はそれほど多くありません。
3.4 "高いところにある城"ではなく、"高いところにある意味がわかる城"である
岩村城は近世城郭として日本一高い場所に築かれたとされますが、重要なのは高さそのものではありません。登ってみると、「なぜここなのか」がわかることです。山そのものが防御となり、眺望が利き、霧の立つ気候さえ城の味方になる。つまり、自然と築城思想が見事にかみ合っているのです。

世の中には、高所にあることで有名な場所はたくさんあります。しかし岩村城は、高所にあることが単なる話題づくりではなく、城の本質そのものになっています。この納得感こそが、現地で得られる大きな感動です。
4. 残念ポイントを逆手に取った楽しみ方
4.1 先に資料館へ行き、石垣に"名前"をつけながら登る
岩村城は、予習の有無で印象が大きく変わる城です。まず岩村歴史資料館を見て、絵図や城の構造、藩の歴史を頭に入れてから登ると、石垣や曲輪がただの遺構ではなく、意味のある場所として見えてきます。

山城は"知っているほど楽しい"。これは岩村城で特によく当てはまります。見学の順番を少し工夫するだけで、残念ポイントだった「建物がなくてわかりにくい」が、むしろ「想像する楽しさ」に変わります。
4.2 城下町・酒蔵・城跡を一日で味わう"縦の旅"にする
岩村の魅力は、麓から山上へ、あるいは山上から麓へと、標高差そのものを旅にできることです。城下町を歩き、資料館を見て、必要なら酒蔵や町並みも楽しみ、そのあとで岩村城に向かう。あるいは先に城に登り、下山後に町の静けさに身を置く。どちらでも、旅に物語が生まれます。

とくに岩村は、城だけで終わらせるのが惜しい土地です。主役が多いことを短所ではなく、厚みのある旅の材料として受け取ると、この町はぐっと面白くなります。

記念フリー切符
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4.3 "疲れた"も含めて、登城の記憶として持ち帰る
岩村城では、疲れます。これは事実です。けれども、その疲れは失点ではなく、思い出の輪郭になります。平地の城では味わいにくい「たどり着いた」という感覚が、岩村城にはあります。写真だけでなく、脚の感覚まで含めて城を記憶する。そんな体験ができるのは、山城ならではです。

(岩村歴史資料館の駐車場)
少し大げさに言えば、岩村城は"見に行く城"というより"会いに行く城"です。こちらが少し努力しなければ、本当の顔を見せてくれない。その気高さこそが、岩村城のいちばんの魅力なのかもしれません。
まとめ
岩村城は、たしかに残念です。登るのは大変ですし、建物が残っているわけでもなく、気軽な観光地としては少し不親切です。けれども、その不便さの奥に、名城としての気品が宿っています。六段壁の迫力、女城主の物語、霧ヶ城の名にふさわしい自然、そして麓の城下町との豊かなつながり。どれも、平地の城ではなかなか味わえないものです。
「残念すぎる日本の名城」というシリーズで見るなら、岩村城の残念さは欠点ではなく、むしろその城らしさそのものです。楽ではないからこそ忘れがたい。親切すぎないからこそ、深く心に残る。岩村城は、そういう種類の名城なのです。
参考資料
・Wikipedia「岩村城」
https://ja.wikipedia.org/wiki/岩村城
・Wikipedia「岩村城の戦い」
https://ja.wikipedia.org/wiki/岩村城の戦い
・デジタル城下町「岩村城(岐阜県恵那市)登城の前に知っておきたい歴史・地理・文化ガイド」デジタル城下町
https://note.com/digitaljokers/n/n9eae23831788
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